指きり (5)  見せたくない顔



その顔がいつも余裕たっぷりの表情とは違い、何処か必死にも 如何にも満足そうにも見えた。
そして透太は、幾分涙目のように潤んでいる理玖の目を見つめながら、何を言って良いのか解らず。
「理玖…おまえ……」 そう言っただけで 次に続く言葉が見つからなかった。
ただ視線だけが、ゆっくりと自分を跨ぐようにして真上に近付く理玖を追う。
目の前には自分の顔で占められた理玖の瞳があり、その眼には自分以外のものは映っていない。
その事になぜか安堵と嬉しさを覚え…頬に両手を添え、引き寄せたい。そんな衝動に駆られた…その時。

「どうだった? 気持ち良かった?」
濡れた唇でチュッとキスをされ。途端、透太の胸は甘酸っぱいもので満たされる。
なのにその感情が何なのか…考える間もなく 言葉は勝手に口を吐いて飛び出した。
「……なんか…臭い…」
理玖はちょっとだけ驚いたような顔で透太を見つめ、直ぐにそれを至極満足そうな笑みに変えると、
もう一度透太の鼻の頭に…唇にとキスを落し…言った。
「ふふふ…これは透ちゃんの匂いだよ…」

それは、透太が堪えきれずに理玖の口の中に放ってしまった残滓の事を言っているのであって、
理玖の与える快感に抗えなかった事を意味する。透太にしてみると、それは理玖に負けた…そんな気がして。
悔しくもあり、あれほど否定しながら男同士でも…と思った自分が恥ずかしい…そんな思いで。
「……よく、あんなもの口にできるな…信じられない」
あんなもの…それが自分のものである事を承知していながら、そう言う事で複雑な気持ちを隠すしかなかった。
それなのに理玖は。

「うん、透ちゃんのだから。でも本当は…少しだけ心配だったんだ。
だって、自分のものと同じだからね。実際目の前にして引いちゃったらどうしよう…と思っていたんだ。
でも…透ちゃんのは綺麗なピンク色で、プルルンとして、とっても可愛くて…美味しそうだった。
けど流石透ちゃんだね、あれが堰を切って出てきた時は凄い勢いで、思わず喉が詰まって吐き出しそうになっちゃった。
透ちゃんは何処も彼処も可愛いけど、やっぱりめちゃくちゃ男らしい。僕は、そんな透ちゃんが大好きなんだ」
まるで意味不明な変態丸出しの事を言いながら、蕩けるような顔で笑う。

【…………。それは…俺のが極小と言っているのと同じだろう! 悪かったな、お子様サイズで!!】

透太は心の中で文句を言いながら…でも、やはり極小を言葉にするのは嫌だから…別の事を。
射精の余韻も吹っ飛んだかのようにブスッとした顔と声で、偉そうに聞いた。
「で……飲んだのかよ」
「うん、頑張って飲んじゃった。あまり美味くなかったけどね」
「よく飲めんな…」
「納豆の後のぬるぬるみたいで…ズルズルって感じ。それに、ちょっと青臭い」
「…………。……………」

吐きそうになりながら呑み込むなんて…どうしてそこまでするのか。
透太は理玖のする事が理解出来ないと思いながら、理解出来ないそれが少しだけ切なさを運んでくる。
他人が触れた事のない部分に触れられたせいなのか、男同士でも快感を得られたせいなのか。
その理由までは判らなかったが、何となく理玖が今までより近くて濃い存在になったような気もした。
そして、心の片隅に芽生えた思いを視通したかのように、理玖が透太に問いかける。

「透ちゃん、男の僕がしても、やっぱ気持ちよかった?」
「……………」
「ふ〜ん、気持ち良かったんだ」
「な! なんでだよ!!」
「だって、透ちゃんの顔に書いてあるから。とっても、気持ち良かった…また、やって欲しいって」
「ばか! そんな事思って…ねぇよ」
「透ちゃん、顔真っ赤…それに、すっごくエロい顔が最高に可愛い…」
理玖はそう言うと透太に覆いかぶさるようにして、又もぎゅーっとだきしめる。
その時理玖の股間にあるものが弾力と硬さをもって、まだ萎えていない事を透太の腿に伝えた。

【あっ、そうか…俺ばっか出して、理玖はまだ…】 そう思ったら、不思議となんの抵抗も無く言葉が出た。
「理玖…そ、その…俺もしてやろうか…お前に。口では出来ないけど手なら出来るから、今度は俺がしてやるよ」
今まで他人のものに触れた事など無いし、触れようと思った事も無い。それでも理玖のものなら…。
多分自分のものと同じように触れる…そう思ったのだが。間髪入れず理玖の口から出たのは。
「ありがとう、透ちゃん。でも、透ちゃんはそんな事気にしなくていいんだよ、僕は自分でするからさ」

透太の予想に反した御辞退の言葉。それも余りにもあっさりと、何の感慨も見せずに言われてしまうと、
まるで自分が理玖に拒まれたような気がして…変な話だが何となく寂しい…そんな気にもなった。だから、
「でも…俺ばっかなんて…ずるい…よ」
言いながら自分でも何がずるいのか解らないまま、それでもその時…透太は理玖のものに触れる事で、
自分の中に芽生えそうな不確かな何かを、男同士の単なる遊戯に変えられる…そんな気もしていた。
そんな微妙な心境が伝わったのか、理玖も微妙な表情で透太を見つめ…それから、フッと息を抜くと。

「そう……。だったら、透ちゃんにちょっと協力してもらおうかな」
そう言うと、一度は要らないと言ったわりには素早い動きで、シャツとズボンを脱ぎパンツも脱ぎ捨てた。
そして目の前に表れた理玖のなには…さっきの玩具など目では無かった。
色こそあれほどグロくはないが、長さといい、太さといい、遥かに立派でいい形をしていた。
それはそれは…透太の微々たる迷いなど吹き飛ばしてしまうほどの見事?さで…思わず。
【はぁ〜 お前の…立派。 それじゃ…俺のが極小に見えるわ】 目を逸らす事もできず、見とれて?いると

「透ちゃん、涎が出ているよ。これは透ちゃんのものだけど、今はまだ無理だと思うからさ…今日は我慢ね。
もう少し慣れたら、いくらでもあげるからさ。楽しみに後に取っておこう」
と又しても理玖は変態中年オヤジみたいな事を言い、透太は真っ赤になって思わず口元を拭った。
「ば!馬鹿言ってんじゃねぇよ!! いつ俺がそんな事…」
「まぁまぁ…それより透ちゃん、ちょっと足を閉じてくれる?」
理玖は相変わらず透太の喚く声を無視し、透太の両腿をピッタリ閉じさせると、その間に何か液体を塗りつけた。
そして、透太を跨ぐように覆い被さると透太の閉じた腿の間に、自分の立ち上がっているものを差ししこんだ。

透太の腿に理玖の硬く弾力のあるものが、ぬるぬると出たり入ったりするのがダイレクトに伝わり。
その動きに合わせるように透太の中心も、理玖の下腹部にさわさわと触れる。
その度に放ったはずの熱が頭をもたげ…理玖のものをもっと肌に…もっと刻み付け…一緒に高く翔け上がりたい。
そんな気がして、透太はぎゅっと腿を引き締めた。
【あぁ…なんか…なんか…変。 俺…理玖のものを……もっと感じたい…と思っている】

「透ちゃんの素股…これはこれで気持ちいいね……もう少しだから、しっかり締めててね」
言いながら理玖が目を細め、上から透太を見下ろす。少し口を開き心持眉根を寄せ、切なそうな表情で。
【あぁ…ほんと理玖って…こんな理玖の顔、誰か見た事があるんだろうか…だとしたら嫌だな。
こんな顔、他の人に見せるなんて、絶対嫌…だ】 熱と一緒に訳の分からない感情までが生まれてくる。
だから…理玖の腰を掴み、理玖を逃がさないように…この一瞬が自分だけのものであるように…願った。

「透ちゃん…もう…いきそう……」  理玖の声が少しせっぱ詰まって、切なげで。
「理玖…いいよ……俺も……一緒に…」  透太も理玖の腰に当てた手に力を入れ、引き寄せ自分を押し当てた。

何の事はない…素股をされて自分までいってしまった透太を、理玖はこれ以上ないという笑顔で力一杯抱しめ。
まだちょっと匂いの残っている唇で、チュッとキスをした。
「透ちゃんったら…ホント可愛い。明日はもうひとつ先に進もうね」



  テッシュの中にため息


しかりと外堀を埋められた感のある透太だったが、元々物事を深く考えない性格もあってか次の日になると、
テーブルの上に、課題の為の本と袋に入ったレポート用紙を手つかずの状態で置いたまま。
いつもと変わりない様子でテレビの前に座り、其処に映し出される高校野球に見入っていた。
透太の通っている高校は、元は地域でも伝統のある女子高として良く知られている高校だった。
その女子高が五年前から男女共学になり、毎年少しずつ男子生徒が増えてはいるものの、
数としては未だ女子の方が多く男子は半分にも満たない。

そのせいで、野球部という部も存在していなかった。三年前同好会として発足しても、部になるには人数が足りない。
そんな部活動でも…いつかは公式の試合に…そう思いながら、皆遅くまで練習をしていた。
そして透太も、その中の一人だった。だから画面の中で、独特のリズムで刻む途切れる事の無い応援や、
バットが放つ金属音。高校紹介を繰り返しながら熱の入った実況をするアナウンサー。
それら全てが眩しく、透太には決して叶う事の無い夢。でも…後輩達にはいつか…そう願わずにいられない夢でもあった。

球児たちと同じ高校生になったせいか、去年までとは違うシリアスな思いで画面を見続けている透太に、
「透ちゃん、お昼なに食べたい?」
キッチンから出てきた理玖が声をかける。その優しそうな、嬉々とした声が透太をイラッとさせ。
「別に…なんでも」
返ってきた透太の声は、やはり何となく不機嫌そうに聞こえた。だが理玖は、透太の後から抱きつくと、
「もう…そうやって拗ねた顔が…ほんと可愛いんだから」
言いながら透太の右頬にチュッとキスをする。そ れなのに透太は幾分顔を背ける仕草はするものの、
それほど抵抗する様子も見せなかった。

と言うのも、今日は目が覚めた時から暇さえあれば、頬だったり、おでこだったり、或いは瞼だったりと、
理玖のキスが降り注ぎ…それは勿論、唇も例外ではなかった。そのさり気ない唇に、一々抵抗する気を削がれてしまったのか、
【お前はキス魔か!】 心の中で詰りながら、それとは別に肌が理玖との触れ合いを嫌がっていない…そんな気がして。
【昨日、何回もキスしちゃったせいかな。それとも…飼い慣らされ易いタイプなのかな…俺】
などと考えている自分が信じられず、不思議でもあった。
だから今も、僅かばかりのシリアスな気分は理玖のキスで吹き飛んでしまったかのように、
「だったら俺、パスタが食いたい!」 透太は目を輝かせて言った。

そしてテーブルの上に並んだのは…透太のリクエストに応えたボロネーゼと、理玖のたらこ。それと野菜サラダ。
ただそれだけなのだが、生垣家では滅多に食卓に載る事の無いパスタに透太の感慨は一入で。
「お前、料理出来るんだ…凄いな」 如何にも感心したように言い。理玖は、
「僕はパスタを茹でただけで、ソースは市販のものを使ったんだ。でもそのうち自分で作れるように頑張るからね。
で…その最初がこれ…冷蔵庫にあったタラコを混ぜて、たらこスパゲティー。透ちゃんも食べてみる?」
まるでこれからも料理を作る気でいるかのような口ぶりで言った。

それがどういう意味なのか考えもせず、透太はそのタラコスパゲティーをフォークに絡め口に運び。
「わっ、これ美味いな。俺、焼いたタラコはあんま好きじゃ無いけど、こうして食べると焼いたのも美味い」
如何にも新しい発見をした…そんな顔で嬉々として言う。その表情は本当に、美味しい…そう言っ ているようにも見えて。
【透ちゃん…焼いたんじゃないってば】
理玖はそう言おうと思いながら、透太の顔を見ると態々そ んな事を言う必要も無い…と思い直し、
自分も透太用に作ったボロネーゼの皿に手を伸ばした。

お互い味見と称して 半分ずつ分け合って食べていると子供の頃を思い出し あれこれと話が弾む。
記憶はそれぞれ断片的であっても、埋め合わせ繋げると二人が一緒にいた時間としてよみがえり…。
自分たちがどれほど長い時間を共有して来たのかを改めて思い知った。そんな過去の時間が愛しくて、
出来る事ならずっと…ふと、そんな思いが頭を過り、透太は目の前にいる理玖の顔を見つめた

すると理玖が微かな笑みを浮かべ頷き、お茶の入ったコップを透太に渡しながら言った。
「ねえ、透ちゃん…お昼食べたらゲーセンでも行く?」
その言葉に、透太は側にあったテッシュで唇に付いたソースを拭いながら、テッシュの中にため息を吐 いた。

【お前さ…俺の事口説いているみたいだけど、機微に疎いんじゃないの。俺だって揺れる時があるんだからよ。
そんな時に口説かなくてどうすんだよ! もう少し、人の気持ちを汲み取れよ】

まさかの口説き奨励を叫びながら、理玖がどうして突然そんな事を言い出したのか…不思議な気もした。
それと言うのも、理玖の通っている私立高校は進学高として有名な高校だったから、
ゲーセンなどに出入りしている生徒は見た事がなかった。とは言っても実際にはいるかも知れないし、
私服なら何処の高校かも判らない…と言うのが本当なのだが、それでも透太の頭の中では、
優等生はゲーセンなど出入りしない。彼らにとっては、勉強自体がゲームであり唯一の楽しみ…と、定義づけられていた。
当然理玖もその一人で、ゲームなどとは無縁の存在だと思っていた。だから、意外そうな顔で聞く。

「ゲーセン?お前、ゲーセンなんて…だいいちゲームなんてすんのか?」
すると透太の意外に反発するように、理玖がそれこそ心外…とでもいう顔で。
「そんな…僕だってゲームぐらいするよ。でも、パズルゲーム以外はあまり得意じゃないけどね」
と…透太の苦手系統が得意だと言ってくれた。そしてそれは、透太にとって余り面白くない答えでもあった。

頭の良し悪しが関係するかどうかは別として、透太はパズル系が大の苦手で簡単な知恵の輪すら解けない。
幼い頃、単純なリングが外せなくて悪戦苦闘していた透太を横目に、理玖はほんの数秒でそれを外した。
それが、幼いながらもショックで悔しくて、夜遅くまでカチャカチャやっていたが、結局その時は外せなかった。
だから今まで…一度も理玖とゲームの話をした事も無ければ、一緒にやった事も無かった。

理玖は頭もよく、小学校の時からクラスや児童会の役員としてリーダー的存在でいながら、
自分の考えを押し付ける事など一度も無くて。それは透太に対しても同じで、むしろ控えめと言って良いほどだった
そんな理玖が従兄弟で、同じ学年で…それは嬉しいのと同時に、僅かだが苛立ちを生み出す原因にもなった。
別に対抗意識がある訳ではないし、理玖の事は好きだし認めている。それでも、兄弟や従兄弟は比較の対象であり。
相手に対し、自分でもどうにもならない不可解な感情を持つものかも知れない。そして、時に少しだけ機嫌を損ねる。

「だったら、別に態々ゲーセンに行く事もないだろう」
「うん、そうだけど…じゃ、カラオケでも行く?」
「なんで、そういう処に行こうとしてんだ? ひょっとして俺が行きたがっているとか思ってんの?」
なぜか少しだけ…卑屈に、不機嫌になってしまう透太に、理玖は透太の知らなかった理玖の日常を口にした。

「バイト? お前バイトなんかしてんの? いつから?」
「うん、本当は禁止なんだけど…内緒で週三日だけバイトしてる。一日五時間程度だけどね」
理玖がちょっと気まずそうに言い、透太はそれすらも面白くない…と思う。だからと言って、
いつも鬱陶しい…と騒いでいるくせに、知らされなかった事に文句を言うのも気まり悪いような気がして、
【そんなの聞いてないぞ。いつもは何でも話してくれるのに、何でバイトの事だけは内緒なんだよ!】
心の中で恨み言を連ねながら口に出すのは、なぜか拗ねたような言葉

「俺、全然知らなかった。お前、何にも言わないから…」
「うん…どうしても買いたいものがあったけど、親には言えない物だからさ、自分で買うことにしたんだ。
それに、その事は透ちゃんにも内緒にしておきたかったんだ。でも、もう内緒では無くなった」
「お前…まさか、その買いたい物って………」
「ふふ、解かった? そうだよ、あれ全部バイトしたお金で買ったんだ」
「…………」
意味ありげに笑いながら言う理玖の顔と、昨日目にした恐ろしい物が透太の頭の中で重なり。
何故か一機に力が抜け自分がずんと沈みこむ音が聞こえたような気がした。

「お前さぁ……」
「だって、大切なものでしょう? 僕と透ちゃんの初夜の為に…」
「ししょっ、初夜…って。はぁ〜 もう、勝手に言ってろ。 そんで…まだ、何か買おうとしてんのか」
落ち込みは、いっそ底まで落ちてしまうと開き直る事が出来るのか、透太はもう相手にしていられないという顔で、
それでもやはり気にはなるので…一応何気ないふりで聞いてみる…と、理玖は。
お前は本当にあの優等生の理玖か! と疑いたくなるような顔で、疑いたくなるような事をいった。

「最低必要?なものは買った。でも、透ちゃんが試してみたいって思うものがあったら買うからさ。
今度、一緒に見てみる? 結構、えっ? 嘘!って感じの物もあるらしいよ」
「いるか!そんなもの!! それに、そんな道具使わなきゃ満足させられないのか、お前は!」 言ってしまってから。
【ん?なんか…今、不味い事を…言った?】 そんな気がして、横目でチラリと理玖を見ると案の定。
今まで見た事も無い顔で笑う理玖の顔があった。その途端、嫌――――な予感で、透太は慌てて口を押さえ。

「いいから、さっさとバイトでも何でも行けよ! お前がくだらない事ばっかり言っているから、
あ〜ぁ…みろ、お茶も温くなったじゃないか」
全然関係の無い、言いがかりのような事を言って立ち上がると、氷を取りにキッチンに向かった。

「判ったよ、透ちゃん。それじゃ僕も期待に応えて頑張らなくちゃね。でもその前に…バイトを頑張ってくるね。
もし何かあったら携帯に電話して。どんな理由でもつけてでも直ぐに帰ってくるから」
「何かって何だよ。態々電話するような事なんて、なんもねぇよ」
「もう、透ちゃんってば、恥かしがりやなんだから。良いんだよ、寂しいよ…とか、早く帰って来て〜とか電話しても」
「するか! そんなもん。お前、マジおかしいぞ。そんなバカな事ばっか言ってないでさっさと行けよ、遅刻すんぞ」
うっすら頬を染めて喚く透太に、理玖は嬉しそうな顔で透太の唇にキスを残し出かけて行った。


「バイト? お前バイトなんかしてんの? いつから?」
「うん、本当は禁止なんだけど…内緒で週三日だけバイトしてる。一日五時間程度だけどね」
理玖がちょっと気まずそうに言い、透太はそれすらも面白くない…と思う。だからと言って、
いつも鬱陶しい…と騒いでいるくせに、知らされなかった事に文句を言うのも気まり悪いような気がして、
【そんなの聞いてないぞ。いつもは何でも話してくれるのに、何でバイトの事だけは内緒なんだよ!】
心の中で恨み言を連ねながら口に出すのは、なぜか拗ねたような言葉

「俺、全然知らなかった。お前、何にも言わないから…」
「うん…どうしても買いたいものがあったけど、親には言えない物だからさ、自分で買うことにしたんだ。
それに、その事は透ちゃんにも内緒にしておきたかったんだ。でも、もう内緒では無くなった」
意味ありげに笑う理玖を見て、透太は昨日目にした恐ろしい物を思い出した。
「お前…まさか、その買いたい物って………」
「ふふ、解かった? そうだよ、あれ全部バイトしたお金で買ったんだ」
「…………」
その言葉で透太は、何故か一機に力が抜け自分がずんと沈みこむ音が聞こえたような気がした。


「お前さぁ……」
「だって、大切なものでしょう?僕と透ちゃんの初夜の為に…」
「ししょっ、初夜…て…はぁ〜 もう、勝手に言ってろ。 そんで…まだ、何か買おうとしてんのか」
落ち込みは、いっそ底まで落ちてしまうと開き直る事が出来るのか、透太はもう相手にしていられないという顔で、
それでもやはり気になり…一応、何気ないふりで聞いてみる…と、理玖は。
お前は本当にあの優等生の理玖か! と疑いたくなるような顔で、疑いたくなるような事をいった。

「最低必要?なものは買った。でも、透ちゃんが試してみたいって思うものがあったら買うからさ。
今度、一緒に見てみる? 結構、えっ? って感じの物もあるらしいよ」
「いるか!そんなもの!! それに、そんな道具使わなきゃ満足させられないのか、お前は!」 言ってしまってから。
【ん?なんか…今、不味い事を…言った?】 そんな気がして、横目でチラリと理玖を見ると案の定。
今まで見た事も無い顔で笑う理玖の顔があった。その途端、嫌――――な予感で、透太は慌てて口を押さえ。

「いいから、さっさとバイトでも何でも行けよ! お前がくだらない事ばっかり言っているから、
あ〜ぁ…みろ、お茶も温くなったじゃないか」
全然関係の無い、言いがかりのような事を言って立ち上がると、氷を取りにキッチンに向かった。

「判ったよ、透ちゃん。それじゃ僕も期待に応えて頑張らなくちゃね。でもその前に…まずはバイト、頑張ってくるね。
もし何かあったら携帯に電話して良いからね。どんな理由でもつけて直ぐに帰ってくるから」
「何かって何だよ。態々電話するような事なんて、なんもねぇよ」
「もう、透ちゃんってば、恥かしがりやなんだから。良いんだよ、寂しいよ…とか、早く帰って来て〜とか電話しても」
「するか! そんなもん。お前、マジおかしいぞ。そんなバカな事ばっか言ってないでさっさと行けよ、遅刻すんぞ」
うっすら頬を染めながらも喚く透太に、理玖は嬉しそうな顔で唇にキスを残し出かけて行った。


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