ピジョンブラッドの赤−5


興奮したせいか、薬が効いたのか…私の熱は、大分下がったようで、
タクシーのひろえる大通りまで、何のこともなく歩く事ができた。
一度、自分の家に帰るという上條の腕を掴んで、無理やりのようにタクシーに押し込み。
私も、それに続いて乗ると、運転手に行き先を告げた。
昔、共に暮したそこは…別れがあって、そして今新たに始まる処。
車を降りマンションの前に立つと、上條は立ち止まったまま、じっと上を見上げた。

「どうした? 懐かしいのか?」  私の問いかけに、上條は、
「何度も来たんだ。 此処で、こうしてあんたの部屋を見上げた。
それだけでよかった。 それだけで、生きていける気がしたんだ」
そう言って、はるか15階の建物を見上げていた。 
その姿が、酷く頼りなげに…寂しそうに見えて、
「上條…もう、見上げなくて良いんだ。 今日から此処は、また俺達ふたりの家だ。 
見上げていないで、真っ直ぐに帰って来れば良い所だ」  私が、そう言うと、 
上條は、うん…と言って、そっと私の手に指を絡ませた。

部屋は思ったより空気の淀みもなく、静かに私達を迎えてくれた。
あの頃のままにしてあるこの部屋は、私が仕事で遅くなった時に泊まる事もあり。 
全くの空き家状態ではなかったので、窓を開け放ち、風を入れると、
そのまま住むに、差し障りは無さそうだった。

浴室に行き湯を落すと、冷蔵庫から缶ビールを二本取り出し、
まだ、立ったままでいる上條に一本渡し、その手を引いてソファに座らせた。 
そして私は、その足下に上條と向き合うように座ると、
上条の手の中のビールを取り、プルトップを引き上げ…再び、上条の手に戻した。

それから自分のものを開けると、上條のそれに微かに合わせ、
「お帰り…上條。 長かったな、里帰り」  と言った。
「ただいま…。 遅くなって…ごめん」
そう言いながら、浮かべた上條の笑顔は今にも泣きそうに見えた。

私達は、再会を喜びあい…互いの愛を確かめあう…はずだったのに…。
風呂に入ったせいなのか、いきなりぶり返した熱で、私は丸一日寝込んでしまった。
その私の看病と、会社への連絡…果ては、妻へのいい訳と、
上條には、再会初日から大変な思いを、させてしまった。
そして私は、うつらうつらまどろむ中で、目を開くといつも枕元に上條がいる。
それに安心して、また目を閉じ…額に、手に、上條の肌を感じながら。
こんな時間が永遠に続けば良い…と思いながら、何度めかの眠りに落ちていった。

そして…はっきりと目を開いた時、すっかり熱が下がっているのを感じた。
横を見ると、洋服を着たままでベッドの側に座り、私の枕元に頭を乗せて、
すやすやと眠っている上條がいた。 
私は、その寝顔を見ながら、ずっとこうして、側に付いていてくれた。
そう思うだけで、心の中まで温かくなるような愛しさで…そっと上条の頭をなでた。

柔らかな髪は、さらさらと指の間をすり抜け、長い睫毛、肌理細やかに滑らかな肌。
時が遡り、あの頃の記憶を呼び起こす。 
あれから、8年…。 上條とて、もうすぐ三十になるはずなのに…。
眠っている顔は、あの夜と少しも変わっていないような気がして、
なっげぇ睫毛…私は口の中で呟きながら、いつまでも上條の頭を撫でていた。


私は、せっかちではないが、決めた事は即実行するほうだと思っている。
特に、面倒な事ほど優先順位を先にする…できるだけそうして来た。
先送りにする事で拗れるのを防ぐ。 それもあるが、
こちらの気持ちが、萎えてしまうのを避けるためでもあった。
そう言う意味で、今の私の最優先事項は、妻との話し合いである。

上条を抱いてしまった私は、二度と妻に触れる事は出来ないだろう。
上条は私に、自分はあの頃の自分ではないと言った。
過去に何人か、関係のあった人間がいた。 それを、私にはっきりと告げた。
この年になるまで、何もないとは思ってもいないし、
私も、上条には言わなかったが 付き合った女や男の何人かはいた。

その上結婚までしているのだから…上条の過去を、どうこう言うつもりなどなかった。
ただ…上条を抱いて思った。 この身体を自由にした男がいた。
そう思ったら 私は上条の過去にいた見知らぬ男達に、 
嫉妬している自分がいる事を知った。

上条が潤んだ目で私を見つめ…俺の名前・・呼んでくれよ…と言う。
日向って呼んで、抱きしめてよ。 俺・・それだけで達けるから…。
そう言って、縋るように手を伸ばす。
私は、その手を取り…そのまま抱きしめ…愛しているよ・・ひな・・た…耳元で囁くと上条は、
あぁ…い・い… それだけで…もう・・いい…。 と言って、本当にいってしまった。

「お前…どういう セックスしてきたの?」  私は つい聞いてしまった。
すると、上条は一寸目を伏せ…怒らない? と聞いた。
怒らない?と聞かれ、怒る…などと答える者などいるはず無く。
私が…別に、怒りはしないよ。 というと、上条は、ぽつぽつと話始めた。

「以前…あんたが、名前を呼んでくれって言ったのを覚えている?」
上条に言われ、学生時代の…上条がいなくなる少し前の事を思い出し。
「お前が嫌だって言った、 あれか?」  と、聞くと、
「うん、そう。 俺って、変に名前に縛られちゃうみたいでさ。
名前を呼ばれると、俺はその人のもの…みたいな感じになっちゃうんだ」
等と、意味の解らない事を言い出した。 

「なんだ? それ。 御主人様…ってやつか?」 私は、冗談めかしてそう言ったが、
上条は小さく頷くと…それに近いのかな? と言った。
正直、信じられない気もしたが、かりにそうだとしたら、結構ヤバイ…とも思った。 
だから、
「相手が誰でも そうなのか? 」  
一番肝心と思える事を聞いてみる…と、上条は、それには答えず、
「俺さ…小さい頃、結構可愛かった…らしいんだ」  
と、今度は、名前とは関係なさそうな話をし出した。

「まぁ、そうだろうとは思うけど、自分で言うか?普通」
「そうだね…自分では、あまり言いたくもないけど…。
でも、いつも言われたんだ、女の子みたいだって。 小柄で、目が大きかったせいか、
知らない人は、必ずお嬢ちゃん?と聞いた。 男に見られた事がなくてすごく嫌だった。 
だから わざと乱暴な言葉使いをした。 睫毛を、鋏で切った事もあるんだ。 
ねぇ、知っている? 睫毛を切ると、目にゴミが入るんだよ」
上条の口調は、私に語る…と言うより、独り言のようにも聞こえ…
私は、そんな上条の肩を引き寄せると、
「そうなのか?」  上条の、長い睫毛に唇を寄せて言った。

「うん。 もの凄くごろごろ入る。 あれには吃驚したよ。 
だから・・それからは切るのをやめて…目を半分しか開けないようにした」
上条の告白?に…私は、正直呆れながらも、思わず笑ってしまい。 
それじゃ、今の、その気だるげな眼差しは、その名残なのか?などと考えてしまったが、
上条が子供の頃は、本当に可愛かったのだろうな…とも思った。

「お前…贅沢な悩みを、抱えていたんだな」  私が言うと、上条は私に凭れたまま、
「贅沢かどうか知らないけど、子供心に自分の顔が嫌だった。
顔が可愛い…それは、女子にはシカとされ、男子にはバカにされる、原因だからさ」
そんな事を言ったが、おそらくはどちらも嫉妬と、羨望…好意の変形だったのだろう。



「その頃、俺が学校から帰る時間に、いつも犬を散歩させている親父がいたんだ。
在る日…その犬が、紐を引きずってトコトコ歩いているのを見掛けた。
親父の姿はなくて…俺は、犬が逃げ出したのだと思って、その犬を追いかけて、
引きずっている紐を捕まえた。 

すると犬が、俺と一緒に散歩でもしているように、大人しく歩くから、
俺は嬉しくて、しばらくそのまま犬の後をついて歩いていた。
そのうちに、犬は俺を引っ張るように、どこかに向かって急ぎ出した。
家に帰るのだと思った。 俺は、犬を送って行くつもりで、一緒に後をついていった。

やがて、一軒の立派な家の前まで来ると、
犬は開いている門から、中に向かって駆け出して、俺もつられて一緒に入っていくと、
玄関の所にいた親父が、犬の名前を呼んだ。
そして俺と犬が側まで行くと、親父は犬を抱き上げて…俺は事情を話した。
親父は…気が付いたら、犬がいなくなっていたので、
これから探しに行こうと、思っていたところだったと言った。 そして、
犬が無事に、帰ってこられたのは君のお陰だ、お礼に、ジュースでも飲んで行きなさい。
と言って、俺を家の中に入れてくれた。

俺は…喉も乾いていたし、母が仕事で家に居ない事もあって、
少し位なら、寄り道をしても大丈夫だと思い…親父に言われるまま家に上がった。
美味しそうなケーキと、ジュースを出してもらい、俺はそれを食べながら、
犬の名前が ケン太 だとか、親父の息子が外国に行っているとか、
今この家には、親父とケン太だけで住んでいるのだとか…そんな話を聞いた。

犬が好きか? と聞かれて 俺は大好きと答えた。
俺の家はアパートなので、動物は飼えないけど本当は飼いたいのだと言った。
すると親父が、それなら学校が終わったら 家に来てケン太と遊べば良い。
そう言ってくれて…俺は、とても嬉しかった。
だから…次の日から俺は、親父の家に行って、毎日ケン太と遊んだ。

親父の家の庭は、とても広くて…中でも充分走り回る事ができたし、ケン太を連れて外に散歩にも行った。
散歩が終わるとおやつを食べて、親父と二人でゲームをしたりした。
俺には、小さい時から父親が居なかったから、そんな事が嬉しくて、とても楽しかった。

在る日 いつものようにケン太と遊んでいたら、急に雨が降り出した。
ケン太は、雨が嬉しいのか走り回って…逃げ回って…やっと、捕まえた時には、
俺は、びしょ濡れの泥だらけで、親父はそんな俺の姿を見て、楽しそうに笑いながら、
風邪をひいたら大変だから、風呂に入って泥を流して温まりなさいと言った。
俺は、言われるまま服を脱ぐと、それを洗濯機に放り込んで風呂に入った。

すると、すぐ後から親父も入ってきて…俺は、少し恥かしかったけど、何となく少しだけ嬉しかった。
父親と一緒に、風呂なんて入った事なかったから…。
大きな手で、背中や手足を洗ってもらい、頭も洗ってもらうと、
俺は、お返しに親父の背中を流してやった。 広くて、大きな背中だった…。

親父は…泡だらけの俺の手をシャワーで流すと、俺を立たせたまま、
ひなたの大事な処も、洗わなくちゃいけないな…と言って、
俺の、小さなペニスをぺろりと舐めた。 俺は吃驚して、それを手で隠そうとしたが、 
手は親父にしっかり捕まえられていて…その時始めて、親父が少しだけ怖いと思った。
ひなたのオチンチンは可愛いな。 これは大事なものだから、
小父さんが、綺麗にしてあげるからじっとしていなさい。
親父はそう言って、今度は俺のペニスを、ぱくりと口の中に咥え込んだ。

舌でぬるぬると舐め回され、ちゅっちゅっと吸われ、
親父の口の中で、ズルズルされている内に、其処がむずむずしてくるような気がして、
ぴちゃぴちゃという音が恥ずかしくて…俺は、目を閉じた。
ひなたは、これが気持ち良いんだ。 小父さんは、綺麗にしてあげているだけなのに。
おチンチン、こんなにしちゃって…ヒナタは、厭らしい子だったんだな。
そんな事を言われ…気がつくと、親父の口の中で、俺のあそこは勃起していた。

じんじんと痛む先を、舌先と唇でぐりぐりされて、そのうちに、気持ち良いだけになって。
脚が、がくがくして立っていられなくなって…その時気付いた。
俺が、変な声を出している事に…。
俺は…親父に逆らえなかった。 親父が、俺の名前呼ぶから。
優しい声で、卑猥な言葉を連ねて…本当に優しく、俺の名前を呼び…囁く。

ケン太と遊ぶ事も、散歩する事もなくなって…それでも俺は、親父の家へ通った。
ただ親父との秘密めいた行為のために。 厭だった…厭なのに、脚が向いてしまう。 
親父に、あそこをしゃぶられ、それが気持ち良いと思い…そんな自分がもっと嫌で…。
それでも、親父に…ひなた…そう呼んで欲しくて…。
俺が、産まれて始めて射精したのは 親父の口の中だった。

そしてある日 親父は突然俺の前から居なくなった。
家は空き家になって、やがて取り壊され。 そこには新しく小奇麗な家が何軒か建った。
その時、俺は思った。 親父に…もう一度、俺の名前を呼んで欲しい…と。
父親のいない俺にとって、始めて名前を呼んでくれた大人の男だったから。
それから俺にとって、男に名前を呼ばれる事が、特別な意味を持つようになった。 
嫌だったけど…多分俺は…親父の事が、好きだったのだと思う。

される行為は、厭なはずなのに…嬉しかった。 優しく・・ひなた…って呼ばれるのが。
親父と一緒に居ると、本当に楽しかったんだ。 学校の事、友達の事、家の事…。
いつも、ニコニコ笑いながら聞いてくれて…遊んでくれて…勉強も教えてもらった。
本当に楽しかったんだ。 親父と一緒にいるのが。 嬉しかったんだ…名前を、呼ばれるのが」
そう言って、上条は肩を震わせ…涙をこぼした。

父親を知らない子供が、優しい大人の男に、父親を見ていたのだろう。
そこに、父親だったらあり得ない行為があったとしても…それすら受け入れて…。
その親父がいなくなって…良かった。 私は心からそう思った。
私は、上條の父親にはなれないし、なろうとも思わない。 それでも…お前の名前だけを呼びたい。

「上条…俺も、お前の名前を呼んでいいか? 一生 お前の名前を呼ぶから。
ずっと ずっと お前だけを呼ぶから…」
ぎゅっと抱きしめ、そう言った私の胸で…上條は、こくりと頷き…私の背中に腕を回した。


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