ピジョンブラッドの赤−2


上條日向と私は、大学の同期だったが 学部が違っていた為面識はなかった。 
その彼とひょんな事で知り合ったのは、二年になって間もなくの頃、 
彼が、自治会の掲示板に、張り紙をしたからである。
ルームメイト 求む…。
なんだ?これ…今時、こんな奴いるのか? 変な奴…それが最初の印象だった。

その張り紙はいつまでたっても、貼られたままで…相手…見つからないのか。 
こんな物貼り出して、ナンパと思われているんじゃないのか。 
きょう日の若者は、それほど純真じゃなって…。 
そう思いつつ、やはり何となく気になり…やがて段々気の毒になってきた。 
貼り紙には、バカとか 変態とか、落書きがされるようになり。
それでも 貼りかえられるそれを…私は、自分の手で剥がした。

見の前にいる、張り紙の主は、私の手にしたそれを見て、少しだけ嬉しそうに、
そして…少しだけ不審そうに…私に言った。
「俺、上條日向(かみじょう ひなた) あんた、俺とルームシェアーしてくれるの?」
その言葉に、私は妙な苛立ちを感じて、握り締めていた張り紙を上条に突きつけた。
「お前バカか? 今時こんな物、誰も信用しないって判らないのか?」
私が言うと、上条は私の手から張り紙を受け取り、くしゃくしゃになったそれを、
膝の上で丁寧に伸ばしながら、
「そう? でも…あんたが来てくれた」  そう言って、今度は少し寂しそうに笑った。

その笑い顔で、上条が本気でルームメイトを探していたのだ…と、思ったが、
私には、上条の真面目さ?が、天然記念物のように思え、
「お前 本気だったの?」  私は、信じられない思いで訪ねた。 すると上条は、
「そうだよ。 俺、貧乏だからさ」  いともあっさり、そんなふうに答え。 
私は、上条のその答えに驚きながらも、思わず吹きだしてしまった。

「お前さぁ・・確かに、うちの大学の学生は、
教育に、ふんだんに金を掛けられる家の子供か、金はないが頭は優秀・・な子供。
その、どちらかだけど…そっか、お前は後者なんだ」
私が、半分は僻み、半分は感心して言うと、
「あんたの言っている事は、良く解らないけど…俺、親父が居ないからさ。
親は、高校までが精一杯だから、大学は自分でなんとか卒業しなくてはならないんだ」
上条は、なんの衒いもなくそんな事を私に話し、その時私は、

「へぇ〜 お前って、凄いんだな」  本当にそう思い…そう言った。
ほとんどの学生は、小さい頃から塾に通い、予備校に通って…と、金をかけて、
やっと合格し、その後は親の仕送りとバイトで、結構のんびりやっている。 
そんな学生たちに比べると、上條の経済的事情は、切実なものが有るだろう。
そして私は、目の前にいる優れた頭脳と、経済的事情を抱えている上条に、
少し興味を持った。 それと 上條の持つ独特な雰囲気に…。
口から出る言葉とは全く正反対の、気だるげで廃退的、退屈で虚無…な瞳に。
その瞳が写しているのは、実像? それとも虚像? そんな気がしていた。

「べつに…。 で? シェアしてくれるの? くれないの?」  
上条は、答えを促すように私に問いかけ、それに対し私は、
「いいよ。 俺の部屋に来いよ」  そう答えた。 すると上条が、
「え? なに? あんた、一人で住んでいるの?
ひょっとして…あんたの部屋、俺のところより高かったら…俺、払えないよ。
あんたの前に来た奴は、部屋代10万なんて言っていたけどさ、
そんなのだったら、今のままの方がましだから、断ったけど…あんたも、そのくち?」
と言った顔が…少しだけ不安そうで、

「お前さ…いったい幾らの部屋、シェアしたいの?」  私が聞くと、
「…・・6万…・」  そう言うと、上條は少しだけふくれたような顔をした。
へ〜 結構、いろんな顔するんだ…
私は、上条の些細な表情の変化に、なぜか心が浮き立つのを覚え。
「俺ん家なら、無料で良いよ。 部屋も余裕あるし…お前、俺の所に来いよ」
幾分声を弾ませて言うと、意外にも上条は、
「いいよ…もう」  そう言うと、不機嫌そうに口を噤んだ。

私には、上條の態度が なぜ急変したのか理解できなくて、
「なんだよ、急に。 シェアしたいって言ったのは、そっちだろう」  
少しだけ、声を荒げるように言うが、上条は…私の言葉も、聞こえていないかのように、
「………・」  窓の外に視線を向けたままで、答えは返って来なかった。
そんな上條に…私は、私にしては珍しく腹を立て、思わず上条の側に寄ると、
「こっち むけよ!」  その腕を掴み…大きな声をあげてしまった。
すると上條の顔が、ゆっくりと私に向き…どうでも良いような声が、その口から出た。

「あんたの…世話になるつもりないから」
その時の上条の目は、私を拒む…と、言うより、眼中に無い…そんなふうに見えた。
無視…ではない、全く意識もしない…無…それが、私には酷い屈辱に思え。
それと同時に、この瞳に自分を刻み付けたい…そんな思いが生まれてくるのを感じた。
だから、

「誰も、そんな事言ってないだろう! 話を、最後まで聞けよ!
いいか! 俺の部屋は自分の家だから、俺も、お前も、家賃は必要ないんだ。 
けど、光熱費は折半にする。 あと、管理費…これは月3万で、俺が払っているから、
これも半分出してもらう。 それと駐車料…お前、車は?」
私が其処まで言うと、上条は私につられたように、
「ない。 自転車だから」  と、意外にもすんなりと答えた。 
私は、それで手ごたえを感じた…と、いう訳ではないが、一気に引き上げようと、

「それじゃ、駐輪場は6千円だな。 それが嫌なら、上まで運んでポーチに入れる。
光熱費が結構高いから…全部合わせると、お前の今の家賃位になると思う。
だから、お前にとっての経済的軽減は、今の光熱費が浮くのと、交通費ぐらいだな。
俺の部屋は、大学のすぐ近くだからさ、歩きでも充分通える。

お前が、何を考えているのか知らないけど、俺はお前の世話をするつもりも無いし、
お前の、世話になるつもりも無い。 ただ…独り暮らしはつまらないから、
少しでも、メリットがあるとしたら…話し相手ができるって事だけだろうな。
だから…お前が、そんな事では意味が無いと思うのだったら…この話は白紙。
だって、俺は、自分の家なんだからさ。 お前のところに、行けないだろう。
じゃ・・そういう事で…お邪魔さまでした」
私はそう言うと、上条に背中をむけ…数歩歩いた時、後ろから声が聞こえた。

「…ごめん…」  その声に…やった! 私はなぜか、その時そう思った。
そして…振り向いた先には、上條の…なぜか怒ったような…泣きそうな顔があった。


私と上條は、土曜日に待ち合わせをして、彼のアパートから荷物を運ぶ事にした。  
荷物と言っても、段ボール一個の衣類と布団が一組。
それに、僅かばかりの雑貨があるだけで、私の車でも充分用が足りそうに思えた。 
家電品の冷蔵庫、洗濯機等は、もともと中古品だったと言うから、
処分する事にしてゴミ置き場へと運んだ。

あとは、一番問題だったのが、本。 これだけは、どうしても持って行くと言い張る上條に、
私は、苦笑しながらもそれらを箱に詰め込み、
この量の本の内容が、上條の頭の中に入ったのかと思うと、
私の頭は、なんと軽いのだろう…そんな事を思ってしまった。

荷物を積んだ車が、郊外にあった上條のアパートから、私のマンションの前に着いた時、
上條は、マンションを見上げ…それから私の顔を見て、
「あんた、金持ちだったんだ」  と、感心したように言った。
金が有るのは親であって私ではない。 そう言おうとしたが…。
国立大の学費も儘ならないという、上条の親の事を思い、私はただ曖昧な笑いを浮かべ、 
「そうだよ・・」  としか言えなかった。

上條との生活は、思っていたより快適だった。
彼は、気を使っているのか、それともそれが素なのか、もの静かな奴だった。
それに…今迄自炊をしていたらしく、料理なども手際が良くて、私は大いに助けられた。 
だから、自然と食事は上條、掃除洗濯は私…と、分担が分かれ。
時には、一緒にする事もあったが、私にはそれが結構楽しかった。

本を呼んでいる上條に纏わりつき、うるさい! と言って睨まれ、
そんな時の上條の目は、結構きつくて…それが、真っ直ぐ私に向かっている。 
そんな気がして、私は妙に嬉しくなったりした。
事実、上條は本を読んでいる時間が、私などの何倍も多くて、
私の家へ越して来てから買った、半間ほどのスライド式本棚は、あっという間に満杯になり、
持ってきた段ボールに、尚もプラスされていくのを見ると、
そう遠くないうちに、この部屋は本で埋まってしまうだろう…そんな事を思った。

その代わりでは無いが、彼はPCを最低限でしか使わなかった。
レポートや論文を纏めるのに使う位で、楽しみとしての使用はほとんどしない。
多分…彼は、本が好きなのだろう。 
紙に印刷され、綴じられた、あの形態が好きなのだ。 私は、そう思っていた。

「なぁ、お前。 いつも本ばかり読んでいるけど…彼女とか、いないの?」
何度目かの私の問かけに、上條は本に目を落したまま、
「いないよ。 あんたが、彼女を家に呼ぶ時には、そう言ってくれれば、 
俺は、図書館にでも行くからさ。 だから、遠慮なく言って」  と、言った。

私は別に、上条を図書館に追い遣ってまでも、女性を部屋に呼びたいとは思わなかったし、
事実、今現在付き合っている…と言うほどの女性もいなかったから、
「俺も、今はいない」  
そう言った自分の声が、やけに嬉しそうで…私には、それが不思議な気がした。

「ふ〜ん そうなの。 女の子達、ちょっと可哀想だね」  
上条は相変わらず、本に視線を落としたまま、ぼそりと呟くように言い。
「なんで…」  
私が、即聞き返すと、上条はやっと顔を上げて私を見た。 そして、
「ん? だって…そう思うから」  答えにもならない答えで、口元に微かな笑みを浮かべる。

「だから…なんで、そう思うんだよ」
「だってさ、好きな人に気付いてもらえないのって、寂しいし、悲しい。 そうだろう?」
普段の上条からは、想像もつかないその言葉に、私は意外さと目新を感じて、
「お前…好きな奴、いるの?」  恐る恐るといった態で聞くと、
「いないよ…」  上条はそう言って、また本に視線を落した。

私は、結構…いや、大いに…とても、幸せだったような気がする。
若かったせいか、過ぎてしまった日々だからか。 それとも…上條がいたからか。
同じ屋根の下に、目の届く所に彼がいて…
本を読んでいる彼の姿を、見ている時でさえ、幸せだったような気がする。
あの頃は、その事に気付きもしなかった。 
ただ、その中にいて…気付かぬまま通り過ぎてしまった。
  
そして…今頃になって気付くなんて…。 人生とは、皮肉なものだ。
気づかなくてはならない時には気づかず、気づかなくて良い時に気付く。
今はもう、欠片も残っていないのに…。 小さな破片を探したいと願う。

私達は、三年間共に暮した。 
上條は、バイトをしながらも、自力で無事卒業できそうなところまで来ていた。
なんと言っても、在学中に司法試験に合格したのだから、
卒業後の勤め先も、ほぼ確定した…と、言って良いのだろう。 
私がその事を言うと、上条はその時だけは嬉しそうに、
「あんたのお陰だよ。 本当に助かった。 ありがとう」 と、言って笑顔を見せた。
その笑顔は、私をも嬉しい気持ちにさせ…反面、少しだけ憂鬱にもさせた。

「卒業したら、どうするんだ? 他に、部屋を借りるのか?」  
憂鬱の原因…上条がこの部屋を出て行く…その、私の問い掛けに、
「うん…寮にでも入ろうかと思っている」
上条は、何の感慨もなさそうに言う。 だから、私は益々彼を引き止めたくて、
「此処にいれば良いだろう? 経費節約できるって・・」  そんな提案を試みる…が、
「そうだけど…。 学生じゃなくなるんだ、一応けじめはつけないとさ。
いつまでも、あんたに甘えてばかりいられないよ。 一人で立たなくてはいけないと思う」
上条のその言葉は、私に向かけて言っているように聞こえた。

「俺なんかと違って、お前は偉いよ」  私は、少しばかりの嫌味を込めて言う。
「何を、言っているんだか。 一流企業の内定取って、前途揚揚なのはあんたじゃないか。
後は…真っ直ぐ階段を昇って行くだけだろう?」
上条のそんな言葉にも、私は自分が取り残されるような不安と、
訳の解らない苛立ちが、胸の中で渦巻いているようで、 
より一層、上條に執着していく自分を、持て余していた。

上條は…いつも気だるそうな目をしている。 それが、私に向けられるほんの一瞬だけ。 
強い光を放ち、射るように見る時があり、
その時だけは、上条の瞳の中に、蠢き揺れるものが垣間見えて…それに背筋が震えた。
俺を見ろ…もっと、もっと・・俺を。 俺だけを…見てくれよ。
そして…そう思った時…私は自分の心に蓋をしたのかも知れない。


彼女のいない男二人で迎えるクリスマス。 寂しい、可哀そうな男ふたり。
世間一般的に言えば、そう思われるのだろう。 でも…私は幸せだったし、楽しかった。
彼の為に私が買ったものは…小さな赤い石のピアス。
上條は、ピアス用の穴も開いていないのに、私は何をどう思ったのか。
それでも、その鮮血の赤は…あの気だるげな瞳に、とても似合いそうな気がした。

上條は、プレゼントの箱を開け中味を見ると…なに? これ…と言った。
「俺の、心臓の血…綺麗だろう。 お前に、似合うと思ってさ」
私が言うと、上条は…聞きようによっては、怒っているような声で、
「あんたの血…。 でも…俺、こんな物しないよ。 男だし」  ぼそりと言う。
あ〜ぁ、またふくれた。 
だが、それは…上条の照れ隠しだという事を、この二年間で知った私は、笑いながら、
「俺も、男だけど…ほら…」  そう言って、上条に自分の耳を見せる。

私の耳には、上条のピアスを買ったときに買った、オニキスの欠片。
勿論値段は、ルビーの比ではないが、私はこの黒が気に入っていた。 
すると案の定、上条はちょっと驚いたような顔で、 
「あっ それ…」  と、言って、私の顔と箱の中を交互に見比べる…が、
私は、上条には悪いが、彼がピジョンブラッドとオニキスの価値の違いを、
知っているとは思わなかったので、知らんふりを決め込み、

「そっ! 俺は、黒。 お前は、赤…」
私が言うと、上条はまじまじと私を見つめ…それから、もう一度視線を箱に移した。
そして、少し頬を染めながら、じっと箱の中のピアスを見つめていたが、
「も・・もらっても…俺はしないぞ」  と、つっけんどんに言った。
「良いよ・・好きにして…」 
私は、別に気にもしていない素振りで、上條のくれた箱のラッピングを解いた。

クリスマス用のラッピングを施したそれは、箱の形からネクタイだろうと予想はついた。
私のピアスは、彼女へのプレゼントと、店員が勝手に誤解してくれる。
それにその店は、両親や祖父が馴染みにしている店でもあり、
品物の良し悪しだけを、きちんと説明し…保障するが。 
私が何を買おうと、誰に贈ろうと、決して口外もしなければ、詮索もしない。

だが上条は…普通のデパートで、男が、男のネクタイを、
クリスマスプレゼント用にラッピングしてもらった。 その事を考えた時、
私は、胸が熱くなるような気がした。 そして、箱を広げるとやはり…
「へ〜 なかなか洒落ているな」 
私はそう言いながら、そのネクタイで結び目の形を作り…目の前にかざしてみる。
ワインカラーのブランド物のネクタイは、
自称貧乏人の上條にとって、高価な買い物だったのだろうと、察しがついた。

そして…私が、これを絞めて会社に行くときには、上條は此処にはいない。
そう考えると、これを結ぶ日が来なければ良い…心からそう思った。
上條は…そんな私を、穏やかな笑みを浮べ見つめていた。

買って来たチキンと、二人で作ったシチュー。
私は、ホワイトでもブラウンでも良かったが、上條にはなにか拘りが有るのだろう。
クリスマスは、何がなんでもホワイトシチュー…と、言い張った。
昼から二人で買い物をして、午後は、やはり二人でシチュー作り。 
それは、男二人だけのクリスマスのための準備。
私は、テーブルに二人ぶんの皿やグラスを並べ、そこにチキンを載せ、
冷蔵庫から出した、サラダやオードブルを乗せると、テーブルはクリスマスらしくなった。

ケーキを箱から出し、ローソクを立てていると…上條が、小鉢をそっと私の席の前に置いた。
それは、クリスマスには不似合いなもの。 
でも、私の大好きな、上條手作りの…わかさぎの南蛮漬けだった。
「えっ! 南蛮漬け作ってくれたんだ」  私が嬉しそうに言うと、上条は、
「あんた 好きだから…」  ぽそっ と口籠るように言う。
「うん。 これ、めちゃくちゃ大好物。 
最近作らないからさ…ほんとは、作って欲しかったんだ」

「シチューもチキンも、俺の希望だから…悪かった?」
ちょっと窺うような目で、私を見る上条がいつもより子供っぽく見えた。
「別に・・俺も好きだから、構わないよ。 けど、こっちのほうがもっと好きだな」
私はそう言って小鉢を手にとる。 すると…上条が少し頬を染め…嬉しそうに笑った。

並ぶ料理は、たいした物ではなくとも、 美味しい…。
ローソクに火をつけ、二人で吹き消す。 そんな、他愛のない事が楽しい…。
ワインで乾杯をすると、どちらからともなく笑顔がこぼれるのは…幸せな証なのか。 
飲んで 食べて 語り 笑い合う…ふたりだけのささやかなクリスマス。
クリスマスがこんなに楽しいと思ったのは、初めて…で、最後だった。

後片付けは、明日にしようと云うのに、上條は私が風呂に入っている間に、
洗い物を済ませ、風呂から出てきた私に缶ビールを渡すと、
「俺も、風呂に入ってくるわ」  と言って、私と入れ違いに出て行った。
濡れた頭をタオルで拭き、ビールのプルトップを引き上げる。
ぷしゅっ と云う音と少しの泡が上がり、私はそれを口にしながらソファに腰を降ろした。
風呂に入ったせいで、僅かばかりのアルコールは、すっかり抜けていたのか、
冷たいビールは、乾いた喉を潤しこの上なく美味しく思えた。

私は、半分ほど一気に飲み干した後、ふぁ〜 溜息ともつかぬ声をあげ、
後ろの背もたれにより掛かる…と、腰の辺りに何かが当たった。
身体をずらしてみると、上條のバッグが口を開いたまま置いてあり。
私は、それを引っ張り…持ち上げようとした時、開いた口から 冊子のような物が見えた。
珍しい・・と、思った。 上條が、雑誌の類を見ているところなど、見た事のなかった私は、
少しだけ興味を持って、それをバックの中から取り出した。
そして…ぺらぺら とページを捲り…唖然とした。

其処に載っているのは…全裸、もしくは半裸で…そのどれもが、誰かと絡み合って・・
これ…やっているところ?
明らかに、そうと判る写真が、数ページ モデルも一人ではなかった。
自分達と同世代?と思われる若い子もいれば、働き盛りと思われる世代まで幅広く。
どうやら、AVのパッケージ用のグラビアのように思えたが、
写っているのは、全て男ばかり…。 それなのに、不思議と嫌悪感はなかった。

むしろ、演技だとしても、そのモデルたちは、一様に恍惚とした表情をしていた。
その事のほうが、私には驚きで…こんな顔させられるんだ…なぜかそんな事を思った。
それにしても…どうして上條が、こんなものを持っているのか…そう思っていると、
「なに 見てんだよ!」  頭の上から降ってきた声に、ドキーン!心臓が跳び跳ねた。
「おっ!おわっ! びっくりしたぁー! 
お、脅かすなよ。 心臓が止まるかと思ったじゃないか」
上條は…驚いて振り返った私の顔のすぐ側まで、顔を近づけると、
翳るような瞳で私をじっと見つめ…それから私の耳元で
「へ・ん・た・・い…」  そう囁くと、すっと離れた。


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