その恋百円-3

 自覚?

お兄さんの所に居座って はっきり判った事がある。
それは 僕がお兄さんを好きだって事…それも 恋愛感情の好き。
あの日 酔っ払って屈みこんでいたお兄さんを見かけ 部屋まで連れて行った。
お兄さんは僕の肩に凭れながら 悪いな、倉田…と、何度も言った。
それはお兄さんが 倉田って人に甘えているように聴こえ、
そして とても大切な人だと言っているように聞こえて、なんだか少しむかついた そして少し寂しいと思った。

酔い潰れたお兄さんを 布団の上に寝かせて 上着をぬがせ、ネクタイを外す時、 
妙にドキドキしてしまった…ちょっと大変だったけど…。

余程 苦しかったのか それとも辛い事があったのか、
お兄さんの睫毛が濡れていて 小さな雫がひとつ 目尻から落ちるのを見た時、
僕は胸が キューッと痛くなってしまった。
そして どんな事をしてもお兄さんの側に居ようと決めた。

次の日 目を覚ましたお兄さんは 何も覚えていなくて、
僕はラッキーとばかりに、いい加減な嘘を並べ立て、追い出されるのを免れた。

お兄さんは 失業中らしく 僕が居座ると困るらしい。
つまり 収入がないので 僕を養えない?と思っているようだった。
そんな事 僕は気にしていないし、なんなら 僕がお兄さんを養ってもいいと思っている。
だって 僕の年収は 父の何倍もあるのだから、お兄さん一人ぐらいどうって事も無い。

でも そんな事を言うと 即効追い出されてしまう。
だから…卑怯でも 嘘をつくしかない…
これは、手段のひとつで 別に嘘付きなわけではない。

お兄さんが、就職先の面接に行った日 出掛けるお兄さんを見送りながら、
僕が いってらっしゃい と言うと お兄さんは、一寸困ったような顔をして、 
僕を見ないで片手を上げ、急いで階段を下りて行った…結構カッコ良かった。

そして 夕方 帰って来たお兄さんに、お帰りなさい…と言うと、
少しむっとした顔で ただいま…と、言った。
なんだか すごく可愛く見えて いい子・いい子 してあげたくなる。

面接は あまり芳しくなかったようで 三社とも連絡待ちだとか言っていたが
あまり 期待できないかも知れない…。

昨日は別の 採用面接にでかけたが、思ったようにはいかなかったらしく
ひどく 暑かったのと重なって 帰ってくるなり 僕に嫌味を言った。
そんな時のお兄さんは、自分が言った事を、後悔している〜って顔で、しゅんとしてしまう 
でも、立ち直りも早い…面白い性格…。

その後の話で お兄さんは、稀にみる運の悪い人だと判った。
だから 僕が居座っているのも そのせいだと思っているらしい。
それは僕にとって 不本意なのだが…・それでも 僕の学校の事を聞いてくれて、
学校へは、ちゃんと行ったほうが良い…と言ってくれた時は ほんと 嬉しかった。

だから、今日から 堂々と? 学校に行ける。
少し前進したのかもしれないが まだ 最大の難関が残っている。

それは…・僕はお兄さんが好き…・これは確定。
でも お兄さんは僕の事を ただの居候と思っている。 つまり なんとも思っていないという事だ。
まあ…僕が男だから そんな目で見ないのはあたり前なのだが、
それをどうやって意識させるか…下手に告ったら、逃げられちゃう。

だって…・それらしい事を言ってみたら…変だ…精神科に行け…と言われてしまった。
今の僕にとって T大合格より難しい問題かも知れない。


僕は次の日 久々に登校すると 渡部を探した。
僕よりはるかに大人で いろんな事を知っている頼もしい奴で、 
彼を見ていると 成績云々は、些細な事のように思えてくるから不思議だ
だから 多分、僕にとって必要な 大切な友人なのだと思う。

「おはよう・・」  渡部の姿を見つけ 僕はその背中をポンと叩いた。
すると、渡部は振り返ると、いきなり僕の頭に手を置き 顔を上げさせると

「お! おお・・どうした もういいのか? 顔色…いいじゃん」 と言った。
そんな渡部に、僕はにっこり笑って答える。
「うん・・仮病だし・・」

「やっぱな…そうじゃないかと思ってた。 で? これからは毎日来れんのか?」
と、聞く。 流石渡部…僕のずる休みを見通していたらしい。
「そうだよ、今までどおり、毎日登校する。
それでさ、渡部に一寸相談があるんだけど…放課後・・いい?」

「ああ…学校でいいのか? 」
「できたら 家に寄れる? 」
「判った じゃ…放課後な・・」
僕達はそれだけ言うと それぞれの教室に向かった。

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 告白?

僕は 国立理系だが 渡部は 私立文系だから、教室も違う。
何日かぶりの授業は 相変わらず面白くも無く 退屈で
こんな授業、よく聞いてられるなと思う。 何かを覚える事と、受験は別のものだ。

いろんな事を知るのはとても楽しい。 でも、沢山の事を知ったからといって、
良い学校へ入学できるかというと、そんな事はない。
受かるためには その学校が求めているものだけを 知っていればいい。
特に私立はそうだ…だから 僕のお客は 希望する中学 高校に合格できる。

退屈で意味も無い 無駄な時間は 終了のチャイムと共に、やっと僕を解放してくれた。 
急いで帰り支度をし 教室を出ると自分の家に向かう。

こそこそと、辺りを憚るように見回して 急いで建物の中に入った。
渡部はまだのようで 僕はキーを差しこみ、ドアを開けると、エントランスの中から、
郵便受けを覗き込み、中にあった何通かの封書を手に エレベーターに乗った。

一応毎日 部屋には戻っていたが こうして学校から真っ直ぐに帰るのは、
随分久しいような気がして 少しだけなつかしかった。

冷蔵庫を開けると カレーの作り置きが鍋ごと入っていた。
おそらく 伊東さんが作って、入れておいたのだろう。
冷凍庫にも ハンバーグや煮物が フードパックに詰めて並べられていた。

伊東さんは 両親の所に居る家政婦さんだ。
僕が一人暮らしをするようになってから 週に二回此処に来て、
掃除をして 食料の造り置きをしてくれている。 

僕は、一人で暮らし始めてから、料理をする楽しさを知って、
今では、結構いろんなものを作れるから、そんなもの必要ないのだけれど、
親の事を思うと、要らないとも言えないから…黙っている。

僕は、食料の整理を済ませると、自分の部屋に行き、
着替えのシャツ ズボンをいくつかと NPをバッグに入れ、ついでに 教科書 ノートも押し込んだ。
その頃になると、ピ〜ンポ〜ン チャイムの音が渡部の来た事を教えてくれた。
僕はロックを外してやり 渡部のために冷えたコーラを、ペットボトルのまま テーブルの上に置く。

渡部は入って来るなり テーブルの上のコーラを掴むと、
いいか? と聞き 返事を待つ間もなくそれに口をつけた。

いつも感心する…炭酸飲料をああやって ガブ飲みできる事に…
僕は未だに そういうのは駄目で ジュース止まり コーヒーも駄目。
ほとんど お茶か水…だから今もウーロン茶を チミチミと飲みながら、渡部の 雄姿?を眺めていた。

「で…なに? 俺に相談って」  一息ついて渡部が、僕を見つめて言った。

「うん、ごめんね。 プライバシーに口を出すつもりじゃないんだ。
ただ 一寸参考にしたいと思っているだけだから 気を悪くしないで・・。
渡部って…・ホモ・・なの? 」
僕のその言葉に、渡部の喉仏が大きく上下に動いた…が、返事は無かった。

「……・ 」 
「由さんと 付き合っているんだよね…渡部ってそんな風に見えなかったからさ」
僕が言うと、渡部はちょっとドス?の効いた声で、
「話は…そういう事か…お前には関係ないだろう 」
そう言うと、渡部の目が、ギッと僕を睨むように見ていた。
僕はそんな渡部を見て、やっぱ、渡部って男らしいな…などと思ってしまったりする。

「軽蔑したきゃしろ…誰と付き合おうが 俺は 俺だ 」
う〜〜ん ますますかっこいい…って、僕は、やはり少し変なのかな? と、思いながら、
「違うよ…僕は渡部が ホモだろうがカマだろうが 誰と付き合おうが興味ないよ。
僕には何の意味もないからさ。 ただ 知りたいのは 
もともと そういうタイプだったのか ノーマルだったのかって事・・それだけ」
僕は、自分の知りたい事を聞く。

「なんで そんな事聞くんだよ・・」  相変わらず渡部の目は鋭く
しょうがない…言ちゃうしかないか。
僕は背に腹は変えられないと思い、渡部に自分の今の状況を話すことにした。

「あのさ…僕 前から好きな人がいてさ…もう 三年になるかな」  僕が、徐に話し始めると、
「そういえば 言ってたなそんな事…」  渡部の声が少し和らいだような気がした。

「うん…その人25才 サラリーマン…男の人なんだ」
「…… 」 
渡部は 驚いたように僕を見つめたまま 何も言わなかった。
だから…僕は、そのまま話を続ける。

「始めは 優しい人だと思って それから気になって…もやもやした気持ちがいつまでも続いて。
確かめたくなったんだ。 それがなんなのかって…それで はっきり判った 僕がお兄さんを好きだって。
だから セコイ手を使って 今は半分押しかけ居候させてもらってる」
すると、渡部の驚いたような顔が、驚いたような声で言った

「ど…同棲って事か?」
「違う…居候。 行く所が無いと言って 嘘をついた」
「お前…それで、今まで学校休んでいたのか?」
「そう…で、昨日やっと学校の事とか話したら、学校は行った方がいいって…言ってくれたんだ」

僕は 掻い摘んで、これまでの何日かの事を、全部渡部に話した。
すると渡部は 今度は呆れたような顔と声で僕に言った。

「お前最悪…性格悪過ぎ。 人の良さにつけ込んで 汚いぞ」

 戦略?

「僕もそう思うよ。 でも…どうしても、あの人が欲しいんだ。
あの人の側にいたい…そのためなら何だってする。
卑怯でも 汚くても 嘘もつく 同情を買うような事も言う…何だって出来る」
僕が言うと、
「……そんなに…好きなのか…その人…」
渡部の顔と声が…少しだけしんみりと、僕の上に注がれた。
それが、なんだか僕にまで移ったように、胸の辺りがジーンとして、

「うん そうみたい…どんどん好きになっていく。
でも あの人は 僕の事を、そういう対象として見ていないんだ。
お兄さんにとって 男の僕は恋愛対象の規格外みたいでさ」
その言葉を口にした途端…なぜか、涙が出そうになった。

「まぁ…普通は そうだろうな。
男は女を好きになって…女も男が好きで…それが当たり前だからな。
俺だって、あの人に会わなければ やっぱ女と付き合って…そのうち結婚して 子供作って。
親父やお袋みたいに、しょっちゅう喧嘩しながら、年取っていくんだろう…って、 それが普通なんだよ」
渡部は そう言うと やはり、少しだけ寂しそうな顔をした。

「後悔…しているの?」 
僕は何となくそう聞いた。すると渡部は

「そんな風にみえるか? だとしたら あの人にも そう思われているのかも知れないな。
正直、解らない。 後悔したくても出来ないから。
他に、そうだな…誰か、好きな女でもできれば、後悔するかもしれないが」
と、言った顔が、とても悲しそうに見えた。

「そうか…渡部は由さんの心が見えなくて…由さんの事が信じられないんだ。
だから…自分の気持ちも信じられなくなって 不安なんだね」
「!!…な・なんで・・」

「だって そう言う事でしょう 気持ちが揺れているって事は…
由さん大人だし・・それに比べたら 僕等はまだガキだしさ。
たかが何歳かでも、今の僕達にとって その差は大きいからね。 
もっと大人になれば、そんなもの無くなるかもしれないけど…今は、大きな違いだもの」

「お前 結構 痛いところ突いてくるな。
確かにあの人から見ると、俺はガキだけど、ガキなりに 必死ってのもあるんだよ。 
大人みたいに、物分り良くないし。 いつだって ぎりぎりのところで つっぱっているんだよ。
俺は もともとはノーマルなんだしよ、以前は女と付き合った事もある。 
だから 俺にとってあの人は 始めて付き合った男って事になるんだ。

けど…あの人には、以前から惚れている恋人がいた。
勝手な野郎で 大学を卒業すると、あっさりあの人を捨てて、女に乗り換えた。
社会に出たら 後ろ指指される関係は不味いんだと…
それでも・・あの人は…死ぬほど泣かされたのに そいつの事を忘れない。
今でも思っているんだ そんな くそみたいな男の事をさ…。

それでも、俺といると笑ってくれるから…それだけで良いと思っているのに。
側に居たいだけなのに どんどん欲張りになって それだけじゃ足りなくなって。
同じなんだ、俺も。 他の男を忘れられない人を 諦め切れなくて…
俺と由さんは お互い、報われないものを、追いかけているんだと思うよ。

お前はしっかりしているから 大丈夫だろうけど、無理そうだったら 戻る事も考えておいたほうがいいぞ。
ノーマルの男を落すには どうすれば良いのかなんて 俺には解んないけど、
俺は、あの人を守ってやりたいと思った。
 
男なのに、女より危うげで…それでも、一緒にいると気持ちが和んだ。
側にいたい…・そう思った。 今のお前と同じ気持ちだ…男が男を好きになるんじゃない。
人が人を好きになる。 俺はそう思いたい…悪いな 参考にならなくて 」
渡部はそう言って、照れくさそうに笑った。

人が人を好きになるか…・さすが渡部…いい事を言う。

「ありがとう、渡部…僕、頑張って必ずお兄さんを捕まえる。
僕と居ると楽しい ずっと一緒にいたいって思わせるように頑張る。
庇護欲をそそるのは、僕には無理そうだから 僕なりの方法を考えてみるよ」

「お前なぁ〜 そうだな…お前とだったら恋愛も楽しいかもな。
それに 俺は お前のこと結構可愛いと思うし、押し倒してもいいかな?位には 思っているぞ。
なんなら、予行演習に試してみるか」  渡部がそんな事を言って、ニヤッ…と笑うから

「イッ!! い・いや・いい 遠慮しとく…」
僕は 必死で手を振って、拒否の意思表示をする。
渡部はそんな僕をみて ぷっと吹き出し それから暫く笑っていた。

人は皆、いろんな物を抱えているのだと、渡部の話を聞いて思った。
戻ることも考えて…か。
でも 僕にはそんな気ないし 絶対捕まえる…だから、お兄さん覚悟しておいてね。