非日常的日常 1


今年の秋は、晴天が続かない。
約束の日も朝から曇り空、昼には晴れるという予報も外れ、少し肌寒ささえ感じた。
思ったより時間には正確なのか、村澤は制服姿で約束の時間に姿をみせた。

休日と言う事もあって、駅の構内は電車から降りて来た人、或いはこれから電車に乗ろうとする人
単に反対側に通り過ぎる人とで、ごったがえしている。
並み居る人の群れの中でも、村澤の姿は人の目を引くに充分で…その村澤が三里の姿を見つけると、
大きく手を上げて嬉しそうな笑顔で近づいてくる。

【馬鹿…それじゃ、まるで彼女と待ち合わせでもしているような顔だよ】 
三里は心の中で呟き…それでも小さく手をあげる。 そして、側まで来た村澤に、
「部活で、少し遅れるかと思っていたけど、ピッタリだったね」  三里が言うと、村澤はニッと笑い。
「片付けは一年に押し付けて来た。 お前を、待たせる訳にいかないだろう?」  三里の目の前で親指を立てる。 
それに対して三里は、少しだけ驚いたような顔はしたものの、
「・・・・・どういう意味か、理解し兼ねるけど」  と、相変わらずそっけない返事。

だが村澤は、全く気にした様子もなく、
「まぁ、良いって、気にするな。 それでさ、俺、腹が減ってんだけど、お前昼飯は食ったの?」  と聞いてくる。
村澤は、昼までの部活だったから当然そうだろう。 
だが一時の待ち合わせに、自分が昼食を食べないで出てきたのは・・・もしかしたら・・・村澤と一緒にお昼を・・・。
そんな思いもあったのかな、三里がそんな事を思いながら、今度は笑顔で聞く。
「僕もまだだけど・・・どっかで食べる?」  

「そうしようぜ・・・でも、この時間じゃ何処も一杯だよな。 三里、マックでも良いか?」
「いいけど・・・君は、それで足りるの?」  
三里の先にたって歩き始めた村澤に続きながら、三里が後ろから聞くと。
「何だって食えれば、腹の空いたのは治まるからな。 美味い不味いはその後だよ、今の俺には」
予想どおりと言うか、
「・・・なら、良いんだけど・・・」  

並んで歩いていると、若い女性や高校生ぐらいの女の子達が、視線を向け振り返る。

【結構人目を引く奴だな・・・まぁ、この身長にこの顔じゃ無理も無いか。
やはり、自分だけではなかったんだ、村澤が目に止まるのは・・・】
そんな事を思いながら、三里は生徒会室の窓から眺めた、村澤の姿を思い出していた。
そんな三里に、村澤が少し前かがみになり三里の顔を覗き込むようにして聞く。

「なぁ・・・なんで、休みなのに制服を着て来たんだ? お前は家からだから、私服でも良かったのに」
それに対し、外出用の服が無い・・・そう言うのも、なんとなくしゃくだから、
「ん? うん・・・僕、私服はパジャマしか無いから」  三里が言うと、村澤からの返事は・・・ 
「・・・・じゃ、それで来れば良かったのに」  憎たらしくも、そんな事をいう。  だから

「僕は良いけど、君が恥ずかしいだろうと思ってね」  言い返すと
「・・・お前って、ほんと素直じゃないし・・・可愛く無いな」  と、宣う。 それがますます癪にさわり
「うん、僕は素直じゃないし、可愛くも無いんだ。 やっと気づいたの?」  言ってやると
「そうだよな、素直じゃない、可愛く無い・・・けど、そんなお前も結構可愛いよ」 

「馬鹿、それじゃ反則だろう。 お前ってほんと馬鹿・・・」
言いながら、それでもこんな取るに足りないような会話が、楽しいと感じるのは、今までの三里には無かった事で、
その変化が三里には不安でならなかった。
【ばか・・・もう僕は、お前の事・・・馬鹿・・・ってしか言え無いじゃないか・・・】


マックも予想通り、注文するための行列が出来ていた。
三里が村澤の後に並ぶと、村澤は三里に先に席に座っているように言った。

「俺が二人分注文するから、お前は席を確保しててくれよ」
「いいの?一人で大丈夫?」

「おぉ、大丈夫だ・・・それでお前は何にする? 俺は、チキンの赤唐辛子とビッグマックにするけど」
「じゃ、僕はソルトレモンのセットで、ドリンクは烏龍茶にして」

「解った・・・Mサイズでいいのか?」
「うん、それで良い・・・じゃ、席探しておくからお願いね」
そう言うと三里は村澤の肩から、カバンを取り上げると、並ぶ列から離れ二階に向かった。

お昼時のせいか、二階の席も満席で合い席が一二箇所あいていたが、離れていたので、
三里は端の方に立って、席の空くのを待っていた。
そんなに美味しいものでも無いのに、お手軽な値段と、待たなくて良い、そんな理由で需要があるのだろう。
そのせいか、やはり店内は若者と小さな子供連れが多かった。

そのうち、奥の方に座っていたカップルが、食べた物を片付け始めた。
三里はその席に向かい、横に立つとカップルに声をかける。

「すみません・・・もう、お済ですか? もし、そうでしたら、次に座りたいのですが宜しいでしょうか」
カップルの顔が三里を見上げ・・・女の視線が一瞬三里の顔で止まり・・・それから、にっこり笑うと言った。
「うん、良いわよ・・・どうぞ。 混んでいるから、席探すの大変だもんね」
「あっ、いえ・・・ありがとうございます」

「学生さん? 休みなのに学校って事は、部活かなんか?」  女が親しげに、話し掛けるから、
「え・・えぇ・・そんなものかな・・・」 一応相槌を打ち答える。

「そっか・・・それじゃ、お腹が空いているでしょう」
「はぁ・・・まぁ・・・家まで持ちそうがないので」
三里が女に合わせて、笑いながら答えると、連れの男が女に向かって言った。
「なぁ、まだポテトが残っているだろう・・・」
その声はなぜか不機嫌そうで、女は三里から連れの男に視線を向けると、

「さっきは、自分は食べ終わったから、早くしろ・・・って、私を急かしたくせに」  むっとしたような口調で言う。 

すると男は、三里をじろりと睨むように見てから、
「別に急かしてねぇよ…。 客なんだから、時間で出なくちゃならないって決まって無いし」
そういうと、丸めかけていたポテトに手を伸ばし、そんな事を言いながらそれを口に放り込んだ。
それを見た女が、思いっきり嫌な顔をする。 そして、

「何、馬鹿な事言い出しているのよ…急におかしいよ」  その口調は、どことなく小ばかにしているようにも聞こえ、
男は、それにどう答えようか…そんな様子で、一瞬目を泳がせたが、
「お前が、ガキ相手に、いい顔するからだ」  不貞腐れたように言った。 途端、
「はぁ? バッカみたい…信じらんない」  女が、本当に呆れた…そんな顔で言う。
何となく気まずい雰囲気になりそうな気配に、三里はさっさと退散した方が良さそう…と考え、
声をかけようとした時、背後から村澤の声がした。


「三里…席あったのか?」
振り返ると、山盛りのトレイを二つ抱えて立っている村澤も、なぜか不機嫌そうで。 
「あっ! ごめん…まだ…」  三里が、謝るように言うと、
「なんだ 其処、空くんじゃないのか?」  村澤はそう言って、カップルの座っている席を見下ろす。

「う・・うん…まだみたい…」  三里が言うと、村澤は三里の顔を見てもう一度テーブルに視線を移すと。
「お兄さん達、もう食い終わってんじゃないの? 席譲ってよ」
デカイ図体の村澤が、高い位置から見下ろすように言うと、たとえ高校生と雖も、結構な迫力がある。
ましてや、あまり機嫌の宜しく無さそうな声で言うものだから、男は顔を強張らせ、精一杯の虚勢で睨み付けた。

「なんだよ、お前!」
「だってそうでしょう・・・。 さっきから見ていると、三里に嫌がらせをしているようにしか見えないよ。
俺らの事、ガキだって言いながら、そのガキ相手にみっともないっすよ・・・いい大人がさ」
その頃になると、周りの人間たちも、幾分不穏な気配を感じるのか、
何事かと、興味半分の視線を投げかけて来るのが解った。

「村澤君!僕達が、出れば済む事だから・・・出よう、それ持って」
「だってよぉ・・・別に俺らが悪い訳じゃ・・・」
「そうだけど・・・嫌な思いしてまで居ること無いよ。 僕は外でも平気だよ・・・どこか、座れるところがあるよ、きっと」
三里が言うと、村澤はしぶしぶといった顔で、

「お前が良いなら、俺は構わないけど・・・」  と言って三里に同意する。
「じゃ、出よう」
三里はそう言うと、さっきからチラチラ視線を向けていた客達に向かって
「どうもお騒がせして、申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げた、すると村澤も、それに並ぶようにペコリと頭を下げる。 
そして、二人はスタスタとその場を後にした。




  非日常的日常 2


駅前広場にある、ベンチに並んで腰掛け、ハンバーグを頬張りながら村澤が言う。
「お前さぁ・・・あれじゃ、あの兄ちゃんたち居たたまれないぞ」
「良いんだよ。 本当は食べ終わって出るつもりだったのに・・・わざと、嫌がらせをしたんだから。
だから僕も、お返しにあんな事を言ったんだから」
二人の間に置いた、ポテトを摘みながら、三里が不機嫌そうな声で言った。

「お前って、ホント性格悪いのな。 そんで怖ぇよ」
「そんな事ないよ、あの人が訳の解らない意地悪をするからだよ」

「あの、ボケ兄ちゃんさぁ〜 ヤキモチやいたんだよ、お前に」
「なんで僕に嫉妬するのさ」

「だってよ、あの女がお前にデレッとした顔をするから・・・ムカついたんだよ、きっと」
村澤が、ニヤニヤ笑いながらそんな事を言い・・・それが、なぜか三里のかんに触った。

【あんな女なんか、関係無い・・・興味も無い・・・男も然り・・・僕は何にも興味が無い】

「・・・口に、物を入れたままで話すのは、止めてくれないかな。 行儀悪いよ」
三里の、更に不機嫌そうな声も意に介せず、村澤は三里の顔を覗き込むと、
「なんだよ、お前だって頬っぺたに、マヨネーズが付いているぞ」  と、言い。
「えっ?」  三里が慌ててポケットからハンカチを取り出すより早く、村澤の手が伸び
三里のほほを、村澤の指先がかすめていった。 そして、その指をペロリ・・・口に含み。

「うん、三里の味だ・・・美味い」  その行動と言葉に、三里は自分の不機嫌さを一瞬忘れた。
「馬鹿! 変態・・・」
「そうか? でも、本物の三里はもっと美味そう・・・なんてな。
なんつたって俺ら、花の高校生だもんな・・・いや、高校生の見本だ」

【はぁ〜見本ね・・・ほんと、完全な馬鹿。 それでも、君は高校生らしいけど、僕は腐っているから馬鹿にすらなれない。 
でも・・・君といると、僕も高校生の端くれに思えるから不思議だね。 本当に・・・だから君と居ると僕は不安になる】
三里が、ドリンクのストローを咥えたまま、がぼんやりそんな事を考えていると、
「なぁ、三里・・・お前沖縄って行った事あんの? 
今でも暑いのかな、それによって、着る物考えなくちゃならないだろう?」
いきなり村澤の話がジャンプし、一瞬何のことか考える。  そして・・・あぁ、そうか気温の事。

「・・・君ってさ、本当に解らないの?それとも、惚けているの?」
「なんでだよ、」

「沖縄と言ってもハワイじゃないんだよ。
日本の南っていうだけで、そう気温が変る訳じゃないさ・・・5度前後位じゃないのかな」

「そんでも、長袖か半袖か迷うじゃ無いか」
「そうだけど・・・行くのは、もう少し先だから、今よりもっと涼しくなるだろう?
それよりなにより、もう半袖は店に置いて無いんじゃないの」

「あっ、そうか! 店は早いから、とっくに秋冬物に変っているんだよな・・・俺等も衣替えしたし」
「そういう事、だから半袖は諦めた方が良いと思うよ」
そう言うと、三里が最後のポテトを口に放り込み、ポテトの入っていた箱と、
飲み物のカップを袋に入れて、キュッと押しつぶす。 その横顔を見つめて、村澤がはぁ〜とため息を吐いた。

「お前って、なんか爺くさい・・・落ち着いていると言うか、達観していると言うか。
もっと慌てたり、驚いたりすることないの? 俺は、お前のそういう顔が見たいんだよな。
いつだって冷静な、生徒会長の顔じゃなくてさ、俺と同じ高校生としての、三里の本当の顔を見たいと思うよ」
一番気づかれたくない処を簡単に言い当てられ、三里は一瞬言葉に詰まった。

「・・・・僕には・・・この顔以外ないよ」 
「そうか? でも、いつか俺は、お前の本当の顔を見てやる。 お前と一発やるのは、その後にするよ。
俺が、成績でお前を抜けなくても、本当のお前なら拒まない・・・そんな気がするからさ」

【どうしてこうも、心の襞まで覗き込見たような事を言うのだろう】
だから、ますます頑なに、ますます心に鎧を纏い、三里は不安を覆い隠して言う。

「それは、僕を抜くより、ゼロに近い確率だね」  そして、精一杯の強がりで自分の心に呪文をかける。
【そう・・・僕の心は動かない・・・絶対に・・・動けない、動いてはいけない】 と。

「まぁ、それならそれでも良いさ。けど、俺は本気だから・・・本気同士のガチンコ勝負だからな」
村澤はそう言って、晴れ晴れと笑う。 どんよりとした曇り空に、眩しいほどに晴れやかな笑顔・・・
三里はその笑顔に眩暈を覚えた。


百貨店の中をふたりで、あっちの売り場こっちの売り場と移動し、
買ったのは、二人共シャツを数枚・・それに、それぞれに、Gパンや綿パン。

村澤はその他に、靴、ジャケット・・・帽子まで買い込んで。 とりあえず、目当ての買い物を済ませた時は、
さすがに幾分の疲れと喉の渇きを覚え、飲食店のある最上階へと二人は足を向けた。
そして、ドリンクコーナーで、フレッシュジュースを飲んでいる時 村澤は三里の手をとり、掌に小さな袋を載せた。

「? なに? これ」 三里が怪訝そうな顔で聞く。
「うん、三里に似合いそうだと思ったから、さっきの店で買った」
答える村澤の顔が、ちょっとだけ照れくさそうにあらぬ方を向く。 その村澤に向かって、

「え? 僕に?・・・・開けてみても良い?」 もう一度三里が聞くと、
「ああ、良いよ」 と言って村澤が頷いた。
可愛い包装紙で作られた小さな袋を開けると、中から出てきたのは、シルバーで作られた、
ちょっと細めな平打ちのブレスレット。

え? どうしてこんなものを僕に・・・。 でも・・・なんか・・・きれいだな。
でも・・・これを付けたら・・・僕は、こいつから逃げられなくなる。 三里は、ふとそんな気がして

「こんな物、要らないよ・・・それに、付ける気も無いし」 そう言いながら、それを袋に戻すと村澤の前に置いた。
「いいよ、別に・・・お前が要らないなら、家に帰って捨てても構わないさ。
けど・・・俺は、お前の手首に似合うと思ったから買っただけだ。 もう直ぐ誕生日だろう?
一応俺からの、誕生日プレゼントのつもり」  今度は村澤が、三里の前へと袋を押しかえす。

「えっ・・・なんで知ってるの? 僕の誕生日」
「まぁな・・・それぐらい当然だろう」
【そういう事じゃなくて、何故知っているか、と聞いているんだけど】
心の中で言いながら、なぜかほんわりと嬉しさがこみ上げてくる。 
それでもやはり、素直に嬉しいと言えない自分。 素直じゃない、可愛くない・・・そんな自分が哀れに思えた。

「だったら余計もらえないよ、君にプレゼントを貰う理由は無いから・・・」
「良いだろう・・・たいした物じゃないし、無理矢理押し付けているんだから気にすんな。
それに、俺もお前とペアで買ったからさ。 あ! でも、指輪の方が良かったか?」

「え? それって・・・君が言うと婚約指輪みたいで ますます嫌だ」
「ん? なんだ、本物の結婚指輪が欲しいのか?」

「ば! ばか!! そんなもの要らないよ!」
「判ったよ。 俺が自分で働くようになったら、ちゃんとした指輪を買ってやるから、今はそれで我慢な。
で? やっぱプラチナの指輪が良いのか?」
などと・・・まったく意味が通じていないのか、それとも、わざとすっとぼけているのか、
村澤は、どんどん勝手に暴走していく。

「・・・・ねぇ、君は人の話を聞いてないの? 僕はそんなもの、欲しいとは言ってないんだけど。
それに、結婚指輪ならなお更、男の君から貰うつもりはないよ・・・」

「そんな事言って・・・今はそう思っていても、これから先の事までは判らないだろう?」
「・・・まぁ、それもそうだろうけど・・・って、そんな事じゃなくて」

「三里、そんなに硬く考えるなよ、俺はお前に似合うと思ったから買った。 それをお前が嫌だと思ったら、
無理につける必要は無いと思うんだ。 俺はお前との約束を、目に見える形として残したかっただけだ。
だから・・・これは、お前との決着をつけるまでの、約束の証みたいなものだからよ」
言いながら三里を見つめる村澤の表情は、意外と思うほど真剣で、
三里もこれ以上拒むのは、自分が必要以上に意識しているようで、それはそれで嫌だと思った。 
だから・・・

「そういう事なら・・・解った、預かっておくよ。
その代わり・・・君の誕生日には、僕も同じく約束の証を君に渡す事にするよ。 それで、何時なの誕生日は」
三里が聞くと、村澤はパッと顔を綻ばせ、辺りに聞こえるほど大きな声で
「おぉ! 9月15日、来年楽しみにしてるぞ!」  と言った。

「え? 9月15日? 過ぎたばっかじゃない」
「そう、あと10ヶ月先。 その時までに、それが正真正銘 お前からのプレゼントになるようにするからよ」
満面の笑顔と共に、答える村澤に三里の心は複雑な思いにゆれる


村澤の言うようになど、なるはずはない・・・。たとえなったとしても、決して 渡す理由など口にしてはいけない。
三里は、理由の無いプレゼントを渡すために、その理由を考えなければならなくなった・・・と思っていた。


Back ← → Next
web拍手 by FC2