文化際−3 当日


鏡や鏡…この世で一番美しいのは誰じゃ
それは、白雪姫…・
なんと憎たらしい…殺しておしまい
 
鏡や鏡…この世で一番美しいのは誰じゃ
それは、女王様…・
おぉ、姫は死んだか、これで、私が一番美しい
 
鏡や鏡…この世で一番美しいのは誰じゃ
それは…森の中にいる白雪姫…・
な!なんと 姫が生きていると? おのれ、今度こそ…
 
魔女に化けた女王の手には、真っ赤なリンゴ
それはそれは綺麗な…血のように赤い、毒を含んだリンゴ
 
まぁ、なんて綺麗なリンゴでしょう。
姫の手の上には、女王の悪意を凝縮した、禍々しいほどに美しいリンゴ。
一口含むと、毒は姫の身体を永遠の眠りに誘う。
 
会場の武道場は観客で溢れかえっていた。
なんで、こんなに…他の教室はどうしてる?
大半の生徒が、集まってしまったのでは…と思われるほどの観客が、
女王の憎憎しさに驚き…小人たちの唄や踊りに笑う。
そして…白雪姫の清楚な美しさに、うっとりと溜息を漏らした。
 
アクリルで作った、棺の中に横たわった姫…それを囲んで、嘆き悲しむ小人たち。
其処へ、王子が登場・・・なんでそうなのか解らないが、
学生服にモールを飾り、腰にはベルトを締め、剣を携えて・・・おまけにブーツ。
お前、それって軍服だろう・・・めっちゃ場違い・・・卍付けたら、マジでナチスだぞ。
三里は薄く目を開くと、棺の中から村澤を見ながらそう思った
 
おぉ!! なんと美しい姫だろう。 白雪姫、どうか私の妃に。
棺の上から姫を見下ろす・・・と・・・・白い頬に一筋のほつれ毛。
長い睫毛が綺麗に広がって、付け睫毛でもしているように見えた。
 
うわぁ! 三里、綺麗だな・・・本当に眠っている姫様みたいだ。
そっと手を伸ばし、頬に触れる・・・温かい・・・白い頬が、しっとりと手に吸いつくようだ。
あぁ・・・いい感触・・・たまんない・・・。
その時、薄く紅を刷いた唇が僅かに動いた。
早く・・・・キスを・・・村澤にはそう聞こえた。
ゆっくりと顔を近づけ・・・近づけ・・・そこで止まるはずが、止まらない。
駄目だ、それ以上は・・・でも・・・・キスしたい・・・・どうしても・・・触れたい・・・。
 
えっ? 今・・・触れた? 
三里は閉じていた目をうっすらと開くと、目の前に村澤のどアップ。
お・・おい! なんでそんなに近づいていんだよ・・・・離れろ・・・離れろってば!
すると、三里の心の声が聞こえたかのように、村澤の顔がすっと離れる。
そして・・・もう一度近づき・・・唇が重なった。
 
柔らかい・・・・それに、いい匂い・・・・三里の匂いだ・・・・
あんな女教師なんかと違って・・・鼻の奥をくすぐり、俺の中に入り込んで来る。
あぁ・・・たまんねぇ・・・ぞくぞくする・・・マジでヤバイ・・・・もっと、もっとこれを味わいたい。
 
や! 止めろ!! それ以上くっつくな・・・馬鹿・・・変態・・・・。
う・・・うぅ〜ん・・・・・・・

三里の声?…うわっ!駄目だ、もう我慢できねぇ…・舌入れちゃえ。
チロッと、濡れたものが、唇を割って入り込もうとしていた。
ギャッ! こ・・こいつ…本気でキスしようとしてる…・どうする…どうする…・。
劇は? 今暴れたら劇は…どうなる…・でも…こいつ、なんで…
そんな事を考え、気が逸れた途端、熱く滑るものが口の中に侵入して来た。
 
わっ!!わぁ!…馬鹿、止めろ!!公衆の面前だぁぁぁぁ!!!
 
流石に暴れ出した三里に、観客は何事かと、固唾を呑んで舞台を見守っている。
すると、
ウッ! ぎゃーーーー!!! いきなり村澤が悲鳴を上げて後ずさった。
 
一体、何が起こったのか…・誰にも分からなかった。
ただ、村澤が…・目に涙を溜めて、自分の口に手をあてがい。
なにやら意味不明な事を、喚いているのが聞こえた。
 
「はに、ふんはほ?・・いらいひゃはいは…・ひろいほ?」
すると、むっくりと起き上がった三里が、涙目で見上げる村澤を、ジロリと一瞥し。
 
「バカヤロウ!! 舌まで入れやがって…暫く飯も食うな!!
お前は、公私の区別も付けられないのか!
僕は、人前でキスする趣味は持ち合わせて無い。 
それを…触れるだけならともかく…舌まで入れて…・さかりのついた犬か、お前は。
みんなの努力を、無駄にした事も含めて…よく反省するんだな」
 
棺の上、すっくと立ち上がって、そう言う三里は、姫というよりまさに女王様。
その威厳と、美しさに、朝陽ヶ丘に異説が一つ生まれた。
白雪姫は…本当は誰より美しく、誰より強い…とても恐ろしい女王様だった…と。

 


  馬鹿なやつら お呪い

全校生徒と言って過言ではない、その面前で会長に舌を噛まれた男。
村澤の名前は前にも増して全校に知れ渡った。

「はいひょう…すいまへんれひた…・おえが、わうかたれす。
れも、ほんひれ、はむらんれ、ほろいららいか」   村澤がハ行とラ行で、三里に必死に何かを訴えるが、
 
「何言っているか全然解かんないよ…・暫く話すのも止めたら?」 
白い目を村澤に向け、しゃぁしゃぁと、そんな事を言う三里に…村澤は、
こいつ、マジでブッ殺してぇ…そう思いながらも目を奪われるのは何故だろう…と思う。
そして…俺…なんでか本気になってる…この最高に憎たらしい綺麗な男に。 なんて思っていると、
 
「見せてごらんよ」  三里が村澤を見上げて言う。
その瞳は、性格の悪さ?を微塵も感じさせないほど、綺麗に澄んだ目で、
村澤は、たった今憎たらしいと思っていた事さえ忘れ
「?はにほ?」   そう言いながら、三里の顔を窺う。 すると三里が、少し背伸びをするようにして、

「べろ…ちょっと見せてみて」   と、言った。
三里の真意が分からず、それでも村澤は恐る恐る口を開ける…が、
いかんせん、身長の差があるため村澤の顔は三里の目の上にある。
すると…三里が、じれったそうに村澤の襟元を掴むと、グイと下に引いた。
 
「見えないよ…それに、ちょっと出してくれないとさ…
大丈夫、もう噛み付いたりしないから、安心して良いよ」
その言葉に村澤は、ちろっ と舌先を出す。
 
「あ〜ぁ…見事に腫れてるね…痛そう…」  そう言って眉をよせる三里に、
お前がやったんだろう!!!普通、いくらキスしたからって噛み付くか?
もう少しで、舌を噛まれて死んだ…って、ニュースになるところだったんだぞ…
心の中で文句を言いながら、それでも、目の前の憎たらしい男に見惚れる。
だから…

「目を瞑って…・」  その言葉に、なぜか逆らえず黙って目を閉じた。
 
★ペロッ!★   
ん? 舌に感じた柔らかいもの…・何?…・目を開くと…・
 
「おまじない…早く傷が良くなるように…・」
三里がそう言って、もう一度…・ピンクの舌を出して村澤の傷を舐めた。
 
そこから、流れ込んで来るものは…・広がっていくものは…・
今まで感じた事の無い感覚…。

すっげぇ!! なんでこんなに気持ち良いんだ? 
村澤の顔が、にやけた途端… 耳にカプリ! 噛み付かれた。
 
「イッテェーーーー!!!」
「エロイ顔してんじゃないよ…スケベ…」   いつもの小ばかにした顔で言う。
やっぱ、こいつ…・鬼畜だ…・
 
【しかし…・三里のお呪いが利いたのかな、傷が見る見る良くなった】
【そんな事ある訳ないジャン…口の中は治りが早いだけだよ…ホント、おバカだね】 
三里と村澤の思いを他所に、朝陽ヶ丘高校体育際は、もうすぐ始まろうとしていた。
 
 
三里は、生徒会室の窓からグランドを眺め、走る村澤の姿を目で追う。
あいつの姿が、目に焼き付くと感じるのは…僕だけなのかな
なんか…少しだけ、マジになってるような気がするのは… あんな奴始めてだから…かな。
 
「会長…どうかしました?」
会計の中村が、三里の側に並ぶと三里の視線を追いグランドに目を向けた。
 
「あ! 副会長ですね。 そう言えばどうでした?結果は」
「ん? 結果って?」
「嫌だな…副会長が、会長を恋人にするために、試験で挑んだっていうあれですよ」
中村の言葉に、一発やらせろ…が、恋人にする…に変わったとは、人の噂とは面白いものだと思いながら 、
「一年生にまで、そんな噂が広まっての? あれは、単なる噂だよ。
だいいち、男の僕が彼の恋人になる訳ないだろう」
あくまでもさりげなく、気にも留めていない素振りで言う。 すると、中村が、
 
「そうですか? 僕は、結構お似合いだと思いますよ…会長と副会長。
副会長、今はちょっと、ギャグキャラっぽくなっていますけど、本当はカッコ良いですよ。
だって、会長にアタックをかけるんですから…普通じゃ出来ませんよ」
やはり、グランドの村澤を目で追いながらそんな事を言う。
 
「…・・カッコ良いね。 中村君、君はああいうタイプが好きなの?」
三里が聞くと、中村は視線をグランドから三里に移し、ちょっと目を泳がせると、
「あっ…いえ…そういう訳じゃ。 それに・・僕はホモじゃありませんから」  と、宣。
 
なんだよ、お前…自分はホモじゃないって言いながら、僕にはホモになれってか?
三里は心の中でそう言いながら、もう一度グランドに目を移す。
 
確かに外見は、かなり良い方だろうね…それに頭も良い…多分。
性格だって悪くは無い…って、それじゃ全部良いって事じゃ無いか。
僕の心は、何かを期待していると言うのか…バカバカしい。
三里は、一瞬、頭に浮んだ考えを振り払うように…窓に背を向けた。
 
分化際の次は体育祭…そして、その後は修学旅行と、秋は行事がぎっしり詰まっていて、生徒会も忙しい。
なにせこの学校は、生徒の自主性を重んじると言うか、生徒主導と言うか。
とにかく、生徒会の運営及び決定権は、他の高校に比べ かなり大きいものがある。
従って、生徒会の役員は、いつも何らかの会議を余儀なくされていた。


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