文化祭

文化際の出しものが決まった。

此処、朝陽ヶ丘では、クラス、各部に加え、生徒会も何かの発表をすることになっていた。
例年までは、研究発表のようなものが定番だったのだが、
今年は例年までは居なかった人物の出現で、その定番が覆されようとしていた。

三里が、すこぶる機嫌の悪い事は、さきほどから一言も口を開かない事でも良く解かった。
例年通り・・・三里はそのつもりでいたのだが、村澤の、今年は目先を変えての言葉で
あっという間に・・・例年までの定番が、覆されてしまったからだ。

「会長・・・それじゃ、全員一致で寸劇に決定しました」
村澤の、張り切った声に・・・三里は、その声の主をジロリと睨む。

「出し物は 『白雪姫』 なぜなら、生徒会役員は会長含め11人そこそこです。
白雪姫も、姫、王子、小人が7人、魔女、女王と、人数的にもちょうど賄えます。
因みに王子役は、不肖この村澤が務めさせて頂きます。
それと・・・全員一致で白雪姫は、会長にお願いする事になりました。 宜しくお願いします・・・で、良いんだよな」

村澤のその言葉で、全員がごくりと唾を飲み、一斉に賛成の挙手。
このバカのおかげで・・・なんで、僕が白雪姫なんだ・・・そう思うと三里の怒りは治まらず。

「村澤君・・・どうして僕が、白雪姫の役をやらなくてはならないんだ? 
そんなにディズニーが好きだったら、いっそ、君がやれば良いじゃないか・・・ミッキーなり、ミニーなり。
なんなら野獣でも、魔人でもお好きなものをどうぞ・・・だね。 とにかく、僕はお断りだね。 
もし、どうしてと言うなら、別の役にして欲しいよ」
三里は、不快指数200%位の顔で村澤を睨むが、当の本人はケロッとした顔で

「だって、お前しかいないだろう? 他の奴らを見てみろよ。
不細工なのや、ごついの・・・それに、のっぽ・・・挙句に眼鏡の白雪姫なんて笑えるぞ。
この世で一番美しいのは誰? それは、白雪姫です。 だぞ。
やっぱ、それなりじゃないと、不味いだろう。 その点、お前だったらピッタリだと思うぞ」  と、宣う。

「・・・・・・・僕が、女の子みたいだと? そう言うのかな?」
「そうじゃないよ。 ただ、役員の中に女子がいないんじゃ、しょうがないだろう。 
ピンチをなんとかする・・・それも会長の責任・・・だろう?」
まったく、ああ言えばこう言う。 こう言えばああ言う。 こいつなら、いくらでも言い返すだろう。
そう思った三里は、村澤の逆手を取る戦法に変えた。

「村澤君・・・実は恥ずかしい話だけど。 僕は、嫌な事があると急に腹が痛くなるんだよね。
ほら、俗に言う登校拒否症状みたいなやつが出てしまうんだ。 
だから、せっかく引き受けても、もしその日の朝に、それが出たらみんなに申し訳ないだろう?
あぁ・・・そう思っただけで、なんか急に腹の具合が・・・。 ごめん、そういう訳だから姫は君に任せる。 
その代わり、君の王子役は僕が引き受けるよ。 じゃ、そう言う事で・・・犬への第一歩も頑張って」
にっこりと笑顔を見せると、いつものようにひらひらと手を振る。

お前ごときの意のままになんて・・・僕はそんなに簡単じゃないよ。
三里は心の中でそう言うと、べーっと舌を出していた。

何なんだ・・・・あの超絶俺様振りは・・・・もとい女王様ぶりだ。 こうなったら絶対、白雪姫をやらせてやる。
ドレスを着せて、髪飾り付けて、最高の白雪姫にしてやるからな。 覚悟しとけよ三里。
村澤もまた、心の中でそう言うと 不敵な笑みを浮かべていた。

村澤が選択として取った数Bは、どういう訳か4人しかいないうえに授業もプリントが多い。
今日も各自に課題の問題が渡され、先生は何処かに行ってしまった。
そのプリントを、隣の席で一生懸命書き込んでいる吉本に、村澤は椅子ごと近づくと覗き込む。
そして、間違えている処を指で示した。

「其処違う・・・。 途中の計算間間違えただろう・・・」
「あ! ほんとだ。 凄いネ、パッと見て解かっちゃうなんて」
吉本は、眼鏡の奥の目を何度か瞬かせ 眩しそうに村澤を見つめて言った。
おいおい、そんなに驚かれるほどの事でもないよ・・・村澤はそう思いながら、

「去年、やったところだからな・・・」  ネタばらしのような事を口にする。 すると。吉本は、
「へぇ〜 やっぱ、授業の進み方が速いんだ。 それじゃ、うちの進度じゃ かったるいと思うよね」
と、やはり感心するように言う。 
「そんな事ねぇよ。 けど、三里はどうなんだ? あいつ頭良いんだろう?」
「会長は・・・とっくに、自分で先に進んでいるからね。 でも、ちゃんと授業は聞いてる。 
凄いよね・・・ほんと、尊敬しちゃうよ」
吉本は、まるで教祖様を見つめる信者のような表情で言い。 それが、村澤にはどうにも不可解に思えて、

「・・・・・・なぁ、三里ってあんなに性格が悪いのに、なんで皆に人気あるんだ?」
と、聞くと・・・吉本は、何を言っているんだ?とでも言うような顔で、
「えっ? そんな事無いよ。 とっても優しい人だよ。 頭が良くて、優しくて・・・その上」
そう言うと、今度は少し頬を赤らめた。 だが村澤には、それすらも不可解に思え、
「優しい? あいつが? いつも人を小馬鹿にして、偉そうなあいつが? そりゃ、お前のかい被りだ・・・幻想だよ」  
断言するように言う・・・と。 意外にも吉本は向きになって、

「違うよ。 本当に優しい人なんだよ。 僕は、こんなだからさ・・・入学してからも、なかなかみんなに馴染めなくて。
そのうち、段々気の合う子同士でグループが出来てくると、益々溶け込めなくなって。 気が付いたら、いつも一人でいた。
なんか、みんなに省かれてるような気がして、だんだん学校に来るのが嫌になってしまったんだ。
でも、その時会長が声を掛けてくれた。 グループ行動の時も、誘ってくれてさ。 本当に嬉しかった。

おかげで、皆とも話が出来るようになって、今は普通に付き合っていけてる。 全部、会長のおかげなんだ。 
会長は誰にでも優しくて、ちっとも偉ぶって無い。 だから、みんなが会長の事を尊敬してるし、大好きなんだと思うよ」
吉本の言葉は、村澤にとっては信じられない話で・・・自分に対する、三里の言動を思い浮かべると、
もしかしたら、三里は二重人格なのでは? などと思ってしまう。 だから・・・、

「そうかな。 俺にはそうは思えないけどな・・・。 それとも、俺にだけ意地が悪いのか?」
思わず、心に思っていた事を口にすると、吉本が笑いながら、
「それは・・・・最初にあんな事いうからだよ。 でも・・・あんな事言われたら、即行ぶっ飛ばしていると思うのに。 
会長・・・なんでそうしなかったのかな」  と言い・・・それもまた、びっくり仰天な話で、

「ぶっ飛ばす? あいつが暴力なんて振るうのか?」  
村澤が、驚いたように聞き返すと、吉本はそれが可笑しかったのか、
「そんな事、普通はしないよ。 でも一年の時、上級生が君と同じような事を会長に言って、乱暴しようとした事があるらしい。 
その時会長が、「僕は男だ! その男に向かってふざけた事を言うな!」  そう言って、その上級生をぶっ飛ばしたって。
その上級生たちは、普段から下級生イジメをしていたからさ、みんなで会長の味方をして、
あいつ等の普段の行動を 全部学校に告発したんだ。

そしたら先生方も、悪いのは上級生の方で・・・正当防衛だって言ったくらいなんだよ。 
それでみんなは、会長が物凄く強いって事を知ったんだ。 その上級生の奴等・・・後で、会長に謝りに来たって聞いたよ。
よくは判らないけど・・・なんでも会長は、合気道だか空手の有段者だって話だからさ、
君があんな事いった時、本当はみんなヤバイって思ったんだよ。 でも会長・・・なんか君の事を、面白がっているように見えた。」
吉本はそう言うと、何となく不思議・・・そんな顔で首を傾げた。 その顔を見ながら村澤は、

【おい!空手の有段者は凶器を所持しているのと同じだろう! 正当防衛どころか立派な傷害罪だろうよ。
しかし、三里が・・・有段者ね。 これは、今後三里と喧嘩するのは止めた方が良いって事か?】
声にこそ出さなかったが、村澤は心の中でそんな事を思いながら・・・その反面、
【あいつが面白がっている? ふ〜ん 俺との事を楽しんでいるって事か・・・・だったら、俺も楽しませてもらう事にするかな。 
そして、いつか必ず落としてやる】  等と闘志を燃やしていた。


 バカなやつら

次の日、三里が学校に着くと すれ違う顔が妙ににこやかで・・・なんだ? 一体何が? そんな事を思っていると、
「会長! 楽しみにしてます。 頑張って下さい!!」
「獅堂、期待してるぞ」
「さすが会長。 思い切った事をするな〜」
などと声をかけられ・・・益々一体何の事か・・・と、心では不思議に思いながら、顔は笑顔で応える。

「おぉ、獅堂・・・良く決心したな。 まぁ、お前なら・・・安心して見ていられるだろう。 大いに期待してるからな、頑張れよ」  
と、担任の橘までそんな事言い。 そこまで言われると、流石の三里も気になり、
「はぁ・・・って、一体なんの事ですか?」  聞き返した。 すると、橘は笑いながら、
「何がって、分化際の寸劇に決まっているだろう。 しかし、お前の白雪姫は見ものかも知れんな。 
みんな、今から期待して楽しみにしているようだぞ」  一番聞きたくない、白雪姫・・・の言葉を口にした。 

「は? 白雪姫って・・・僕がですか? 嫌だな・・・まだ正式には」  
何となく嫌な予感がしたが、それでもさり気ない笑顔を浮かべ・・・やんわりと否定する。
なのに・・・橘は、三里の嫌な予感を、しっかりと現実にするような事を告げた。

「なに言ってるんだ。 もう、張り出してあるだろう」
「えっ? 張り出すって・・・まさか!」

「生徒会室前と、正面入口前にポスターを張っただろう」  その言葉を聞き終わる前に、三里は橘に背を向けた。
とてもではないが、正面入口前に行くのは憚られるので、生徒会室に向かって駆け出す。
そして・・・生徒会室前に・・・どーーーん! と貼られたポスターには。

生徒会役員による寸劇 【白雪姫】

配役
白雪姫  獅堂三里
王子    村澤憲吾

その後に、それぞれ配役が記されて、後丁寧に可愛いらしい白雪姫の絵まで描き込んであった。
【やられた! 村澤の奴の仕業だ。 それにしても、一体いつの間に】  三里は、くるりと踵を返すと教室に向かった。

教室に入ると、みんなの目が一斉に三里に注がれた。
その中で、ニンマリと笑みを浮かべている村澤に、つかつかと近づくと、

「村澤君、随分と仕事が早いんだね・・・・見直したよ。 こうなったら、僕も覚悟を決めるしかないね、お互いがんばろう」
三里は・・・にっこり笑いながら、その瞳には殺意さえ込めて手を差し出す。 すると、得意げな笑みを浮かべた村澤が、
「お・・おぉ!」  と、言うと、三里の手を握った。 
三里は、その大きな手を力一杯握り締める・・・と、村澤の顔が、目を見開いて苦痛に歪んだ。

「イッ! イッテェーーーーッ!! 何すんだよ、三里! イッテーじゃないか」
三里は村澤の叫びを他所に、その手を更に力を入れて握り・・・それから突き放した。

「僕は、卑怯な奴が一番嫌いなんだ。 正々堂々ならまだしも、姑息な手を使って僕を言いなりにしようなんて。
お前は、犬以下の下衆だ。 二度と僕を名前で呼ぶな!! 
もし、今後一度でも名前を呼んだら 「お前を、殺す」 僕はいつだって本気だよ」
笑いながら、目は氷のように冷ややかで、低い声は他の誰にも聞こえない。
その時村澤は・・・三里のその目に見とれた・・・押し殺した声に震えた。 そして、心から思った。

甘かった・・・あんな搦め手で、いいなりになるような奴ではなかったのだ。
いい加減な気持ちで遊んでいたり、甘く考えていては・・・反対に食われる。
こいつを落としにいくのだったら、全力で行かなければ・・・落とせない。  はっきりと悟った。 

「・・・俺が悪かった。 お前を、みくびっていたみたいだな・・・本当に悪かった。
これからは、堂々と正面から、全力でお前にたち向かうことにするよ」
村澤の言葉に、チッ 小さく舌打ちすると、三里は村澤に背中を向けた。


「会長、少しは笑顔を見せて小人たちと、楽しそうに踊ってくれなくちゃ、ダメですよ〜」
「こんな小人がいるか、可愛く無いから嫌だ!」

「しょうがないですよ、デカイんだから・・・それでも小人だと思ってください。
それで、会長はいつもの顔をしてくれるだけで、良いんですから」

「いっそ、踊りは止めて歌にしようか? そうすれば、ドタバタ動かなくて良いんじゃねぇ?」
「あぁ、それ良いかも。 そう言えば、そんな場面ありましたね。
「それじゃ、小人達は歌だけにして、白雪姫だけが歌って踊る・・・っていうのはどうですか?」

「衣装はどうします? ミニじゃ不味いかな・・・やっぱ、ロングドレスじゃないと雰囲気出ないですよね」
「そりゃ、ロングドレスに決まってるだろう。 だって姫だぞ・・・姫」

勝手に勝手な事を言いながら、勝手に進んでいく時間が、いつもより少しだけ楽しいのは?
嫌々だったのに、少しづつ嫌々でなくなってるいるのは・・・・皆が楽しそうだから?
自分の女装に、なんでこれほど騒ぐのだろう・・・と思い・・・男子だけで、女子がいないから?とも思う。
だとしたら・・・僕は・・・。 三里は、少しずつその意味を考え始めていた。

いよいよ分化際が近づき、出しものの白雪姫も、どうにか形になりつつあり、昨日あたりから衣装を着けて練習していた。
小人たちは良い・・・カラータイツかスパッツを、母親や姉妹から借りてくれば良いのだから。
あとは長めのシャツを着たり、ベルトを付け、帽子を被れば、ちょっとキモくて引きそうだけど、それなりに小人ふうに見えた。
王子も似たり寄ったりで・・・何とか格好がつけられる。 問題は、女王と白雪姫。

ロングドレスなんて、そうそう誰もが持っている訳が無い・・・と、思いきや、あったのだ。
村澤が、ドレスを二着・・・・それも、紫とピンク・・・そのうえカツラまで。

「うおっ! めっさ凄いジャン。 どうしたのよ、これ」
「ちょっとな、叔母さんの店のを借りてきた」

「良いのかよ・・・こんな立派なドレス。 それに、ズラだって本物だろう?」
「大丈夫だ。 その代わり、当日は見に来るって張りきっていたけどな。 会長・・・ちょっと着て見てくれますか? 
もし、サイズが合わなかったら、別のと取り変えますから」  そう言いながら村澤が、淡いピンクのドレスを三里に手渡す。 
ピンクのドレスな・・・三里は心の中で思いながらも、一応素直に、

「・・・・・解かった。 それじゃ、向こうの部屋で着て見るよ」  そう言うと、ドレスを手に準備室のドアを開けた。
生まれて初めて着る女性のドレスは・・・下半身が酷く頼りないような気がした。
【スカスカして、なんか気持ち悪い。 動くたびに柔らかな布地が、素足を撫で、纏わり・・・絡まる感触が、なんか・・・。 
やっぱり、ズボンはいとこう】 

「さすが会長、良く似合います!」
「その辺の女なんか、目じゃないっス・・・村澤じゃないけどマジ惚れそうです」

「それに比べ、お前きもっ!」
「俺見たことある! どっかの漫画にそんな奴出てた」

「うっせ! 俺だって、好きで でかくなったんじゃねぇや」
「でも、その対比が良いな。 美しい白雪姫と醜い女王様。 当に物語の世界だ」
なんて、それぞれ勝手な事を言っている中で、村澤だけが真面目な顔で言った。

「会長! ドレスの中に何を穿いているんですか」  
三里はそんなに大きい方ではないが、それでも170はある。 ドレスの裾は下まで届かず、足首の上。 
そして、そのドレスの裾からズボンがはみ出ていた。 しかし、女王にいたっては、もっと酷い。 
丈は勿論だが幅も・・・なんせ、ファスナーが半分も上がっていなくて、背中が丸見えだ。

「足が、スースーして気持ち悪いんだ。 下だけ、何も穿いていないみたいで、変な感じ」
「! 何も、穿いて無いって? フル○○って事?」

「ばか!ちげぇよ。 風呂から出て上だけしか着ないで、下はそのままって事だよ」
「やっぱフル○○ジャン! うわっ!それって気持ち良さそう」

またも、くだらない事で 大騒ぎをするみんなを見ながら、どうしてこいつらは、こんなに馬鹿なのだろう。
そう思いながらも、彼等のバカさ加減が、大騒ぎが、微笑ましく思えてくるのは・・・なぜだろうと思う。

三里は、今まで何をするにも一人でやってきた。 皆に、会長・・・と持て囃されていても、自分の中ではいつも一人だった。
決めるのは自分、皆はそれに従うだけ・・・そうでなければ関わらない。 みんなで、何かを一緒にするのは始めてで・・・
今、自分は少しだけ楽しいのかな。 三里は、彼らを見ながら・・・そんな事を考えていた。

「まぁ、しょうがないな、初めてスカート穿くんだから。 けど、女はいつもそうだろう?
白雪姫は女なんだから、やっぱり、会長にも我慢してもらうしかないな。 それと、女王のドレスは別の物と取り変えよう。
せめて、背中が出ないようにしないと、また問題にでもなったら大変だから」
皆が浮かれている中で、村澤はきびきびと進む方向を探し、示す。 こいつ・・・・マジで、僕に向かってくるつもりなんだ・・・。
けど、無駄だよ。 僕の、行く先は決まっているから。 其処には、誰も一緒には行けない・・・誰も入れない。


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