転校生    獅堂三里・しどうみさと(17)=村澤憲吾・むらさわけんご(17)


朝陽ヶ丘高校、二年A組は今日も朝から騒がしい。

おい!転校生だってよ。
マジかよ…どうせ親の転勤とかでさぁ、くっついて来たんじゃねぇの。 
ダッセェーの…。
そうそう…辺境の地から来た、勇者さまだぜ…きっとwww

あっ、俺見た。 そいつ橘と一緒にいた、でかい奴だろう?
見たのかよ、どんな奴だった?。
うん、後姿だけだったけど、たしか学制服着てた。
なんだよ、うちの制服着てんじゃないのかよ。 マジ、なまいきな奴。

だよな…。 転校してくるんだったら、転校する学校の制服ぐらい着て来いって言うの!
なぁ、会長どう思う?
いきなり話をふられ、獅堂三里は心の中で、お前…主語がないよ。 そんな事を思いながら、
「ん? うん…そうだね。 良い奴だといいね」  にっこり笑顔で答える。

今日は朝から、その転校生の話で、教室の中はいつもより更にざわめいていた。
この時期に転校生なんて…どうせ、ろくな奴じゃないだろう。 
大凡こういう類の話をする時は、決まったように幾つかのグループに別れる。 
端から敵視する奴等、仲間に入れようかどうかと、計りにかける奴等。
興味があるのに、自分には関係ないというふりをする奴。 そして、全く興味のない奴…・というより、
自分以外はどうでもいい奴。

まぁ、どうでも良いけど…誰が来ようと、誰が居なくなろうと…どうでも良い。
それでも三里は…いつも、誰もが見惚れるような笑顔で、心とは反対の言葉を口にする。

「お〜い、静かにしろ。 もう、チャイムが鳴ってるんだぞ」
担任教諭の橘が、ガラリとドアを開けて、大声で言いながら入ってきた。
そして、その後から…橘よりも、幾分背の高い生徒が 神妙な顔で入ってきた…が、
その生徒の着ている学生服を見て 一瞬、三里の表情が変わった。
あれは! 文武の制服。 まさか、あいつは文武から転校して来たっていうのか。

やはり、三里と同じ事を思った生徒もいたのだろう。 教室の空気が、さっきまでとは違うざわめきに揺れる。 
そんな空気を読み取ったかのように、
「は〜い。 気になるのは解るが、まず出欠が先だ。 誰か休んでいる者はいるか?」
橘がそう言って、欠席者を確かめるように、みんなの顔を見回す…と、
「吉田以外・・全員出席です」  クラス委員が答えた。

「そうか…吉田は、まだ出て来れないと連絡があったが、まぁ、後二三日は無理かも知れないな。
よ〜し、それじゃ 今日からうちの生徒になった転校生の紹介をする。 既に、制服で判った奴もいるようだが、
文武から、転校して来た村澤憲吾だ。 お前等も知っていると思うが、文武は、学力、スポーツ…共に優れた学校だ。
其処に在学していた村澤は、きっとお前たちにも 良い刺激を与えてくれると思う。 
と、いう訳で、みんな、仲良くやるように…判ったな。 じゃ、村澤…・お前からも、みんなに一言挨拶しろや」

文武と聞いて、一瞬みんなの目が一斉に転校生に向けられた。
それも当然だ。 文武と言えば、この近隣では知らない人がいないと言う、私立の超難関進学校で、
そこの生徒の大半は、当然のようにT大を受験する。 また、高学力の高校ながら、スポーツにも秀でていて、
流石に団体競技は今ひとつだが、個人競技、特に剣道、フェンシング、テニスなどでは好成績を残していた。
その転校生が前に立って、クラス全員を徐に見渡して、

「村澤憲吾です。 今日から、みんなと一緒に頑張っていきたいと思います。 よろしくお願いします」  
村澤が、少しはにかんだような笑みを浮かべ、大きな体で丁寧に頭を下げた。
如何にも真面目な優等生…そんな様子の村澤に、

【へぇ〜 文武からねぇ…面白いんじゃないの。 学力、スポーツ、共に お手並拝見させてもらおうじゃないか】
照れたように、はにかみながら、挨拶をする転校生をみつめ…獅堂三里は、うっすらと笑みを浮かべた。  
そして…。

「いいよ…お願いされてやるよ」  どこかの馬鹿がチャチを入れる。 すると必ずそれに続く者がいて。
「俺も…よろしくな村澤。  だから、うちのバスケ部入ってくれる?」
「あ〜 きたねぇぞ。 入るんだったら、うちの数研にどうよ」  いかにも軽い乗りで、もうクラスメートだと言わんばかりに誘う。

「おいおい、お前等。 転入生を歓迎するのは良いが、押し付けはいかんぞ」
橘が笑いながら言うと、村澤は、やはり照れたような笑みを浮かべ…。
一見和やかに、転校生を受け入れたかのように見えた…が、その時 獅堂三里が口を開いた。

「村澤君だっけ。 君さぁ、なんで文武を退学して朝陽ヶ丘に来たの? 何か問題でも起こしたの? 
それとも…二年になって授業に、ついていけなくなったとか…は、無いか」
突然の質問…というより、まるで小ばかにしたような問いかけも、三里のにこやかな笑顔で言うと、
不思議な事に、無邪気な質問にさえ見える…が、流石に転入生には不躾と思ったのか、

「お・・おい! なんて事聞くんだよ」  一応、誰かが嗜めるように言う。
だが、真意は決してそうでは無い事も、三里には判っていた。 その証拠に、後に続いた者が笑いながら言う。
「そうだよ…いくらなんでも、そんなこと聞いたら、悪いだろう」
そうなのだ。 誰だって思っている。 ただ、口にしないだけ…だから三里が聞く。

「そうかな…だって、文武とうちじゃ、学力の差が有り過ぎるんじゃないの?
それに、たとえ引っ越したとしても、通えない距離じゃないよね。 この辺から通っている生徒だっているんだし、
そう考えると、文武から朝陽ヶ丘…なんとなく不自然じゃない?」
すると、それまで真面目で大人しい転校生にしか見えなかった村澤が、にやりと笑った。
そして…真っ直ぐに三里の顔に視線と合わせると、

「へ〜 馬鹿の集まりかと思っていたら、結構鋭いのもいるんだな。
まっ 隠してもしょうがないから、ぶっちゃけ言っちゃうけどさ、俺、前の学校退学処分になる処だったんだわ。
それを、自主退学するって事で、此処に引き取って貰うことに決まった…って事。

なんつたって文武だろう? 揉めて、大事になったら文武の名前に傷がつくし。 此処だってそうさ。
上手くすると、上位の大学に合格する者が増えるかも知れない…なんてな。
お互い、そんなすけべ心があったんじゃないの。 なんつたって、天下の文武だからよ」
真面目そうな、文武からのエリート転入生の顔は消えうせて、強かな顔が其処にあった。
だが、そんな事は歯牙にもかけないといった顔で三里は続ける。

「ふ〜ん、そうなんだ…で、君の成績は何番目だったの?」
ストレートな三里の皮肉めいた問いに、村澤はと言えば、まるでそれを受け止め、更に跳ね返すかのように、
「よく聞いてくれたな。 何番目じゃねぇよ、ビリだよ…学年最下位。
しっかしよ、文武にもお前みたいなのがいたら、俺も自主退学なんてしなかったかもな。
けど、転校して来て正解だったようだな。 なんつたってお前に会えたんだ。 これから楽しみだぜ。 
お前…ぜってぇ落してやるからな…待ってろよ」
そう言って、まるで挑むかのように、三里を見つめたまま視線を逸らさない。

周りの生徒は呆気にとられて、二人の顔を交互に見つめながらも、二人の間に、
目に見えない火花が散っているのを、何となく感じていた。 そんな空気は、担任にも伝わらぬわけが無く、

「まぁ…そのなんだ。 前の学校での事はともかくとして、今はうちの生徒になったんだ。
みんなも、あまり詮索しないで仲良くやれよ。 先生からも頼むわ」
意味も無く、ハンカチで額を拭いながら言う。 そして、クラスメート達は思っていた。

ヤバイ…・ヤバイよこれは…・会長に宣戦布告しちまったよ、あいつ…。



   犬宣言

どうにか、ホームルームを終え、一時限の授業が終わると、村澤が早速三里の横に来て、
身を屈めるようにして胸のプレートを覗き込み、それから声に出して読んだ。

「ししどう、さんり? 変な名前だな…お前」
「獅子は子がつく。 僕は、しどうだ。 それに、さんりじゃない…みさとだ。 お前、漢字も読めないのか。 
人の名前を変だと言う前に、もういっぺん小学校へ行って漢字を習って来い」
ジロリと見返し、そう言うと…村澤は、ちょっと目を泳がせ、

「ふん、それくらい読めるわ。 ジョークだよ、ジョウク。 お前こそ、判ってないな。 
けど、ミサトなんて可愛い名前じゃん。 お前に、ピッタリだ」   と、言った。
すると、三里がさっきより不機嫌そうな声で、

「…・・さんり、で良い」  そう言うと、またも村澤が
「またまた〜 そう怒るなって、せっかくの美人が台無しだぞ…ミサト〜ちゃん」
「お前、人の話をきいてるのか? ミサトって呼ぶな!」
三里の言葉も、一向に気にするでもなく、村澤は更にとんでもない事を口にした。

「俺さぁ〜 お前の事、気に入ったからよ。 一発やらしてくんねぇ?」
そのとんでもない申し出?に、驚いたのは二人の周りにいた連中。

なんだ? こいつ…バッカじゃねぇの? 依りにも依って、会長にやらせろ…だなんて気は確かか?
会長が、烈火の如く怒り…。 ヤバイ…血見るかも…。
其処にいた全員が、あんぐりと口を開いて…皆、同じ事を思った。
ところが、皆の予想に反して三里は、心底呆れたような顔をすると平然と言った。

「はぁ〜? 馬鹿かお前。 悪いけど、お前にやらせるんだったら、その辺の犬にやらせるよ」
三里のその言葉に、またも全員…同じ事を考える。

犬? 犬になら、やらせるのか?  そして…その場面を想像する。
犬に犯されて、よがっている会長…・・うぅぅぅ…・卑猥だ。

誰がどう考えてみても、オス犬が人間の男に発情するなど、ありえない事と解っている。
それでも、皆の頭の中の犬は、身体は犬でも顔は人間なのだから、いとも簡単に発情する。
しかし…誰の頭の中でも、犬の顔は村澤ではなかった。

「……・・何だよ。 俺は、犬以下って事か?」  村澤が、面白くなさそうに言い。
三里はといえば、こんなバカは相手にしていられない…そんな顔で、
「さぁな…自分で判断しろ」  
そう言うと、ぷいと村澤から顔を背けた。 だが…村澤は、暫し考える素振りを見せ、

「そうか…犬か…。 
それじゃ、俺が、お前の犬になるからよ。 そんなら、良いだろう?」  と、言った。
こいつ、本当の馬鹿か? 三里は思わず村澤の顔をマジマジ見てしまい…それから、にっこり笑うと。
「犬まで、昇格出来たらな」  つい、そんな事を言ってしまった。

そのニュースは、瞬く間に全校に広がり。 転校生は、会長の犬になれるかどうか!。
などと言っては、ふざけて賭ける者まで出る始末で、転校生村澤は、一躍注目の的になってしまった。


放課後…生徒会室。 遠巻きに、チラチラと窺うような目に、
はぁ〜 本当、こいつらは救いようの無い馬鹿だ。 獅堂三里は、大きな溜め息を吐いた。
其処へ、
「チーッス!」  ガラリと扉を開けて、入って来たのは噂の張本人村澤憲吾。
これには流石の三里も、眉を顰めると…恐ろしく不機嫌な声で言った。

「今は、会議中なんだけど…。 関係のない者は、出て行ってくれないかな」
だが、三里の忠告も聞こえていないかのように、村澤は平然と三里の側まで来ると、
「ああ・・知ってる。 けど、俺も三里と一緒に会議に出る事にした」
そんな事を、言ってニヤッと笑う。 それに、とうとう三里の堪忍袋の尾が切れた。

「此処は、生徒会室なんだ! ホームルームとは違う、さっさと出て行きなさい!」
三里の声は凛として、暗に逆らう事は許さない…そう言っていた。
そして…今までは、三里の一括に異を唱える者はいなかった…が、しかし…

「ああ、判ってるよ。 けど俺は、さっき生徒会の役員になったからな。 この会議に出席する権利がある。 
だから、三里に出て行けと言われたからといって、出て行く必要もない」
どうだ! と、ばかりに、胸を張って答える村澤に、一瞬彼の言っている言葉の意味が、理解出来なかった。
だが、
「はぁ〜 何を言って…」  其処まで言って、ハッしたように三里の表情が変わった。
「まっ! まさか、小嶋の代わり…か?」

「流石は生徒会長、よく気がついたな。 そう…今、此処の生徒会には副会長がいない。
というか、前の副会長が転校したので、副会長の席は空席のままになっている。 そうだよな。
そこで、同じく転校生の俺が立候補して、生徒会役員の信任を得ると、その場で副会長に決定する。 
さっき、先生に立候補の届けを出した。 まぁ、正式な副会長じゃないけどな、
会議に参加したければ出席して良い…と、許可も貰ってきた。 そういう訳で、宜しく! みさと会長!!」

得意げに等々と捲くし立てる村澤の顔を見つめながら、
【こいつ…いつの間にそんな事を。 そうか…文武と言うのも伊達じゃなかったか。
村澤憲吾…面白いね。 久々に、僕を楽しましてくれそうだ】  三里の顔に…にっこりと笑みが浮かび

「判ったよ村澤君。 それじゃ、君にも出席してもらって、全員の意見を聞いてみよう。 
多分、みんなも賛成すると思うけど一応規則だからね。 え〜皆さん、会議を始めま〜す。 席に着いてください」
暗に会長が認めた。 そんな空気の中で、役員から反対の意見など出る訳もなく、
村澤はその場で、朝陽ヶ丘生徒会 副会長に決定した。

今日の議題は文化祭について。 例年通り、各クラス毎に催しものを考える。
但し今年は、食べ物を扱うには、かなり厳しい条件が付けられる事になった。

昨年、アレルギーを持つ子供が、模擬店で販売した物を食べ、アレルギー発作を起こし大騒ぎになったからである。
そんなもの親の責任だろう…そう思うのだが、学校としてはそういう訳にもいかず。
一応、大まかな材料の表示をする事に決めた。

特に卵、小麦、蕎麦…・あとは、肉もどんな肉を使ったのか…など。
全く、とんだ迷惑以外の何物でも無い…と、思うのは、あまりにも無責任ということで、
それらを踏まえて、出し物の届出は、厳しくチェックする事に決まった。

「なんだか面倒臭いんだな。 こんなんじゃ、食べ物を扱うクラスは無いんじゃないのか?」
両手を頭の後に組んで、ふんぞり返って歩きながら、村澤が言った。
自分より大きい、村澤を見上げるのは癪だから、三里は前を向いたまま答える。

「そうでもないよ。 お客を呼ぶには、食べ物を販売するのが一番簡単な方法だからね。
多分、何クラスかは届け出てくると思うよ」
それなのに村澤は…三里を見下げる?ように…顔を向けた。

「へぇ〜 そんなもんかい。
ところで三里。 お前の言う、犬ってのは、どの程度で犬として認められるんだ?」
村澤の、いきなりの問いかけに三里は、答える気にもなれず、
「…………」
こいつ…まだ、犬になるつもりでいるらしい…本当のバカだ。 そんな事を思っていると、

「俺、絶対クリアするからよ。 ハードルの高さ、教えてくんねぇ」
村澤が、見下げる体勢から腰を屈め、三里の顔を覗き込むと、三里は初めて村澤に視線を向けた。

「へぇ〜 意外としつこい性格なんだ。 それじゃ言うけど、一教科でも僕の上にいけたらね。
それと…他に付き合っている奴がいない事。 僕の命令には、絶対に従うこと…後は…」
三里が、そう言って続けると…村澤が、慌てたように、

「お・・おい! まだあるのかよ」  
又も、三里の顔を覗き込む。 その様子が、何となく可笑しい…と、思ったが、

「当たり前だろう。 僕の尻がかかっているんだよ、そのくらい当然だよ」
すました顔で答える三里に、村澤は体勢を戻すと。
「はぁ〜 結構ハードル高いんだな。 
これじゃ、お前の犬になるより 人間のままで他を探した方が楽だろうよ」  と、言った。

「そういう事。 だから諦めた方がいいと思うよ…僕の犬になるなんて思うのはさ。
それじゃ、お疲れ様。 明日から、文化祭の準備、はりきって宜しくね」
そう言うと、ひらひらと手を振って、去っていく三里の後姿を見送り、村澤は、はぁ〜 と、溜息をつき大きく肩を落とした。

なんで…あんな事を言ってしまったのだろう。 男に、やらせろ…だなんて。 
確かに三里は、如何にも賢そうな…それでいながら、柔らかい雰囲気を合わせ持った、とても綺麗な顔をしている。

だが…それは見た目だけで、性格は…あまり芳しく無さそうに思えた。
ここ数日で仕入れた情報では、賢さはかなりのものらしく、学校での試験は常に全教科トップだが、
全国レベルとなると、果たしてどの程度なのかは、不明…・ミステリアス…・。 

と言うのも、三里は共通模試の類は、一切受けた事がなく 受ける気もないらしい。
それでも、模試の問題を見て鼻で笑ったと言うから、おそらくは…歯牙にもかけない程度だったのだろう。
だが…三里の性格では、真意の程は分からない…とも思えた。

あいつの上となると、半端な学力じゃ追いつかないな。 けど…そこまでしてあいつとやりたいのか? 俺は。 
う〜ん、意味不明、俺の行動もミステリアス。 大体、童貞を捨てるのに、なんで相手が男で…しかも三里なんだ?
男でもいいから、とにかくやりたかった? それじゃ、やっぱ犬以下か…俺は。

村澤の自問自答は、自分でも答えの出ないまま、それでも日ごとに、学校やクラスメート達に慣れ親しんでいった。


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