―未来―


そして、二人の想いとは関係なく試験が始まった。
あぁ、やはり…。三里のペンは止まったままで、時間だけが過ぎてゆく。
そして最後に確認したのは、自分の名前。三里の耳に、自分が崩れる音が聞こえていた。

試験結果は、昼休み時間に渡り廊下の掲示板に張り出される。張り出された試験結果の前に、群がる人だかり。
結果は判っている…。村澤は覗く気にもなれず、それらの人を避けて通り過ぎた。
さすが会長! またまたトップ維持だ!!
だけど村澤の奴も、すげぇな…全教科二位につけているぜ。
何教科か、会長と並んで満点を取っているのもあるし、あの二人いい勝負かもな。
おっ! おい!! 一位村澤だけってのがあるぞ。 嘘だろう?マジかよ!!
あっ、ホントだ! 一位村澤。で…会長は? うそ!載ってない。
後ろのどよめきが、村澤の足を止めた。

どういうつもりだ三里…お前、俺を馬鹿にしているのか…。
お前に馬鹿だの、犬だのと言われても、お前が全力で立ち塞がるから腹も立たなかった。
なのに…どういう事なんだ、あれは……。
いつもの時間、いつもの場所…生徒会室。ガラリと、乱暴に開かれた扉の先、いつもの場所に、いつもの姿で、
三里は、じっと校庭を眺めていた。

「三里! お前!!どういうつもり……」
声を荒げ、問いただそうとする村澤の言葉を遮るように、三里が振り向きざま言った。
「やぁ…おめでとう…。とうとう僕を抜いたね」
「抜いたじゃないだろう!俺を馬鹿にしてんのか!!」
「違うよ。僕はいつだって本気だって…そう言ってるじゃないか」
村澤の怒りを含んだ声に対し、三里の声はあくまでも穏やかで、その顔には笑みさえ浮かんでいた。
そのくせ、そんな事どうでも良い…そんなふうに聞こえ、それが村澤には、ますます我慢ならない事のように思えた。

「だったら、あの結果はどういう事なんだよ!馬鹿にしているのじゃないなら、
馬鹿で可愛そうな俺に、お情けで首位を譲ったっていうのか!」 
「だから、どうして僕が 君に情けをかける必要があるのさ。たとえ馬鹿にしたとしても、情けはかけないよ…僕は」
「だったら…なんで、ベストテンにも入っていないんだよ!」
「………。書けなかったんだ…本当に。 小論文、僕には書くことが思いつかなかった」

三里にそう言われて、村澤に怒りは戸惑いに変った。そして…三里が落としたそれを思い廻らしてみた。
小論文…確か…未来への展望。未来…そうか……未来だった。
「何でも良かったのにね。社会でも、経済でも、環境でも、未来に託す夢は幾らでもあったのに。
なぜか、自分の未来…その文字が頭に浮かんで…全部空白になってしまったんだ。
目の前に何も見えなくて…最後まで一文字も書けなかった。だから…当然の結果だよ」
淡々と、まるで人事のように、書けなかったと言う三里の言葉に、
村澤は、三里の見ているであろう未来を想像してみるが…。
それは村澤が思い描く三里の未来であって、決して三里自身の見る未来ではない。

「…三里…。お前の未来には、本当に何も無いのか? お前の側には、誰も居ないのか?」
「僕には、未来なんて無い。君が、綺麗に全部消してしまった。だから…もう何も無いんだ」
自分の未来には、確かに三里は存在する。しかし今…三里の未来には何もないと、村澤は居ないという。
三里は、兄の脚になると言った。 一生兄を支えて行くと。
少なくともその時には、其処に三里の決意のようなものがあった筈なのに、今では、それすら見えないと言う。
そこまで追い詰められていたのか…と、その事実に愕然とした。

「………。そうか…。だったら、約束どおりお前を俺のものにさせてもらう。
俺のものになって、俺の未来を俺と一緒に見れば良い。
俺が消してしまったお前の未来を、今度は俺が作ってやる。 その為にお前を抱く。良いな」
村澤の宣言とも取れるようなその言葉に、三里は
「犯るんじゃないんだ…」そんな事を言ってクスッと笑った。

会長が村澤に抜かれた。とうとう、村澤にやられる。村澤の○○○になってしまう。そんな噂が瞬く間に広がり、
全校生徒が固唾を呑んで、事の成り行きを見守る?中、最後の授業が終わると同時に、放送で村澤の声が流れた。
「あ〜 全校生徒の皆さん。私村澤と生徒会会長について、芳しくない噂が流れている事は、知っていますか?
今回、その噂が暴走しそうなので、一言釈明させて頂きます。え〜 皆さんが心配されている噂は、
決して事実ではありません。私の冗談に、会長が合わせてくれただけですから、どうか安心して下さい。

会長は、この学校の為に、皆さんの為に一生懸命努力されています。私は、そんな会長を尊敬し、
少しでも手助けをしたいと思って、副会長になりました。
そんな私が、会長の不名誉になるような事を、するはずがありません。
会長は、誰が何と言おうが立派な朝陽ヶ丘高校の生徒会会長です。ですから、つまらない噂に耳を貸さず、
今まで通り会長を応援してやって下さい。不詳村澤も、今まで以上に頑張りますので、宜しくお願いします」

―何だよ…あれは本気じゃなかったのかよ。―
―意気地ねぇな、村澤の奴…だったら、あんな事最初から言うなよ。―
―いざとなって、怖気づいたんじゃないの?だって、会長とって事は、ホモってことだろう?―
―ホモだろうがなんだろうが、言ったことは貫きゃ良いんだよ、情けねぇの。―
―でも俺だったら、やっぱ考えちゃうよ。ー
―だよな…けど、見たかったような、見たくないような…複雑な気分だよ。―
放送終了後、それぞれが勝手な事を言いながら村澤をこき下ろす。

【馬鹿…僕は、お前が守ってくれる価値なんてないのに。わざわざ道化を演じて…ほんと、お馬鹿だよ…お前は】

それでも、村澤のおかげ?なのか、さっきまでざわついていた周りの空気が、
ホッとしたように緩むのを、三里は肌で感じていた。

そして次の日、昼のチャイムが鳴ると、村澤の机の横に三里が立った。そして、手にしていた袋を、机の上に乗せると。
「余計な事して…お節介…」ボソッとそれだけ言うと、さっさと自分の机に戻り、弁当を持って出て行く。
えっ? なに?これ…。可愛い花柄の巾着袋。窄まった口を広げてみると、中には。
大きなおにぎりが、その姿に似合わない可愛いキャラクターのナイロン袋に入って二個。

そのおにぎりの下は、水色のタッパに入った唐揚げやブロッコリー。それに卵焼きまで…うぉ!すっげぇ、美味そう。
えっ?これ、俺に? 確かる相手は、既に教室には見当たらず、村澤は、急いでそれらを元に戻すと、
カバンの中から、朝買ってきたパンとイチゴ牛乳を掴むと、巾着袋を手に教室を飛び出した。
行き先は決まっている。 三里の城である、生徒会室に向かって走った。

 

  ―どうする?―

ガラッと扉を開けると、三里は窓際に机を出して、その上に村澤の手にした巾着袋と同じような袋を乗せて、
いつものように、窓の外を眺めていた。
「弁当サンキューな。俺の分まで作ってくれたんだ、お袋さん」巾着袋を目の前に持ち上げて、村澤が嬉しそうに笑う。
「別に…僕の弁当を作ったついでだから…」相変わらず愛想なく三里はそう言うと、ぷいと顔を背けた。
「そんでも、すっげぇ嬉しいよ、今日は遅刻しそうになってパン二個しかなくてさ。
購買に行かなくちゃなんないと思っていたから、助かったよ〜。見たらさ、から揚げまで入っているんだぜ、最高だよ。
俺、から揚げ大好物だからさ。 なぁ、一緒に食おうぜ」
村澤は、三里の巾着袋の隣に、自分の分を並べておくと、たたんである椅子を引き出して、三里の向かいに座った。
机の上の巾着袋は、よく見ると三里の袋のほうが少し小さくて、
それが二つ、仲良く並んでいるところは…なんとなく、雛人形を思い出させた。

「なんか、夫婦人形みてぇ。 でかい方が俺で、小さいほうが三里。なっ!そう見えるだろう?」
にんまりと笑いながら、三里を見ると、三里はなぜか赤い顔をして…
「ば!馬鹿な事ばかり言ってるんじゃないよ! 何処が夫婦人形なのさ、ただの袋じゃないか。
全く、どうしてそういう事を、思いつくのだろう…信じられないよ」
そう言うと、乱暴に自分の袋を引き寄せて中身を取り出した。

「だって、そう見えたんだから、しゃぁないだろう?お前こそ、なんでそんなに鈍いの?
お前には風情がないの? 風情が…。顔はいいセンいってるのに、なんで中身は正反対なんだろう…」
ぶつぶつ言いながら、自分用の袋を開き始めた村澤に、三里が
「そういうのは、風情とは言わないんじゃないの?それより、おにぎり…食べるのは良いけど…。
気をつけたほうが良いよ。もしかしたら、毒が入っているかも知れないから、死ぬ覚悟で食べるんだね」
自分のおにぎりを頬張りながら、そんなこと言う。

「えっ?えーッ なんでそんなの入っているんだよ。お前だって食ってるじゃないか!」
「これは僕の分だから…自分のものに、毒なんて入れるはずないだろう?」
「えっ? 自分のって…。それじゃ、これはお前が作ったの?」すると三里が、しまった! という顔で、
「あ! そ、そうだけど…」 しぶしぶ頷く。
「から揚げも?」
「だから、そうだって言っているじゃないか。僕の作ったのが気に入らないなら、いいよ、食べなくて」

「食べる!! 食うよ 絶対食う、毒が入っていても、絶対食うからな!」
「…ばか…。死んだらどうするのさ」
「死なないよ、俺は絶対死なない、お前を残して死んだり出来るか!」
村澤はそう言って、おにぎりにがぶっと、かじりついた。

「……村澤君さぁ。自分では、ちょっと、感動的な台詞を言っているつもりのようだけど、
お前を残してって、それ…夫が妻に言う台詞みたいに聞こえるんだよね。
悪いけど、僕は君の妻でもないし、恋人でもないけど」三里にしては、なんとなく覇気のない口調で言う。
村澤は、そんな事より目の前の唐揚げを先に食べるか卵焼きにするか、そっちの方が大事で、
「硬いなぁ、気分だよ気分…・つもりなんだから、良いだろう。何なら、俺がお前の妻になってやっても良いぞ」
そう言うと、口に含んだおにぎりを、むしゃむしゃしながら、やはり大好きなから揚げを口に放り込んだ。

「……うげっ 止めてくれる?ホント…食事中にする話じゃなかった」
「あっ! お前、今なんか想像したろう。なんだよ、澄ました顔して、結構エロイ事考えるんだお前も」
「ばっ!バカなこと言うな! なんで僕が。それより口に物を入れて話すの、止めてって言っただろう!」
三里は本当に嫌そうな顔をしながらも、その目はなぜか哀しげに見えた。


一体どうしら良いものか…。試験は終わったものの、最大の課題に村澤は頭を抱える。
あんな事を言った手前、どうしても三里を…なんだけど…なんせ経験が無い。
キスぐらいは、何度かしたことはあっても その先は、まだ…男どころか女も抱いたことが無いのだから。
前の学校で女性教諭に誘われるまま、キスの先まではいったが、運悪く放課後の見回りをしていた男性教諭に、
半裸で、抱き合っていた現場を見られた。途端、女教師が強姦されそうになったと騒ぎ立てた。

【自分から誘ってきたくせに…。それに、まだ途中だったのによ。
女教諭の、変わり身の早さに呆れて、弁解をする気にもならなくて…結果退学。
それで、この学校に転校してきた。おかげで三里に会えたから、今は感謝しているくらいだ。

けど、どうしよう…エロ本などなんの手助けにもなりはしない。
そもそもエロ本は、女とやっているのがほとんどで、男とやっているのなんか、俺は見たことない。
う〜ん、誰かに聞くか? でも…男とやるには、どうすればいいかなんて、一体誰に聞くんだよ。
そんな事、誰にも聞けるはずないだろう…変態だと思われちまう。
まぁ、男の三里とやろうと思うこと事態、既に立派な変態かも知れないけどな】

そんな事を思っていると、まるで、天からの啓示でも受けたように閃いた。
あ! いた!! 一人、エキスパートが…。思い立ったら吉日とばかり、その人物のマンションを訪ねる…と。
「あれ? どうしたの? なんか用?」三里の兄の恋人、坂入弘也が、人懐っこい笑顔で迎えてくれた。
そこで村澤は、一応当たり障りの無い程度で事情を説明する。すると、坂入が、
「それじゃ、その日は、悠斗さんを俺のところに泊めるよ。そうすれば、三里君も、
兄さんの心配をしないで、ゆっくり出来るだろう?その位の協力は、させてもらうよ」と言い、それから、
「直ぐに準備するから、ズボンだけ脱いで待っててくれる?」 と言って奥の部屋へ姿を消した。

あんの野郎…ぜってぇ兄貴に言いつけてやる。
人のケツ…………なんだと思ってんだよ。これじゃ明日の朝便所にも行けねぇ。
けど…あんな事をするのだとしたら…三里のやつが、可哀想じゃないか。痛くて死ぬかと思った。
だから思わず…なんか、ホモって大変なんだな…言ったら、

「だから…余計に愛しいんだよ。十分解してやれば、後はそんなに苦痛ではなくなるけど。
それでもやはり、最初は…。もし、痛みを与えたら…その何倍も愛してやらなくちゃ申し訳ないだろう?」
坂入はそう言ったけど…やっぱ痛いのはな。三里も、ホントに気持ちよくなるんだろうか、あんな事をされて。
けど…もう逃げられないって事なんだよな。あああぁあーーーー もう、どうすんの、俺!
かつて、何度か観たコマーシャルのフレーズが、頭に浮かんだ。


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