戦う意味  11


沖縄に行く前に、どういう訳か四国に寄る。 なんで今年は四国なのか…去年までは九州だったのに…
と、思っていたら、これが結構当たりだったらしい。 何よりガイドのお姉さんというかおばさん?が超受けまくった。
それと、意外だったのが、ゲームの無双、或いはバサラ効果?で、クラスの間でも
四国の雄、長宗我部元親の人気があったこと。

そして、ガイドさんの元親びいき。 もっとも、四国ではそれが当たり前?らしいが…とにかく、話が上手い。
元親が幼少の頃は姫若子と呼ばれていた…から始まり。 元親の人となり、戦いぶりなどを、
まるで自分で見てきたかのように話す。 そして…嫡子信親に対する愛情の深さ。
戸次川(へつぎがわ)の戦いのでは、思わず胸が一杯になってしまった。

確かに、半分は農民といわれている軍を率いて、四国を統一した人物なのだから、
優れた統率力と、人望を兼ね備えていたのだろう。
しかし、後の世でガイドさんの親戚、又は友達になるとは思いもしなかったのでは…。
なにしろ、ガイドさんにかかっては、四国は一家、名将も智将も皆兄弟親戚。
石田光成が、石田のみっちゃんになっているのには驚いた。

そして、うどん学校?でうどん作りをし…免許皆伝書?をもらった。
「土佐って、なんとなく男っぽいよなぁ…土佐犬なんてすっげぇ強いんだろう?」
移動のバスの中、村澤は三里の隣に席を陣取り、感心したような顔をして言った。 それに対して三里は、
「…・君はやっぱり、犬が身近に感じるみたいだね」 窓の外に顔を向けたまま言う。

「ん? そういう訳じゃないけど…かっこ良いじゃん。 
四肢をふんばって立っている、あの微動だにしない姿は…犬の鏡だよ。
俺も、ああいう姿で好きなやつの前に立って、そいつを守れたら良いと思うよ」
村澤の意外な言葉に…あれ? 三里は何気に、外に向けていた顔を村澤に向けた。

犬の鏡と言うけど…元来犬は人に懐き服従する、従順な動物じゃなかったっけ?
土佐犬は、戦う為の犬で…従順には見えないけど…。 そんな事を思いながら、
「そうなんだ。 君にはあれが、誰かを守っている姿に見えるんだ。
戦いのために戦うのではなく、守るために戦う…そう見えるんだね」  三里が言うと、

「土佐犬は、戦うために作られた犬だってことは、俺だって知っているよ。
けど、今はそれも、動物虐待で禁止になっているから、闘犬なんてないんだろう?
改良された目的が無くなって、その能力だけが残ったら…いつか持て余されるんじゃないか?
だったら、飼い主を守るために…そう思いたいじゃないか」
村澤はそう言って、照れくさそうに笑った。

そうか…優れた戦闘能力も、主を守るためにあるのだと思えば、それはそれで、意味があると言うのか…。
その考え方は、とても村澤らしいな…と、三里は思った。 だから…
「そうだね…ショーの為に戦うのよりずっと、かっこいいかもね」
お前も、ちょっとカッコいいじゃないか…見直したよ…そんな気持ちで言うと…村澤が…意外そう…と言うより、
餌に食いつく犬のような顔で、
「えっ? ショーではまだ闘犬ってやっているのか!」 三里の言ったショー…に食いつく。 

「……う、うん…そういう協会は、まだあるらしいよ」 
「へぇ〜 一度見てみたいな」 と、村澤は何だか夢見る乙女…のよう目付をし。 
おい!さっきと話が違うだろう! 三里は心の中でボヤキながら、白い目で村澤を見る。 そして、

「何だよ…守るために戦うんじゃないの?」 言った声が少しだけ不満そうに聞こえた。
「基本そうだけどさ。 でも、一度ぐらいは見てみたいだろう?本当に戦えるかどうか」
村澤は、自分の言った事は忘れたように、興味深深といった顔で三里に同意を求めるように言う。
まったく……見直して損をした。 そんな気分になり

「僕は、ああいうのは好きじゃないんだ。 だから、ボクシングとか、Kワンとかもあまり見ない」
三里が少し眉をひそめ言うと、村澤は当然というような顔で
「お前はそれで良いさ。 お前は、強いらしいけど身体を使って戦うのは似合わない…俺はそう思うよ」  と言った。
それって…・僕はへなちょこだって事? 確かに暴力的な事は嫌いだし、
それを見て興奮するなんて事も、有り得ないけど…でも、あからさまに言われると…なんとなく面白くない…
三里は、そんな事を考えながら、村澤が吐く言葉の一つ一つに、
ざわざと揺れる自分の心が、うざくて重い…と思った。

観光ガイドさんというのは、こうも感情移入ができるのか…そう思い感心する。
四国でのガイドさんもそうだったが、此処沖縄のガイドさんも、四国に負けず劣らずなのにはびっくりした。。
ただ単にそういうガイドに当たったのか…少し訛りのある口調で沖縄を語る。
沖縄という土地は、やはり自分たちの住んでいる本州とは違う…そう感じた。

それぞれの土地には、それなりにいろんな風情や、景観があるものだが、それでも自分達の枠の中であって…。
肌に馴染み違和感はない。 でも、此処は…確かに中国大陸と繋がっていた…そう実感する。
日本とも、中国ともいえない文化は、反面そのどちらでもあるようにも思えた。

「しっかし…何処の家にも、やたらシーサーが置いてあるのな。
屋根に乗せてあるのだけでも、良いんじゃねぇ?」
バスの窓から家並みを眺めながら村澤が言う。
「うん…魔よけと、幸運を取り込む…その両方だから二対で一組なんだろうね。
でも、やはり独特な感じはするよね、瓦も変わっているし。
ちょっと、国外に出た風情がある…住んでいる人達は僕等と変わらないのに」

「だよな…此処が、以前はアメリカだったなんて、信じられないよな」
「そうだね…戦争はとっくに終わっていても、
僕たちが気づかないだけで、身近なところでは、長いこと続いていたんだね」

「俺、さっきのガイドさんの話、ジ〜ンときたな。
俺らと同じ位の年の女がよ、アメリカ相手に戦って、そんで死んじゃうんだぜ。 今じゃ考えられないよな…
俺なんかじゃきっと、逃げ出しているか知んない。 捕虜になっても、死ぬよりは良いなんて思ってさ」
それを聞いて三里は思った。 村澤は多分…真っ先に死ぬのだろう…。 逃げるのは僕だ…と

「…・・命か、誇りか…・どっちか選ぶとしたら?」 三里の、問いに村澤は少し考えて言った。
「その場になってみなきゃ、わかんねぇな。 けど、お前を捕虜に取られるとしたら…お前を殺して俺も死ぬ…かな」
はっきりと、そんな事を言われて、三里は、言葉が人を貫くこともあるのだと知った。
「…・じゃ、その反対の時は、僕が君を殺してあげるよ」
「そうか? じゃ仲良く心中しような」 村澤はそう言って、なぜか嬉しそうに笑った

殺してあげるとは言ったけど、僕も死ぬとは言ってないのに…・ほんと、単純なお馬鹿だね…君は
なのに、その単純さが、三里にはとても眩しいものに思えた。

沖縄の歴史に、戦争は欠かせない事実だという。
かつて琉球王朝の時代にも、島津に侵略され、形だけ残して王朝は滅んだ。
近年になっては、沖縄戦線で多大な被害を被った上、アメリカに占領された。
戦はいつも失うものばかり大きくて、得るものは何も無いというのに、それでも人間は、何処かで誰かと戦いを始める。
信仰であったり、信念であったり、或いは欲望の為に人を傷つけ、侵略と搾取を繰り返す
人は一切れのパンの為に、殺しあうというから、そういう意味では、どんな戦いであれ、戦うことは生きることなのかも知れない。

村澤の言った、守るために…それも戦うための理由なのだとしたら
自分は何のために、誰の為に戦うのだろう。 三里には戦う理由が見当たらなかった。



  体験?
体験学習と称する、自由行動…。 沖縄の文化、芸術、或いは工芸品などに触れて、それらを体験する。
三里達のグループは、琉球特有の織物、紅型の製作を体験することになっていた。
事前にアポイントを取って、製作現場の見学させてもらう。

紅型は、琉球王朝時代、王族、または士族達の正装だったと言われている。
色鮮やかな色に染めた地に、細かな模様を染め上げた、なんとも華やかな衣装である。
身分の低い者たちは、木綿地の紅型を着用していたらしい。 
王族、士族、そして若い男性、女性用と型があって、それぞれに決まりごとがあるという。

模様を型抜きしたデザイン紙のようなものをあて、糊を塗りつけると、そこには色が付かず、
きれいな線画に染め上がる。今度はそれを広げ、手書きで模様を書き加えていくのだが…
一枚一枚がこうした手作業だとしたら、やはり贅沢品に他ならない。 高貴な人の着衣だったというのも肯けた。

展示品のように広げてある一枚に、村澤の目が留まった。山吹色の地に、赤や青色で華やかな文様の描かれた美しい紅型。
「これ、お前に似合いそう…・なぁ、三里」
途端、三里の思いっきり嫌そうな顔…にも構わず村澤は言う。
「なぁ、其処に並んで立ってみろよ…写真写してやるから」
「いいよ…それに、勝手に品物を写真に写したらいけないと思うけど…」
「そうか? じゃ、聞いてみてからにするわ」村澤はそう言うと、傍に居た中年の女性に向かって聞いた。
「すいません! この作品、写真に撮っちゃ不味いですか?」
村澤の問いかけに、女性はにこやかな顔で、丁寧だがはっきりと言った。

「これは、賞をとった作品で公開していますから、別に構いませんよ。
でも、その写真を加工したり、何かに使ったりはしないで頂きたいですね」
「あっ、別に何かに使うとかいうんじゃなくて、こいつに似合いそうだな…と思ったから、並んで写したかっただけです」
えっ? 馬鹿! なんてことを言い出すんだお前は!!
「あら! そうなんですか?」 女性はそう言いながら、まじまじと三里の顔を見るとにっこり笑い
「あらまぁ、ほんと…似合いそうですね」  と言った。

えっ? おばさん!こいつの言うこと、真に受けちゃ駄目だって
三里の心中も、意に介せず女将さんは、更にとんでもない事を言い出す。
「それじゃ、着てみます?」
「え…えーーーーっ!!」
にこやかに笑う女将の顔と、目を丸くして驚く三里を交互に見て、村澤は、とびっきり嬉しそうな顔で言った

「おばさん! あっ、おかみさん、良いの?こいつに着せて」
「えぇ、但しこれじゃありませんけど…これと同じような物が一枚有るんですよ。
そっちは、一箇所だけ色むらが出てしまって、だけど、捨てるには勿体無くてね。
ですから、そちらでしたら着てみても良いですよ。
お兄ちゃんは、ほっそりしているし色白だから、紅型もよく似合うと思いますよ」

お前ら、二人で勝手に決めるな!人のこと、マネキンか何かと間違えているだろう!!

「や! やめて下さいよ、僕なんか似合わないって」
あーーー!! お前が余計な事を言うから… 黙れ! 馬鹿犬!!
三里が、必死で手を振り、首を振る…が、村澤の暴走は止まらない。

「三里、女将さんもそう思うって…俺も思った、絶対三里に似合うって、
それに、俺達の目的は、沖縄の文化芸術に触れて体験する…だろう?
最高の体験じゃないよ…三里以外出来ない事なんだからさ、頼むよ」

頼むって…それは、体験じゃなくお前の個人的趣味?だろう!
班の仲間達に助けを求めようとして…皆が、嬉しそうに頷いているのに気づく。
挙句に工房の、職人さん達まで、なにやら面白そうに…・ニヤニヤ、ニコニコ…・
ゲッ! 此処にいる奴ら、全員変態確定!!

「………・判ったよ…羽織るだけだからな」
三里はしぶしぶ頷いた…のが、間違いだった事に後になって気づいた。
女将さんに手を引かれるようにして、奥の座敷に連れて行かれる。そして、女将さんは箪笥をあけ、何やらいろいろと取り出し
「これは、私が嫁に来たとき、持ってきた物なんですよ…。娘が出来たら、着せようと思って、
付け足しては揃えて置いたのに、出来たのはむさ苦しい息子ばかり…・ほんとがっかり。
このまま、箪笥の肥やしになるのかと思って、諦めていたけど、
今日は日の目が見られそう…・役に立てて本当に嬉しいわ」 と、とても嬉しそうな顔で言う。

娘? って事は、女の衣装? おっ!おい!!冗談じゃないよ。
そう思いながら、逃げ腰の三里の目に、本当に嬉しそうな女将さんの顔。
あ〜ぁ そんな顔されたら…逃げられないじゃないですか…女将さん。

少し上向きにした顔に、薄く紅がひかれる。半開きの蕾のような唇に…頬を刷毛がなぞり、瞼にも…
そして、蕾が花開き、頬が恥じらうようにほんのりと染まる。最後に、目じりにも紅をさす。
その紅が三里には、自分の心が流す涙のように思えた。
「お兄ちゃん、とっても綺麗…色が白いから、紅が映える…。やっぱり、内地の人は色が白くて、肌も綺麗なのね…」
女将さんが、三里の顔をまじまじと見つめ、感心したように言う。

「そんなことありませんよ…女将さんこそ、とても美しいと思います」
「あらまぁ、一人前にお世辞なんか言って、本気にしちゃうじゃないの」
女将さんは笑いながら、三里のおでこを指先で突いた。
服の上から羽織るだけのつもりが、身包みはがされ肌着から着せられる。
女将さんは、たち膝で三里の腰紐を絞めながら…細いね…と言った。
「さっき男の子って言いましたが、息子さんは紅型とか着ないのですか」
三里が聞くと

「家の息子達は、色黒でおにいちゃんみたいに可愛くないから…」
そんな事を言う女将さんに、三里は言い返す言葉も見つからず

「はぁ〜 そうなんですか…」  とだけ答える。
どうも女将さんは、どうしてもこの女用の紅型を着せたいようで、
自分だって、好き好んでこんな事をしている訳じゃないのに…そう思いながら
この人は、生まれなかった娘を、自分の中に見ている。
娘を着飾らせ、それを愛でようとしているのでは…・そんな気がした。

呆けたような村澤の顔が、何とも言えず可笑しい
口を半分開き、瞬きするのも忘れたように、出てきた三里を見つめて一言
「……三里…なのか?…」
三里が黙って頷くと、こともあろうか村澤はいきなり、大きな声で
「うおぅ!!嫁さんみてぇ…」  と言った。

バカ!

「ほう…これはまた…えらく別嬪さんだな」 工房の職人さんが、目を丸くして付け加える。
「会長、すっげぇ綺麗ですよ…パンフに載っているモデルみたいです」
「うんや、それより綺麗かも…・超色っぽいし…村澤のやつ、益々盛っちゃうかも…危ないっすよ、気をつけないと」
口々にそんなことを言いながら、三里の周りを取り囲む。

幾分見世物のようだな、と思いながら、それでも皆の笑っている顔を見ると、
自分の恥も、まんざらでもなかったのかな…・そんなふうに思えた。
写真撮影の如く、皆とツーショットで写真をとられ、最後には工房の人たちも一緒に記念撮影。
そして、女将さんが言った。
「私が写してあげるから、あなた達二人で並びなさい」
「え? い・いや、もう良いですよ」 三里が言うと
「三里、撮ってもらおうぜ。 記念だよ、記念、なっ、ほら!」
村澤がそう言って三里の手首を掴み、自分の横に並ばせる。

そして、村澤の腕が三里の肩にかかり…温かくて大きな手…肩から全身に温もりが伝わり
意識することも無く、その温もりにそっと寄り添うと、肩を抱く手に力が入った。

多分、僕は今…泣きそうな顔をしている……

「お前ら、なんかお似合い…・な気がする」
「うん…悔しいけど…俺もそう思った」
「当たり前だ…三里は俺が見つけたんだからな…」
はぁ〜 見つけたって…僕は物か何かか? 男同士でお似合いも何もないだろう…バカバカしい…。
こそこそと話す会話を、目を瞑ったまま聞いていた三里は、そんなことを思いながらも、黙って眠った振りを続けた。

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