04. 兄・弟

 -記憶-

郁海の上げた悲鳴に驚いた叔父と母親がリビングから飛び出すと、其処には頭を抱えて蹲っている郁海の姿があった。
明らかに尋常ではないその様子にふたりは一瞬顔を見合わせ、それから母親が厳しい表情で外へ飛び出して行く。
そして叔父の大輝が郁海の側に寄り、肩に手を置くと軽く揺すり声をかけた。
「郁海、どうした! 大丈夫か!!」
途端郁海の身体がゆらりと傾き大輝の腕の中へ倒れ込んだ。

小さく身体を震わせながら空を彷徨う瞳は光を失い意識の欠片も見えない。
それなのに唇はぶつぶつと意味を成さない言葉を発し続ける。
そんな郁海を見つめる大輝の表情は苦渋に満ち、それが悲しみの表情に変わり、腕の中で震える郁海の身体をしっかりと抱きしめた。
やがて外から戻った母親が、手に抱えた鞄の中から注射器とアンプルを取り出すと、郁海の腕を捲り上げ針を刺す
だが、それすらにピクリとも動かない郁海に、大輝は何度も何度も繰り返し言い続けた。
「郁海、大丈夫だ。もう、大丈夫だからな。安心して眠れ…大丈夫だ」

そして、薬が効いたのか幾分落ち着いた様子の郁海をそのまま抱き上げ。リビングに戻ると自分の膝を枕にソファーに横たえる。
思えば、身体だけは大きくなったとは言えまだ中学生である。どんなに反抗しようとも可愛い甥に変わりはなかっ た。
それなのに…そんな甥を相手に向きになって、思わず殴ってしまった。
その時の拳の痛みは自分が殴られるより遥かに痛く。恐らくその痛みは、決して消える事はないだろう。
そう思うと殴った後悔と共に、伝わらない想いが歯がゆく思え、目の奥に熱いものが込み上げてくるのを感じた。

「ホントに…こうしているとあの頃と同じで、素直で可愛い顔しているのに、なんであんな噛み付くのかな。
樹理だけじゃないぞ。お前の事も本当に大事だと思っているのに…解らないのか…郁海」
言いながら膝に載せた郁海の頭を、まるで小さな子供を寝かしつけているように撫で続ける。
その手の温かさが伝わったのか、暫くすると郁海は其処がとても安心な場所のように安らいだ顔で小さな寝息を立て始め。
大輝はそれを待っていたかのように頭を撫でていた手を止めると、郁海の顔から視線を外し母親に向けた。

「やはり、思い出してきているんですね。そのせいで精神状態が不安定になっている…そうなんですね」
「おそらく、そうだと思う。以前樹理が手を切った事があって…その時に綻び が生じたのかも知れない。
あの時…この子は血が怖いって言ったの。でも私は…そのまま、何事もなく忘れてくれればと思った。
だから、この子と正面から向き合わず受け流してしまった。綻びは確実に広がっていたのに…気づいてもやれなかった。
この子が、樹理に冷たく当たるのは、本能的にあのときの事を思い出したくない。
そんな心の防御本能が働いているせいだと思って、嗜めることもせず見て見ぬ ふりをしてきた。
でも、それが余計にこの子を苦しめていたなんて、そんな事は思いもしなかった。母親として本当に情けないわ」
声も静かに話す母親の目には、後悔と悲しみが満ち溢れ。それは頬を伝う雫と なって零れ落ちた。

「姉さんが、悪いんじゃありませんよ。俺が、もっと気をつけてやっていれば…こんな辛い思いをさせずに済んだ。
しかし…こうなったら、もう全部話しますか。それとも、もう一度封じてもらうか」
「そうね…無理に封じ込めても、いつかはまた綻びが生じるでしょう。それなら、有りのまま話して…」
「確かに、下手に思い出すよりは事実をきちんと知る方が良い場合もありますが…耐えられるかな、こいつに。
解離性障害を引き起こ す可能性もありますよ。それに…郁海 は、樹理を……」

「解っているわ。だからこの子にとっての悪しきシーンにあ る、良き真実と願いをありのままに話し受け入れさせる。
そうしないと、一生心の安定は望めない。大丈夫よ、この子は強い。きっと悪 夢を追い払う事ができる。
あの時…夫と子供達二人。家族全てを失ってしまう筈だったのを、この子達二人を助けてもらった。
でも…誰もが皆奇跡だと言った その奇蹟が…どうしても一緒に生きたいというこの子達の願いから生まれたのだとしたら…。
その為に樹理は成長する事を止めてまで、弟の元に戻って来た。そういう目に見えない意志の力だとしたら…。
大輝さんの言う通り、樹理に対し兄弟以上の特別な感情を持った としても…二人を引き離す事は誰にも出来ない。
そして今に、郁海が樹理を守れるまでに成長すれば…樹理は今までの分も郁海に甘えられる…そう信じているわ」

「姉さんは強いな。俺はいつだって姉さんには適わない」
「強くなんかないわ…卑怯なのよ。いつだって自分に都合の良い方法を選ぶ。だから…大輝さんからあの人を奪った。
本当なら憎まれても当然なのに…あなたは、ずっと子供たちを大切に見守ってくれた。心から感 謝しています。
そして…後悔はしていないけど…いつも申し訳ないと…思っています」

「知っていたんですか…俺の気持ちを」
「えぇ、貴方は郁海と同じような目であの人を見ていたから…最初に会った時に直ぐに気付いた。
でも…私はあの人を愛していたから、貴方の気持ちを知っていながら知らぬ振りを通した。
その罰が下ってあの人をあんなに早く、失ったのかも知れないわね」

「罰…ですか。俺は違うと思いますよ。姉さんは正しかったんです。兄は…幸せだった…そう言って逝きました。
そう言わせたのは姉さんです。俺は、兄が姉さんを愛し子供たちを愛していたのを良く知っています。
だから…この子たちには幸せになって欲しいと思うし、俺にはそれを見届ける義務がある…そう思っています」
「そうね、奇蹟的に救われた命ですもの…幸せになってもらわないとあの人に申し訳ないわね。
ありがとう…大輝さん。あの人の弟が貴方で良かった…心からそう思っているわ」
ひそひそと話す二人の声は郁海の耳に届くことは無かったが、その会話から垣 間見る兄と弟の明日は、
あまりにも危く不確かで…やがて夜のしじまの中に溶けて消えていった。



ああ…兄さんが笑っている。俺に向かって笑いながら何かを言っている。
答えなくちゃ…でも、何を言っているのか…聞こえない。
「兄さん、何を言っているの? 聞こえないよ。もっと大きな声で…言って」
俺が言った途端、樹理の顔から笑顔が消え…いつもの悲しそうな顔に変わった。
そして…頭から、つーッと赤い糸が引き…みるみるうちに樹理の顔が真っ赤に染まり。
同じように真っ赤に染まった手を俺に差し出し… 言う。

「酷いよ…郁ちゃん…どうしてこんな事するの?」
「わーーーーーっ!!!」

自分の上げた悲鳴に驚いて飛び起き、其処が自分の部屋だと気付くと、郁海はホッとしたように胸に手を置いた。
最近は毎晩のように見るあの嫌な感じの夢。そのせいで熟睡出来ずイライラが続いていた。
ただ…今までは形の見えない不安と恐怖だった夢が、さっきははっきりと樹理の顔が見えた。
それも現実にはあり得ない血みどろの樹理の顔が。なぜあんな夢を見るのか…なぜ、嫌な夢に樹理が出て来るのか。
既にはっきり目覚めたというのに尚一層の不快感に苛まれ、郁海は不安そうに 辺りを見回した。

そして…そう言えば何で自分は、此処に寝ているのだろう…と、ふと不審に思った。
自分の部屋なのだから本当なら別に不思議は無いのだが、ただ…自分で部屋に戻った記憶が無かった。
だから昨夜の事を思い起こしてみる。確か、母親に話があると言われて下に降りたら…リ ビングには叔父も居て…。
その叔父が怒って…自分は…階段を上ろうとしたら、又あの嫌な感じがして…。
それから…それから…子供が倒れていて。嫌だ…顔なんて見えなかった。あれは…知らない子供…だ。

郁ちゃん…酷いよ…どうして…

知らない…俺は何にも知らない。知らない…何も、見えない、聞こえない。
耳を塞ぎ、堅く目を閉じても、瞼の裏に焼きついているのは…誰の声…誰の顔…誰の言葉


「郁…起きたか?」
声と同時にドアが開き、顔を覗かせた大輝の目に飛び込んできたのは、まるで何かを振り払おうとするように、
必死に頭を振っている郁海の姿。その異様な様子に、大輝は慌ててベッドに駆け寄ると郁海の肩を掴んだ。
だが…大輝に掴まれても尚、郁海は頑なに頭を振り続け。その動きは止まる気配も見せず、
口からは途切れ途切れに樹理の名前までが洩れ聞こえた。
「嫌だ…嫌だ。樹理が…兄さんが……いやだ…」

それは恐らく、封じた記憶の断片。最悪の場面を見てしまったのだろう事は容易に想像がついた。
このままでは、急速に広がる綻びは直ぐにでも全容を現し、フラッシュバックとして甦り記憶 を現実に塗り替える。
そして郁海を呑みこみ精神を蝕み… 虚と現の境を食い尽くす。もう時間が無い…大輝はそ う判断すると、
その揺れる頭ごと郁海をきつく胸に抱くと、郁海の背中を撫でながら自分の腹を括り…静かな声で言った。
「もう良い、大丈夫だから。もう直ぐ悪夢は終わる。安心しろ…」

そして郁海は…抱きしめられた腕の中が、とても温かく安心できる場所…のよ うな気がしていた。
昨日もこんな温かいものに包まれて…そうか、あれも叔父さんだったのか…鮮明に蘇る記憶に。
あれほど反抗し、嫌いだった叔父の腕の中が不安や恐怖を忘れさせてくれる。それが郁海には不思議に思えた。
大きくて、温かくて…なんか…父さんってこんな感じなのかな…そんな事を思いながら、
耳に伝わってくる大輝の規則正しい鼓動を、記憶の何処かにある子守唄と重ねて聞いていた。

だが少し落ち着いてくると、小さな子供のように抱かれているのが急に恥ずかしくも思えてきた。
だから、腕の中から逃れようと身動いだその時、大輝の声が振動となって郁海の耳に頬に伝わって来るのを感じた。
「郁海…この前は俺が悪かった。お前を傷つけるような事を言ってしまって、すまなかったと思っている」
思ってもいなかった大輝の言葉。いつもなら、そんな言葉にさえ直ぐに反発するのだが、包まれている温もりのせいか、
大輝の声が直接心にまで伝わったような気がして、郁海は大輝の胸から顔を離すと俯いたまま小さな声で答えた。

「いいよ…別に。本当の事だから…」
「そうじゃないんだ、俺の言い方が。ああ、もう…どうも俺は、お前には乱暴な言い方をしてしまうんだな。
お前は直ぐにくってかかるから、つい俺も一緒になって…すまん。何にでも反抗したい年頃だと分かっているつもりなのに、
どうしてもお前相手だと向きになってしまう。良い大人なのに恥ずかしいよ。本当に悪かった」
大輝は如何にも面目無さそうに言ったが、郁海には自分の反発は大輝の言う意味とは違うのだと判っていた。

何にでも反抗したい等という事では無い。ただ兄が…叔父には、とても綺麗な笑顔を見せるから。
それが羨ましく、妬ましいから…叔父の存在自体までも癪にさわる。郁海の心の声は、はっきりとそう告げていた。
だが、それを言葉にしたら…その意味を明らさまにしたら…樹理の弟でいられなくなる。
「僕は…郁ちゃんのお兄ちゃんでいたいんだ…お願いだから、弟でいてくれる?」
そう言って涙した兄を、悲しませる…だから…決して自分の想いを認める訳にはいかなかった。

言葉もなく黙って俯いたままの郁海に、大輝は声を改めはっきりとした口調で更に言う。
「郁海…大事な話があるんだ。本当は昨日話そうと思っていたんだが…話せる状態じゃなかったからな。
お前と樹理のこれからにも関係してくる話だ。姉さんも下で待っているが…どうだ、降りられるか?」
改まってはっきり言われると、昨日から何となく予感めいてあった不安な思いが現実のものとなり、
もう逃げ場はない…たとえ逃げても逃げきれない…そんな気がした。それに、どんな状況であったにしろ、
ほんの一瞬でも大輝の温もりに安堵した事実は、郁海に大人と子供の違いはっきりと知らしめた。

「……うん…」
「じゃ、俺は先に下りてようか? 別に着替えなくても良いんだが…」
「……そう。だったら一緒に行く」
「そうか…」
「あの、叔父さん…樹理…兄さんは?」
「樹理は…俺の部屋にいる」
「そう…なんだ…」

絶望の宣告とも聞こえる大輝の返事に、やはり、そういう事なんだ…そう思っても怒りも湧いてこなかった。
話と言うのは、多分……。それならそれでどうしようもない。悲しい顔ばかりさせる自分には兄を護る資格も無い。
護りたくても…自分には兄を守れない。だから、この叔父が兄と…この先ずっと……。
だから…悔しさも悲しさも全てを押し流し、心を虚しさで満たされた洞に変えよう。
そして抗いを忘れ、諦めの色で塗りつぶし、やがて砂のように乾き、さらさらと零れながら崩れてしまえば…それが一番楽。
郁海はそんな事を思いながら、それでも発する言葉も無く黙って叔父の後に続いた。

リビングに入ると、叔父の言ったとおり母親が待っていて、郁海がその前に座ると心配そうな顔で訊ねた。
「郁海…どう?気分は」
「…大丈夫…もう、なんでも無い。心配かけてごめん」
郁海の返事に、母親は一瞬微妙な表情をしたが、直ぐにホッとしたような笑みを浮かべると、
「そう…。良かった」
言いながら、郁海に並んで腰を降ろした大輝に視線を移し、何かの合図でするように小さく頷いた。

その様子から、兄と叔父の事は母親も認めているのだと察しがついた。知らなかったのは自分だけ。
それなら、断罪の結果だけ…それだけで良い…と、開き直りの覚悟を決めた筈なのに、
手は自分の意志とは関係なく膝の上で硬く握られて…指の関節が白くなっていくのが見えた。

「それで…俺に話って…兄さんと叔父さんの事なんだろう」
「お前がそう言うのなら話がしやすい。俺は、来月ドイツに発つ事が決まった。
多分戻って来るのは何年か先になるだろう。そこで考えた んだが…お前たち二人ももう直ぐ卒 業だろう。
だからこの際思い切って、樹理をドイツに連れて行こうかと思っているんだ」
大輝は何でもない事の ように簡単に言ったが、そ の意味は郁海の予想を悠に超え正直返す言葉も見つからな かった。
だが考えてみれば、たとえ近所だろうが海を越えた海外だろうが…兄を失うこ とに変わりはない。
それならいっそ、顔を見る事も叶わなくなれば、このイライラと燻る思いも消 えるのかも知れない…そんなふうにも思えた。

「ドイツに…そうなんだ。それで、兄さんは一緒に行くって?」
「あぁ…一緒に行ってくれるそうだ」
どれほど覚悟をしたつもりでも、兄の意思をはっきりと言葉で示された途端、身体中の力が抜け堕ちていくような気がした。
あぁ、もうこれで終わり。行き場の無い苛立ちも底なしの自己嫌悪も、何もか も沈み全てが終わる。
そう思った途端。不思議な事に心が空っぽになり、妙に軽くなったような気もした。

「そう…良かったじゃない。じゃ、もう話は終わりだね」
郁海はそう言って腰を浮かせる。すると立ち上がる寸前大輝の手が郁海の腕を掴み、椅子に引き戻した。そして、
「そうじゃない、これからが大事な話だ。郁海…姉さんから聞いたが、お前血が怖いんだってな」
突然見当違いの事を聞かれ。そんな事はドイツ行きとは関係ないのに…と思い ながら大輝に顔を向けると、
今まで見たことも無いような大輝の真剣な目が、 まるで郁海を射抜くか のようにじっと見つめていた。
そして郁海は顔を逸らす事も出来ないままゴクリと唾を呑み込むと、声 が微かに震えるのがみっ ともないと思い ながら問 い返す。

「なんで、今更そんな事を聞くんだよ」 
「お前…自分が、なんで血が怖いのか…その理由を考えた事あるのか?
樹理に対して、必要以上に邪険な態度を取るのはどうしてなのか…考えてみた事あるか?」
「そんな事…考えても俺には解らないよ。母さんはそんな人も居るって言うから、俺もそうな んだろう。
それに、兄さんにきつく当たっているつもりも無い。ただ…なんでかよく解ん ないけどイライラするんだよ。
でもそれは…俺の根性が曲がっているせいなんだろうけど。それ以外は考えつかないよ」

「そうか…そうかも知れないな。無意識に拒絶しているのだろうから、明確な理由など判る訳がないか。
郁海…今から俺が話そうとしている事は、お前にとってと ても辛いことかも知れない。
でもお前は、少しずつ思い出してきているようだから、やがてそう遠くないう ちに全部思い出すだろう。
でもな…たとえ全部思い出したとしても、それが真実だとは限らない。目には 見えない真実もあるからな。
だから、お前が思い出す前に本当の事を伝えて、自分の記憶したものに押し潰されないようにしてやりたい。
俺も義姉さんそう思っているんだ。けど…やはり知ったら 辛いと思う。聞かなければ良かったと後悔するかも知れない。
それでも聞く覚悟はあるか? もし…知りたくないと言うなら、もう一度封じ てもらう。
今のままじゃ、いずれお前の精神は病んで取り返しのつかない事になってしまうかも知れないからな」

大輝の口から淡々と語られる大切な話と言うのは、郁海の未来さえ左右するかも知れない過去の記憶。
なんだ、ドイツ行きの話では無かったのだ。郁海はそう思いながら、自分にとっては兄のドイツ行の方が大切…のような気もしていた。
でも大輝の話では…郁海が何かを記憶して…それを忘れているという事で、もしかしたらその記憶は…あの不安で嫌な気持ちになる。
その事に関係有るというのか。多分、そうなのだろう。確 かに理由など無かった。
無いが…兄を見ていると心が ざわめき不安と苛立ちが充満した。その原因が忘れている記憶の中にあるのだとしたら…
しかも、大輝はその記憶の全貌を知っているおだとしたら…。それを聞く事で兄に対する苛立ちが消え…優しくなれるか。
それなら選択はひとつ。郁海は叔父と母親を交互に見やると幾分不安を残しながらもはっきりとした声で聞いた。

「…俺の記憶…って。それは…血が怖い理由なの」
「そうだ…おそらく小さな子供の心には 耐えられない衝撃だったのだろう。だから無意識に忘れる事を選んだ」
「思い出すな…見るな…聞くなって…何処かで声がするんだ。本当はとても怖くて…思い出したくない
でも…どんどんハッキリして来て、今は顔まで思い出せる。だから、真実を知りたいんだ。
何があったのか、何が怖いのか。俺が…何を忘れようとしたのかを」
郁海の言葉に叔父と母親は顔を見合わせ、母親が小さく頷くとそれを合図のように、大輝は静かな声で話し始めた。