12.蒼天のオリオン

それぞれがそれぞれに


夕刻になると空はそれまで溜め込んで置いた水滴を落し始め、荒れ模様だった海は益々うねりを増した。
石田の父親の好意で、片岡までも石田家に宿泊させてもらえる事にはなったが、さりとて会話などあるはずも無かった。
誰も口には出さなかったが蓮見の生存は絶望的と思われ……重苦しい空気が垂れ込める中を時間だけが過ぎてゆく。
折角用意してもらった夕食にもほとんど箸が付けられず、緒方は窓際に片岡は壁際と離れた位置で、
只黙ったまま陰鬱と座っていた。窓の外は季節外れの嵐のような雨と風が絡み合い時折激しく窓を叩く。
そしてそれとは別に不気味に迫りくるような海の音というのを始めて聞いたような気がした。

ザーとかザブンとか……そんなものではない。海は、ただゴーゴーと鳴る。
途切れることなく車が地面を走るように、水が海底を、水面を、海中を怒涛の勢いで走る音。
ぶつかり、方向を変え、うねる。それが地響きのように絶え間なく鳴り続けて耳の奥を震わせる。
「凄いですね。海鳴りって言葉は聞いた事があるけど、本当に海は鳴るんですね」
緒方が窓の外に目を向けたまま言うと、片岡は俯いていた顔を上げ……やはり窓の外に視線を向けた。
「え? あ、あぁ……この音は海の音なのですか。私は自分の耳か、頭の中が鳴っているのだと思っていました。
見えますか……海」
「いえ、少し離れているから……それに雨ですから」
「明日は、止むのでしょうか」
「さぁ、たとえ止んでも、船を出せるかどうか」
「………」

目を凝らしても視線の先に海は見えない。見えないが、音は確かに其処に海が在ることを伝え。
その真っ暗なうねりの中に蓮見がいると思うと、今すぐに飛び出してその中に飛び込んで行きたい。そんな衝動に駆られる。
それなのに緒方の頭の中の海は光に溢れ、その光が細波にはね返り、キラキラと輝く無数の玉になる。
そのゆったりと穏やかな凪の中で楽しそうに笑う蓮見がいた。

課長……楽しそうですね。
はい、とっても。
そうですか……良かった。それじゃ、俺も課長の側に行って良いですか。
駄目ですよ。緒方さんには、僕が帰るのを待っていて欲しいんです。
俺が待っていたら、必ず戻って来ますか。
はい……必ず。だって緒方さんは…僕の……だい…き…ひと……。
揺らめく光の海、その中で蓮見の笑顔が揺らぎ、蓮見の言った言葉も揺らいだ。


「緒方さん。少し横になった方が」
声と同時に軽く肩を揺すられ、緒方は自分の意識が完全に現実から離れていた事に気づいた。
それを取り戻すように両の掌で目を強く押さえると、一度天井を仰ぎそれから石田に顔を向けた。
「あ、あぁ……悪い、ちょっとボーっとしていた」
「眠れないでしょうけど、横になって身体だけでも休めて下さい。明日は多分……船も揺れると思いますから、
体調を整えておかないと船酔いしますよ」
石田が心配そうな顔で言うと、そっと緒方の腕を掴んだ。
緒方にはその言葉と石田の手が、明日には目の前に突きつけられるかも知れない現実を示唆しているように思え、
ただ単に船酔いを案じて言っているようにも思えて……出来る事なら後者であって欲しい……そう思った。

「そうか。一日中船の上になるかも知れないって事だな」 言いながら石田の手を上から一つ二つ叩くと、
手は掴んだ時と同じようにそっと離れて、今度は緒方の膝の上に毛布を置いた。
見ると続き部屋になる十畳には布団が三組延べてあり。多分緒方と石田、それに片岡のものだろうが、
その片岡の姿が部屋の中には見当たらなかった。だから、用でも足しに行ったのかと思い。
「片岡さんは?」 何気に訪ねると、石田はちょっと声を顰め、まるで秘め事でも口にするような素振で言った。
「あの人、大分参っているようなので無理やり風呂に追い立てました。少しでも気持ちが楽になれば良いのですが」
その時石田の顔が、なぜか憂いを含んでいるように見えて。緒方は、おや? と思いながら、
あの片岡が石田に追い立てられて風呂に向かう姿を想像した。

考えてみれば、片岡はいつも自信満々という顔で、人を上から見下げるように話す。
だが今の片岡はと言えば、平素からは想像も付かないほどの落ち込みようで、茫然自失と言っても過言では無かった。
だから今の片岡にとって、相手が誰であろうと、何があろうと物怖じする事もない石田のおおらかさは、
溺れる者が掴む藁のようなものかも知れない。緒方はそんな事を思いながら、片岡の意外な一面に自分を重ね、
(俺もあいつも大差ないって事か……) 呟く自分に自嘲の笑みを漏らした。

「そうか、あの人も課長に対しては色々あるみたいだからな。俺とは違う意味で辛い思いをしているのかも知れない。
今さ、課長が皆の心配を他所に楽しそうに笑っているから……楽しいですかって聞いたら、とっても……なんて言いやがった。
挙句に、自分が帰るのを待っていて欲しい……だとさ。ホント、勝手だよ」
「待って……ですか。でも、蓮見さんがそう言ったのなら大丈夫……必ず帰ってきますよ。
だから、どんな事をしても探し出しましょう。そして、一緒に帰りましょう」
「そうだな、なけなしの覚悟を振り絞って来たのだからな。いまさら諦めてたまるか。必ず見つけ出して、連れ帰るさ」
言いながら答えは既に緒方の中にあった。待って帰るものなら、生きている限り待つのも厭わない。
だが死ぬまで待って、それでも帰らなかったら……その時は自分が蓮見の待つ処へ行けば良い……と。

そうは言ったものの翌日になっても海は波が高く。ほんの短い時間船を出しただけで捜索は切り上げる事になった。
そんな状況下でも休日は明日で終わり、もし明日見つからなければ諦めて帰るしかない。
たとえ僅かに残っている有給を使ったとしても、相手が海では自分には探しようが無いのも判っていた。
今は石田の父親の好意で捜索の船を出してもらっているが、それも何時まで探してもらえるのか。
巡視艇となれば猶更だった。大きな事故や犯罪に巻き込まれたなら話は別だろうが、自殺の可能性もあるものを……。
それを思うと一向に捗らない捜索に苛立ちが募り、自分の無力さを痛感する。だからと言ってどうする事も出来ず。
緒方は一人埠頭に立ち、うねりながらキラキラと輝く沖を睨むような目で見つめていた。


そして石田は、緒方の苛立ちや無念さが痛いほど解りながらも、かける言葉など無いのも判っていた。
だから緒方を港に残すと、片岡を無理やりのように連れ帰った。それと言うのも、
昨夜から一睡もしていないうえに食事にもほとんど手を付けていなかった片岡は、真っ青な顔で船の揺れに耐えていたが、
陸に足を置いた途端、吐くものも残っていない胃から臓腑まで吐き出すかのように何度も苦い液体を絞り出した。
そんな片岡が痛ましく思えたのもあったが、今は緒方を一人にしてやりたい……そんな思いが強かった。

石田が茶を載せた盆を手に部屋に入ると、片岡も又やはり窓から遠くに望む海を眺めていた。
まるで片岡そのものが瓦解した後の抜け殻のようにも見える背中を見ながら、盆をテーブルの上に置くと、
片岡の隣に歩み寄り、石田より遥かに高い片岡の視線の先に目をやった。
「空はこんなに晴れているのに、なぜ海は海面の下で荒々しく怒るのだろう。私は、そんな事も知らなかった……のか」
片岡は視線を移動することなく、前を向いたまま抑揚の無い口調で言い。それは石田に……というより、
自分自身に呟いた独り言のようにも聞こえた。だから、石田も独り言のように答える。
「海は生きているのですよ。だから季節や天候、時間或いは異変によって様々な表情を見せる。
怒ったり悲しんだり。そして、顔で笑っていても心の中で泣いている事もある……そんな人間たちと同じように……。
もっともこれは父の受け売りですが、僕も本当だと思っています」

「石田さんでしたね。貴方は私を哀れな愚か者と思っているのでしょうね。でも、そんな事は私にはどうでも良いのです。
ただ貴方は、私にもまだ少しだけ人の心が残っていたのだと気付かせてしまった。それが厭わしいのです。
この状況を作っておいて今更人の心を取り戻したら……私は自分を許せません。
勿論、許せないのは私だけでは無いでしょうが……そう思うと、少しだけ貴方の事が恨めしく思います」
その声には、出さずして滲み出る片岡の苦悩が垣間見えた。
(この男は、無表情に心を動かす事も無く、今まで何に喜び、何に驚き、そして何に安らいだのだろう。
もしかしたら、そんなものは何も無かったのでは。だとしたら余りにも哀しい。
石田はそんな気がして、今度はしっかりと片岡を見上げて言った。

「それなら、今度は僕を憎みますか。僕は憎まれても構いませんよ。でも貴方は、もう人を憎めないと思います。
憎むほど愛しているのなら、ただひたすら愛せば良い。その方が楽だって事に気付いてしまったから……そうですよね。
それに貴方は、憎めるほど僕の事を知らない。当然ですよね、だって僕たちは会ったばかりなのですから」
その言葉に、片岡は窓の外に向けていた視線を、ゆっくりと石田に向けた。初めて真っ直ぐに見つめた瞳を見ながら、
(そうか……この人の瞳は、日の光が届く最後の場所なのだ。その下は光の届かない真っ暗な深海。その瀬戸際の色)
そんな事を思いながら、なぜかその時、石田は安堵に似た気持ちを感じた。

「何処が良いのでしょうね……そんなに」
まるで脈絡の無い言葉が片岡の口からぽつりと漏れ。石田は一瞬何を言われたのか理解できずに。
「えっ? 何のことですか?」 聞き返すと、片岡はやはり感情の見えない声で独り言のように言った。
「緒方君ですよ。蓮見といい貴方といい……彼の何処がそんなに良いのでしょう。
私には、少しだけ見た目の良い、ひねくれ者のバカにしか見えませんが」
緒方の、証する憎たらしい……よりも、更に上手と思える緒方の人物評価に、石田は思わず笑みが零れそうになり、
同時に、自分の緒方に対する気持ちを見抜いているかのような片岡の言葉にドキリとした。

「ははは、それは適切な人物表現ですね。確かに緒方さんは、少しだけ誤解されやすいかも知れませんね。
でも、とても優しい人なんです。一途に真っ直ぐで……その分不器用で。だから自分のそれらに苛立つ。
自分の優しさにも気付かない。だってあの人は、自分自身には少しも優しくないですから。
それでもあの人の側にいると……楽なのです。ゆったりとして、心が楽なんです」
自分で言いながら……いつの間に、こんなに好きになっていたのだろう……と、自分の心を探る。
身体を繋げたから……と訝り。そうでは無いと否定する。少しずつ、自分でも気付かないうちに、好き……を織り紡ぎ。
たとえ報われないとしても、それでも緒方が好きだと思えるほどに、重ね合わせた想いが溢れ出す。
そして片岡の手が動き、長い指先が石田の頬を拭うと、その濡れた指先を石田の目の前にかざし……聞いた。
「これでも、心が楽……なのですか」
「はい……」
それぞれがそれぞれの想いを抱え……海はそれら全てを呑み込んで、水平線の果てから夜に溶けようとしていた。


三日目になると捜索に携わる者の間にも、生存者を探すと言うより遺体の捜索……そんな空気が漂い始め。
頭の中では仕方の無い事だと解っていても、それを口にした途端蓮見の死んだことを認めるような気がして、
緒方には堪らなく恐ろしい事のように思えた。自分が認めたら蓮見は帰って来ない。待っていられない。
だから目にするまでは……そう思うことで、緒方は一日中船の上で海面に目を凝らし続けられる気がしていた。
だが、必死の捜索にも関わらず蓮見は見つからず、それに落胆しながらも微かな望みを繋げ安堵したりする。
そしてそんな緒方に、やはり疲れは見えるものの思ったより平素に近い様子の片岡が声をかけた。
「緒方さん、私は今日にでも一度会社に戻ろうと思います。多分いろいろ混乱していると思いますので……」
そう言われて、緒方は自分が、蓮見がA・Hの社長だった事をすっかり失念していた事に気付いた。

ニュースでは、転落事故として扱われていたせいか、さほど大きく取り上げられてはいなかったが、
社長が行方不明とあっては、今後を含めた対応を考えなければならないのは必須で。
もし、このまま見つからなかったら……。その時は、片岡が蓮見の後を引き継ぐのだろう……何となくそう思い。
「そうですね。片岡さんは、会社の事もあるでしょうから」 緒方が言うと、片岡は、
「緒方さんは、まだ……」 何処となく窺うような顔で聞いた。
それはおそらく、お前は此処に残るのか……そういう意味なのだろう。
事実、通常なら緒方も会社があるのだが、昨夜寺井に連絡を入れて蓮見が事故にあった事を伝えると、
寺井は事の次第も聞かないうちに、「休んでも構わないから、出来る限り捜索に協力するように」 いとも簡単に言った。
親会社の社長の一大事と考えたのか、僅かの間でも共に働いた社員の災難……と考えたのか。
どちらにしても、何日かは大手を振って休める事には感謝した。だから、その事を片岡に伝える。
「俺は残ります。昨夜上司に事情を話したら、出来る限り捜索に協力するように……そう言われました。
だから石田の親父さんに頼んで、もう少し此処に居させてもらう事にします」

「そうですか。他人のあなた方が其処までして下さるというのに……たった一人の弟の生死も見定めないまま、
平気な顔で此処を離れると言う。そんな私の事を、さぞかし冷たい人間と思うでしょうね」
片岡の自分を誹るような言い方に、珍しいな……と思いながら、別にそんな事も無いでしょう。
緒方はそう言おうとして、片岡の口から出た、弟……の言葉に驚き、出るはずの言葉が途切れて別の言葉が飛び出した。
「弟? 弟って……課長とあなたは、兄弟だって言うんでか?」 緒方の、驚愕と疑いの入り混じった問いかけに、
「えぇ、意図的に隠していた訳ではありませんが……蓮見と私の父親は同じ人物です」
片岡は別段動揺も見せず淡々と言い。その答えに驚きとは別に、何となく納得している自分を感じた。
そして、今までの片岡の言動が一つのもので繋がったような気がした。

「兄弟だから課長に対する言動も、より陰険だった……そう言うことですか」
「さぁ、どうなのでしょう。それは私にも解りません。ただその弟の為に、今はしなくてはならない事があるのです。
それが済んだら引き返してくるつもりです。一応明朝には社の者が来て、私の代わりに捜索に加わりますが、
出来れば緒方さんにも、此処で弟を待っていて欲しい……お願いできますか」
片岡の平坦な口調と言った内容が噛みあわず、緒方はなぜ自分にそんな事を頼むのか……その真意が理解出来なかった。
だが、既に心を決めていた緒方にとって、待つのは自分の意思であり、いつまででも待てる……そう思っていた。だから、
「俺は、課長を待つと決めているから、あなたに言われなくても待ちます。
だからと言って、何時までも会社を休んでいる訳にもいきません。あと三日……それが過ぎたら俺も帰ります。
そして、次の休みにはまた来ます。その次の休みも、その次も……課長が帰って来るまで待ち続けます」

「そうですか、解りました。それでは、私は失礼させていただきます」
片岡は無表情にそう言うと、緒方と石田に軽く頭を下げ部屋を出て行き。緒方は、片岡の事をほんの一瞬でも、
愁傷に思った事を後悔した。それなのにその後ろ姿は、やはり以前とは違うようにも見えて、
「送らなくていいのか?」
幾分心配そうに石田に声をかけた。すると、それまで一言も発せず二人の話を聞いていた石田が、
「大丈夫ですよ。今のあの人なら心配要りません。それに鉄ちゃんが駅まで送るから、道に迷う事も無いでしょう」
思ったより明るい声で答えた。

「そうか、あの人はもう迷わないか。それで、お前はこんなに会社を休んで平気なのか?」
「俺は平気です。オヤジが倒れたって、電話を入れてありますから」
しゃぁしゃぁとした口振りでそんな事を言う石田に半分呆れながらも、その気持ちは充分過ぎるほど解っていた。
だから緒方も、それに合わせて軽い口調で言う。
「親父さんをダシにするなんて呆れた奴だな。けど俺の事を心配しての事なら、俺は大丈夫だぞ。
本当はこれ以上迷惑をかけるのも悪いから、他に民宿でも探して移ろうかと思っていたんだから」
緒方が内心考えていた事を口にすると、石田は少しだけ表情を乱し。それから苦笑いのような笑みを浮かべた。

「そんな事言わないで下さいよ。別に緒方さんの為じゃありませんから。僕が休みたいからそうしているだけです」
いつもさり気なく、押し付けがましくなく緒方を気遣う。それは以前から何度も覚えのある石田の好意に他ならず。
そして今回も、どれほど助けられたか。それを思うと、感謝などという言葉では言い尽くせないのも判っていた。
それでも……卑怯と言われようと、ずるいと言われようと……友人のままで。
それが自分に出来る精一杯の感謝と思いやり。緒方はそう決めていたから。
「すまないな……石田」
それ以外の言葉をかける事が出来なかった。そして石田もいつもと同じ表情に戻り、同じ口調で言う。
「今更何を言っているんですか。僕は僕のしたいようにする。それだけですよ。
それより、蓮見さんと片岡さんが兄弟だって……驚きましたね。緒方さんはその事、知っていました?」
聞いた石田の表情は、自分は全く想像もしていなかったし、知らなかった……そう言っているように見えた。

「いや、あの人は一人っ子だって言っていた。だから、もう肉親はいないって……確かそう言っていたはずだ」
緒方が以前蓮見に聞いた事を思い出して言うと、石田は
「そうですか。もしかしたら、あの二人には人には言えないほどの確執があったって事ですかね。
実は、片岡さんとちょっとだけ話をしたんですが……なんか、蓮見さんとは逆の脆さを感じましたよ。
あの人は蓮見さんを傷つける度に、その何倍も自分を傷つけ壊していく自滅型……そんな気がしました。
だから結構辛いものがあったんじゃないのかなでもやっと、自分の中にあった本当の思いに気付いたようです。
だから帰った……僕はそう思いたいですね」
石田はそう言って、少しだけ安心したように笑みを浮かべた。おそらく石田の言うとおりなのだろう。
そして、片岡に人の心を思い出させたのは石田なのだ……緒方は確信をもってそう思った。


五日間、必死に探しても蓮見自身はおろか遺体すら見つからず。
生きているのか、死んでいるのか、どちらとも判らないまま緒方の休みは終りをつげた。
ただ、片岡が唯一の身内として引き続き捜索してくれるよう頼んだ事で、今しばらく捜索を継続する事になった。
そして石田の父親も自分の手蔓を駆使して、彼方此方に声をかけて情報を集めてくれているらしいが、
蓮見らしい人間を保護した、あるいは見た……という知らせは入ってこなかった。
それでも、毎週末には海に来る緒方の為に、石田の父親は時に船を出してくれたりもした。
潮に乗って何処か遠くに流されたのか。それとも、誰かに助けられて無事でいるのか。
たとえどちらだったとしても、何か蓮見に繋がる情報でもあれば飛んで行く……そんな緒方の思いも空しく。
やがて捜索は打ち切られ、蓮見は生死も判らぬまま行方不明者となった。

片岡は緒方の予想通り社長代理として業務を熟しながらも、周りの意見に逆らうように社長の座は開けたままにした。
そのうえでウルバーノに、これを期に蓮見との愛人契約は、取りあえず解除……そう伝えた。だが、それに対しウルバーノは、
「仕事と蓮見の事は別」 と意外な事を言い出し。その言葉は片岡の予想していた言葉でもあった。それでも、
「生死も判らぬ行方不明ではどうにもしようが無い」 片岡に強く言われ。ウルバーノは渋々首を縦に振り
「見つかったら直ぐに連絡を」 何度も念を押すように言い残してゲートをくぐった。
その背中を見送りながら、やはり、本当に愛していたのだろう……そう思う事で幾分救われるような気もし。
生きているのなら……今度こそ、好きな男の側に居られるのに……とも思い。
そして、この事態になるまで追い詰めたのは自分だと思うと、片岡には自分を責める意外なす術もなかった。

やがて銀色の機体が小さな点になり、空の蒼に融けて消え去っても、片岡は空を見上げたまま動こうともせず。
その蒼に同じ色の瞳を重ねながら 「綺麗な空だな……お前の瞳と同じ色だ」 小さく呟いた









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