ひざまくら (3) パートナー


小さなクローゼットと、テーブルだか机だか判らない台。それとベッド。
それしかない石津の部屋に入った時、俺は今の石津の暮らしを垣間見たような気がした。
物に溢れ飽食を貪る日本の暮らしからは想像も出来ない、必要最低限の物しか無い生活。
それを選んだ石津の気持ちを思うと、石津も俺と同じように後悔を抱えて生きて来たのでは…そんな気がした

「何も無いだろう。悪いな、こんな部屋で。これでも医者と言う事で、便宜を図ってもらっているんだぞ」
石津が苦笑いを浮かべながら言う。言われてみれば確かに、曲がりなりにも自分の部屋があるのだから、
他のボランティアの人たちより優遇されているのかも知れないと思う。それでも、日本の医者と比べると、
その差は歴然としていて…こいつは、本当に日本を…日本での生活を捨てる気だったのだと思った。

「ずっとこの部屋で?」
「ああ、寝るだけだからな」
「そうか…。それで、シャワーは使えるのか?」
「ん? ああ、使えるが出が悪い」

「ないよりマシだろう…借りて良いか?」
俺が言うと、石津はその言葉の意味を理解したのか「…いいのか?」俺を窺うように聞いた。
聞かれた事で、何気なかった一言がリアルな場面として脳裏に広がる。そして俺は、
「ああ、俺の中にお前を感じたい…」
自分で言いながら、妙な恥ずかしさがこみ上げてきて石津の視線から逃れるように顔を背けた。


首筋から肩からへ、指先が何度か往復すると徐々に胸へと移動し、薄く色付いたあたりで円を描くようにまわる。
それでも見つめあった瞳は逸らされること無く、そこに互いを写したまま中心にある小さな突起を、
ちくりと爪の先ではじかれ、それだけで閉じていた俺の唇が僅かに開き、小さな吐息が漏れた。

すると石津の顔にかすかに笑みが浮かび、石津の瞳から俺の顔が消えた。
僅かに開いた唇にそっと触れる唇、それを待っていたように俺の腕が石津の首に巻き付く…その前の一瞬。
石津はするりとその腕をかわし…また瞳の中に俺を映し出す。
指先は、まるで肌の感触を楽しむように胸からわき腹へ、そして腰へと這うように移動し続け。

「はぁ…あ…っ……」
俺の吐く息がやけに甘く、身体がその先を期待し小さく震えた。そんな俺に石津は、俺を写したままの瞳に笑みを浮かべて聞く。
「どうして欲しい?」
「………。ちゃんと、やれよ…」
俺はじれったさに恥ずかしさを交えて、少しばかりつっけんどんな口調で言った。
 
「おや? 大人になったミノルは、素直じゃなくなったんだ」 
「ばか…そんな事…言える訳ないだろう」 
「そうか…それじゃ、言えるまでお預けだな」
石津はそう言うと、ひどくイヤ〜な笑みを浮かべ俺を見つめ。俺は、その笑みの意味を考えただけで、
身体の中に張り巡らされた導火線に火が付くのを感じた。そして…石津の視線から顔を叛ける

本当に、その言葉通りに肝心のところには触れもせず、それでも確実に、唇と指先だけで俺を昂ぶらせる。
内腿をなぞる手が、這う唇が、もう少しのところで欲しいところに届かない。
届きそうになると引き返し、また近づく。そのもどかしさに、腰が石津をを追いかけるように揺れ。
すでに、芯をもった中心がジンジンと疼き、其処に触れて欲しいと雫を滴らせた。

開いた脚の間で微かに揺れる石津の頭。時折触れる髪がもどかしく俺を追い上げていく。
もう少し強く…はやく震える其処に…触れて。はがゆい快感はチリチリと身体の中で燻ぶり続け。
そして…たまらず自分の手を中心に伸ばした途端、やんわりとその手を捕まれて内腿を強く吸われ思わず腰が浮いた。
「っ…あ……ぁぁ…」
「だめだろう…ミノルの身体は俺のものだから、たとえミノルでも勝手に触っちゃ駄目だって教えたろう?
口でちゃんと言えば、欲しいところに、欲しいものを、欲しいだけ俺が与えてやる。
そう言っただろう…忘れたのか?」
子供に言い聞かせるように…意地の悪い台詞を吐いた。そして俺は思い出す。

あぁ、そうだった。俺の身体はこいつのもので俺の自由にはならない。
でも、こいつの手も唇も、舌も…あそこも…。全部俺の望むままに、欲しいものを与えてくれる俺だけのもの。
だから、欲しいものをねだれば良いだけ…だという事を。

「たのむ…将史…」
「ん? 何を?」
「…さ、触って…くれよ…」
「何処を?」
「ま…前…」
「前だけで良いのか?」
「……うしろ…も…。それと……中に…」
「解った」

石津はこれ以上無いというような嬉しそうな顔をすると、俺の唇にチュッとキスをした。
一度口にすると、枷が外れたように素直に欲しいものを強請れる。だから俺は、欲望をそのまま口にする
「将史…キスを…もっと…」
俺の言葉が終わる前に石津の唇が続く言葉を飲み。俺は濡れた音と荒い息遣いに、耳を溶かし脳を溶かす。
身体はすでに形を留めず溶けて無く、石津の指を飲み込んだ其処だけが俺の全てになり…俺を翻弄する。

声をあげろ、悶えろ…解き放て……と。だから、石津の舌先が俺の中心をツーっとなぞっただけで、
俺は啼きながら、真っ白な世界に飛ばされ果てる。
なぜこいつの手が触れるだけで、自分の身体がこれほど高ぶるのか解らなかった。
それでも、俺を狂わせるのはこいつだけで他にはいない。それだけが真実でそれ以外要らない…そんな気がした。

久しぶりの結合は、無理やり押し広げられる苦痛と強烈な圧迫感で足の指先までジンジンとしびれさせ。
無意識に身体に力が入る。それでも、ハッハッハッハッ…小刻みに息を吐きながら石津のものをどうにか受け入れると、
「苦しいか……ミノル」  
言いながら、石津の手が固く閉じた俺の目じりの雫を拭った。その手が、汗ばんだ肌にほんのりと温かくて。
「あっ…あぁ……大丈夫だ」  
俺は石津の手に自分の手を重ね、その温もりに頬を押し当てた。

「ゴメン…」
「ばか。なに謝っているんだよ。俺は、お前が今俺の中にいると思うと嬉しい。だから、ごめんなんて言うな」
俺はそう言うともう片方の手を握り、それを石津の陽に焼けた胸に押し当てた。
誰と交わっても、こいつに導かれる高みに駆け上がることはなかった。身体の中に相手の熱を感じる事ができなかった。
それなのに今肉襞に感じる灼熱は、こいつだけが感じさせてくれるもの。
だから、こいつと溶け合って一つになり。そして共にあの一瞬へ駆け上がる。

「今度は一緒にいこうぜ、真っ白な世界に」
「ああ、そうだな。けど…前よりきついな」
そう言うと、すっかり萎えてしまった俺の情けないものを、石津の手がそっと包んだ。
「……お前、体がでかくなった分、それもデカくなったんじゃねぇのか」
俺の言葉に、石津が一瞬俺を見つめ。それからプッと吹き出し、クックックッと笑う。
「あ! ばか!! 動くな!!! あっ、ぁぁ……」
 
「ミノル。お前って、相変わらずホント可愛いな」
「バカやろう、大の男捕まえて可愛いは…あっ んっ…んん…。動くなって、言って…ふっ…ぁぁ…」
さっきから俺の萎えたものをやんわりと愛撫する石津の手と、笑うたびに俺の中に納まっているものが動くのとで、
一杯に押し広げられた其処が、じわじわ疼きだす。その疼きが徐々に広がり、全身が熱を孕むのにそう時間はかからなかった。
だから…「動いていいか?」 石津の問いかけに、俺はこくこくと何度も頷いた。


久しぶりのセックスは、いとも簡単に何度も俺を頂へと押し上げた。
その一瞬俺の息は止まり、眼球はひっくり返って脳を向き、体中の血も流れを止める。
そして全身を硬直させながら滾る熱を吐き出す。
だから、徐々に血が流れ出すのを感じると…ああ、生きている…いつもそう思った。

赤ん坊がオムツを取り替える時のように、二つ折りに近い格好の俺はあしを下ろそうとして、
石津がまだ中にいるのを感じると…ぴくりと其処が収縮した。余韻はすぐさま火種に変わる。だから、気を紛らわすように聞く。
「お前…いかなかったのか?」
「お前と一緒に、いった」 
「そっか、良かった。また俺だけいっちゃったのかと思ったよ。じゃ、もう抜いてくれよ。やっぱりこの体勢はきついよ」
俺が言うと、石津はまたもにやっと笑い…俺はなんか嫌な予感がした。

「ミノル。今まで、此処を何回使った?」
ふいに予想もしていなかった事を聞かれ、迂闊にも俺は頭の中で過去に交わった男の数を数える。そして。
俺をじっと見下ろしている石津の眼に気付き、慌てふためくように答えた。
「ど、どういう意味だよ…使ってねぇよ。誰ともしてないって」

「そうか? 正直に言わないなら、身体に聞こうか?」
「は? 何言っているんだ? バカな事言ってんじゃねぇよ」
俺はますますイヤ〜な予感がして、どうにかして石津の下から逃れようともがくが、しっかりと両腕を抑えられ、
後ろに頸木まで打ち込まれている身では逃げように逃げられず。俺は正直やばい…と思った。
そんな俺を、石津は楽しそうに見下ろし。

「まさかこれで終わりだと、思ってないだろうな。今まで、俺に無断で此処を使った分、
みっちり返して貰うからな、今日は寝られると思うな。解ったか?」
そう言うと、本当に嫌〜〜〜〜な笑みを浮かべ、ゆっくりと動き出した。
「え? えーーーーっ!!! 待て! おい、待てってばっ!!」

何度もいかされ、出るものもさらさらに薄くなっても、執拗に感じるところを攻められると、
節操なく直ぐに立ち上がる自分のもの。涙だか、涎だかで汚れた顔を石津の舌に舐め取られ。
ヒクヒクと痙攣する腹の筋肉と、空をける足。閉じる事を忘れた唇からは、人の声のような音が絶え間なく漏れ。
やがて、射精しているのかそうでないのかも解らなくなり、全身が硬直し、がくがくと震えながら、
世界は自分の心臓の音だけになった。そして、それも聞こえなくなり…全てが虚になる一瞬。

ミ……ノ…ル…。微かに聞こえた現実の声。
それを聞きながら俺は、真っ白な色な世界を突き抜け闇の淵へと落ちていった。


頭を撫でているのは……誰
優しくて温かいこの手は、誰のもの……。
うっすらと重い瞼を持ち上げると、薄明かりの中で心配そうに俺を見つめている顔があった。
「気が付いたか…」  その声で、落ちる前の事を思い出し。
「いしづ―――!」 どなったつもりが、出たのは掠れた空気を吐き出す音。

「あ! 声…枯れちまったか。良く啼いたからな、無理も無いか」
ホッとした顔の後、飄々としてそんな事を言う石津に、
「お前!! やりすぎだ!!!」 
俺は精一杯怒鳴ったが、やはりパクパクパク…。その口を塞がれ、性懲りもなく甘い声をもらすバカな自分に呆れる。

最悪なのは、トイレに行こうとしてベッドから転げ落ちた事。脚に力が入らず、膝ががくがくと笑い立てなかった。
石津に抱き上げられてトイレに行き、用をたす最低最悪な状態が、情けないと思いながらなんとなく幸せに思えたりもした。
その後、石津が作ってくれた何だか解らない甘い飲み物を飲んで、喉は幾分良くなったが、
それでも、声の掠れは残っていて。俺はハスキーになった声で石津に言う。

「石津…此処に、頭…載せろよ」
ベッドの上で背中を壁に預けたまま自分の腿を指差す俺に、石津は一瞬だけ怪訝そうな顔をし。
直ぐにその顔に嬉しそうな笑みを浮かべた。そして、
「なんだ? 甘えさせてくれるのか?」
そう言いながら横になり俺の腿に頭を載せた。

僅かな重さと温もり。俺の身体に刻まれ、何年経とうが忘れてくれなかった愛しい重さと温もり。
それが今俺の膝の上にあって。なぜかそれだけで胸が一杯になり、俺は意味もなく天井を仰いだ。

「なぁ、ミノル…教えてくれないか。 お前、なんであの時、あんなに怒ったんだ?
俺には未だに、その理由が解らないんだ。この先同じような事にならない為にも、俺は知っておきたいんだ。
俺の何がお前をあそこまで怒らせたのかを。だから、はっきりと言ってくれないか?」
石津が下から俺を見上げて言う。

なぜあれほど腹が立ったのか、それは、くだらない自分のこだわり。
男として、こいつと対等の位置に並んでいたい…そんなつまらない男としての見栄。
でも、ずっと後悔してきた。そして、そんなものより大切なものがあると知った。
それでも、石津にとって俺は女の代わり…そんなふうに言われたのが、ちょっとだけしゃくだから。
俺は、ぶすったれたように言う。

「お前が…他の奴に俺との事を言うからだ…」
「お前との事か?」
「ああ、そうだよ。俺なら後腐れがないから、女の代わりに抱いているんだって…お前言っただろう」
「女の代わり? なる訳ないだろう…だって、お前男だろう」
「そうだ! 俺は男だ!! それなのにお前が、女の代用品だとか、お手軽だとか、そんなふうに言うからだ」
自分で言っていながら、やはり悔しさがこみ上げてくる。

そんな俺の様子から、俺の言っている事が嘘や冗談ではないとわかったのか石津がむっくりと起き上がる。
そして、俺の横に座ると俺の頬を両手で挟み自分に向けさせた。
「誰が…誰が、お前にそんな事を言ったんだ!」
石津の表情が悔しげに歪み、放つ言葉の語気の強さに俺は一瞬呆気にとられ、間の抜けたよう口調で答える。

「え? 同じクラスだった○○だけど。大学に入って間もなく、あの野郎が「俺と付きわないか」って言うから。
俺は、男となんか付き合う趣味はない…って言ってやった。そしたらあいつ。
「減るもんじゃ無いからいいだろう」 とぬかしやがって。挙句に石津が、さっき言ったような事を、
自慢げに話していた…なんて言いやがった」
言いながら俺は、今まで一度も見た事のない石津の表情に見とれていた。

【へぇ…こいつ、こんな激しさを隠し持っていたんだ。そうだよな…俺を抱くときのこいつは、いつだって激しくて、熱くて。
俺はその熱で火をつけられ、燃え尽きるように抱かれていたんだ。だから、誰と寝ても灰になれなくて満足出来なかった】
などと、恥ずかしげもなくそんな事を考えていると、石津は、俺の頬から離した手をぎゅっと握りしめ、

「あんのやろう…そんな事お前に。絶対許さない。もし、あいつに会う事があったら、ぶっとばしてやる。
いいか、ミノル。俺は、神かけてそんな事は言っていない。お前を女の代わりだなんて…考えたことも無い。
お前の代わりに女…なら解るが、お前を誰かの代わりになんて事は絶対に無い。信じてくれ」
と言った。

「ん? あ、あぁ…お前の言いたい事は解ったけど、お前はあいつをぶっ飛ばさなくて良いよ。
あいつの事は、あの日もう俺がぶっ飛ばしてやったからさ…」
俺が言うと、石津はちょっとだけ驚いたように目を見開き、それから俺を見つめたまま穏やかな笑みを浮かべた。

そうだな…お前はその顔が一番お前らしい。だから俺は、お前に俺の全てを委ねられる…のは良いんだけど、
そうすると新たな疑問が浮かびあがってきて…俺は、それを石津に投げかけた。
「だったら…なんであいつは俺たちの事を知っていたんだ?」
それに対する答えは、いとも簡単に石津の返事で明らかになった。

「なんでって…クラスのほとんどの奴は知っていたんじゃないか?」
「え? なんで? みんなって?」 
俺の疑問三連発?に、石津は逆に?の意味が解らないという顔で言った。
「だって、そんな事は、俺たちを見ていたら想像がつくだろう。良いかミノル。よくよく考えてもみろよ。
あの頃俺たちは、昼休みになると毎日のように二人でいなくなるんだぞ。

普通だったら、何か変だと思うし怪しいと思うだろう。それに、教室に戻ったときのお前は、
いかにも、良い事をしてきましたって顔でさ。ほんのりエロっぽくになっていたりして。
その上、キスマークなんぞ付けていたら、みんなも判るってもんだろう?
俺なんか、わざとらしく聞かれたぞ。二人でいつも何処に行って何をしているのか…って」

【エロっぽい…キスマーク…やってきたって顔…それって全部俺って事か?】
初めて知った自分の知らなかった自分を暴かれ、否定する言葉も見つからない俺は…得意の責任転嫁を試みる。
「だとしても、俺をそうさせたの、お前だし……。それでお前、なんて答えたんだよ」 
「うん? 『お前らの想像どおり、ミノルと秘密の事をしている』 って答えておいた」

「……それって、もろ喋っているのと、同じだろう!」
「まぁな、誰もお前にちょっかい出さないように、釘を刺したんだよ」
お前を騙す…と言った石津の言葉やっと理解出来たような気がした。
そう言えばあの頃、首にキスマークが付いているのを何度か石津に指摘され、肌蹴た首元をさりげなく直されることがあった。
それも全部、石津の計略?だったのかと思うと、俺は出る言葉も無く、泣くに泣けないとはこういう事かと思った。そして、

「それじゃ、あの日から今日までの長い時間は、ただ、無意味で無駄だった…そういう事なのか」
そう言いながら、がっくりうな垂れる俺の肩に石津の手が伸び…引き寄せられた。
ちょっとだけ触れた唇、それが優しい声で優しい言葉を紡ぐ。

「ミノル…あれで良かったんだ。その時間があったから、俺もお前も本当に大切なものに気づいた。
俺たちが本当のパートナーになるために、必要な時間だったんだよ。
そのおかげで、俺たちは未来に続く時間を二人で歩み始める事が出来た。そうだろう?」
石津の言葉で、その瞳に写る俺の顔が泣きそうに歪む。そんな俺の顔を写して、石津は笑いながら言う。
あの日屋上で言った、俺たちの始まりの言葉を。

「ミノル、今度はお前からキスしてくれよ」



End


戻る     次へ     メニュー     web拍手 by FC2