広田 円=中野 傑 

大学に入ってアルバイトを始めた。
家庭教師とか、塾の講師とか、時給の良いバイトもあったが、僕は、コンビニで働く事を選んだ。
時給は、決して良いとはいえないが、家から近いのが良い。
それと、人と話すのが苦手な僕には「いらっしゃいませ。 ありがとうございました。」
の言葉だけで済むのが、一番の理由かも知れない。
友人は、「そんなの高校生のバイトだよ」などと言っていたが、僕はそれでも今のバイトで充分満足していた。

「広田君、今日本社から、マーケティングの担当者が来る事になっているんだけど
君、少し残業してもらえないかな」店長が、僕の顔を見るなり言った。

「本社からですか?」

「うん、今までも定期的に来ては、
リサーチを兼ねて、店のチェックをしていくんだけどね。

本当は、俺が残る予定でいたけど、子供が急に熱を出したらしくてさ、
保育園から迎えに着てくれって、電話があったんだよ。

女房は昨日から、会社の研修とかで家にいなくてさ。
だから、俺が行かないと…。どうかな、なんとか都合つけられない?」
心底困り顔で言う店長が、何だか気の毒に思え、

「そういう事なら、僕は構いませんが、でも 何をすれば良いんですか?」
僕が聞くと

「いや、別に何もしなくて良いんだ。
まぁ、何か聞かれたら、適当に答えてくれれば良いし、
多分、面倒な事は聞かれないと思うよ。 今までもそうだったからさ」

それこそ、ずいぶんと適当なことを、言っているようにも思ったが、
それならそれで、別に気を使う事ないだろうと思い

「そうですか、判りました。 それなら僕でも大丈夫ですね
じゃ、早くお嬢さんの処へ行ってあげて下さい」
僕が言うと、店長はホッとしたように、

「すまないね、君が出で助かったよ。 じゃ、後よろしくね」
そう言って僕の肩を叩くと、慌てて帰って行った。


そして本社からの、担当者は大分遅くなって店に顔を出した。


最初は客かと思った。

籠を手に、入口の横から順に店内を隅々まで廻っていき、
彼は、何点か品物を手に取り籠に入れた。

今日は高校生のバイト君だったが、彼は真面目に仕事をする子だったので、
陳列棚やケースも綺麗に並べられて 品物が切れていることもなく、
僕はレジの中から、その客の様子をさりげなく目で追っていた。


30代になるかどうかに見えるその客は、ゆっくりと店内を廻り終えると、
レジの前に立ち、籠をカウンターに置いた。

「いらっしゃいませ・・」
僕がそう言って顔を上げると、その客は小さく頷き、

「この店は、店内の整頓が行き届いていて、綺麗だね」  と言った。

「ありがとうございます。これからも宜しくお願いします」

「うん、それに店員も好感が持てる」 そう言うと客は、笑顔をみせた。

「……。ありがとうございます」
僕が、一応礼?の言葉を口にすると…彼は、

「これからも宜しくは無いのかい?」

笑ってそんな事を言われ、じっと見つめられて…。
僕は、自分の顔に 血が上っていくのを感じて、下を向いてしまった。

「ゴメンゴメン…別に、困らせるつもりではなかったんだ。
私は、本社から来たのだが、店長は留守のようだね」

その言葉に、僕は…やはり…と、思った。

「申し訳ありません、境は急な用事が出来て、外出しております」
僕が答えると、彼は特にその事を気にした様子も無く、

「いや、いいんだ…別に大した用もないから。
ちょっと、一二三聞きたい事があったが、そのために、君が残ってくれたのだろう?
どうかな、もう、私が来たから、君は上がっても大丈夫なのかな?」

そう言うと、彼はまた僕の顔をじっと見つめる。
僕は、その言葉の意味を理解しかね…多分、間の抜けた顔で 、

「はい?…」  と、言うと

「少し、話がしたいな君と…外で食事でもしながらどう?」
と、何でも無い事のように聞く。

彼は、女性を誘う時もこんなふうに、さらりと誘うのだろうな…
等と頭の片隅で思いながら、僕は答えた。

「は・・はい。それは、大丈夫ですが…」

「じゃ、外で待っているからね…駐車場の一番奥に止めてある車だよ」

彼は、そう言うと会計を済ませ、彼にはあまり似つかわしく無い、
コンビニの、ビニール袋を下げて ドアから出て行った。


中野 傑…僕はその日のうちに、彼に抱かれた。

食事の後、彼に誘われるまま もう一軒行った店で、
あまり強くもない酒を呑み、 かなり酔ってしまった僕は、
気付いた時には、ホテルのベットの上…彼の腕の中にいた。

酔いのせいか…それとも、彼に惹かれたのか。
僕は、さほど抵抗も無く彼を受け入れ、
貫かれる痛みと、人に与えてもらう快楽がある事を知った。

一夜限りの、背徳の行為…そう思っていたのに、
それから間もなく、彼から連絡があった…又、会いたいと…

「円に会いたくて、近くまで来ているんだ」 そう言われて、嬉しい自分がいて。
「…僕も会いたい…」 そう答える自分がいた。
口づけを交し、それに欲情する自分がいる。肌を弄られ、口に含まれ…悦ぶ自分の身体がある。

切り裂かれる痛みを伴って尚、彼を受け入れたい自分。そして、何度目かになると…。
快楽は痛みを凌駕し、それを欲しがる自分がいた。

「円の此処は、私のものが欲しくてたまらないようだね」 彼に囁かれ
「ちっ…ちがう…」  僕は、否定の言葉を口にする。

でも違うのは…本当は欲しくてたまらない…そぅいう意味。
一杯に、満たされる快感を知っているから、
今は、それがないと足りない…他では満たせないと知っているから。

「そうか…じゃ、止めようか。 
円が違うと言うなら、私はそれでも良いんだよ」

彼の声が、笑みを含み…
くちゅくちゅと、僕の中で動いていた指が、抜けて行くのを感じ、
それを引き止めるように、其処が収縮する。そして、思わず言葉が口をついて出る。

「あっ…ぁぁ…止めないで…」
「ほら、やっぱり円の此処は、私を欲しがっているんだ。言ってごらん…欲しいって」
彼は、指を半分だけ留めたままで、僕にその先の言葉を促す。

動かない指…頼りない快感…焦らされる身体が、もっと奥まで。もっと…もっと強くと強請る。
「欲しい…其処を傑さんので、一杯にして…お願い」
そんな、恥ずかしい言葉も口に出来るほど、僕は彼との行為に溺れていった。

これが円の中に入るんだよ。 円を悦ばせてあげるものだからね。
そう言われ、彼のものを、口に含み丹念に舐め上げる。
それだれだけで、僕のペニスは立ち上がり…雫を流す。

今日は、私の上に乗って、自分で入れて動いてごらん。
その言葉どおり、彼の上に乗って自分で腰を振る。
全てを、彼に教えられ…彼の言うがままに、
彼を受け入れるための器に変わっていく自分の身体。

それでも、彼の側で…彼に愛されたい…そう願った。
両親より、友達より…他の誰より大切な人…そう信じた。


彼は一度も、僕を自分の部屋に呼んだ事はなく。
いつも僕の部屋で、僕を抱き、朝には帰っていく。

そのためにバイトを一つ増やして、
少しだけ広い、造りのしっかりしたアパートに越した。

何処へも一緒に出かけた事も無い…ただ、部屋の中だけの逢瀬。
それが、僕と彼の全てで…僕の全て。

愛している…僕は何度も言い。彼から、同じ言葉は返って来ない。
愛していたから…返事を聞きたいと、言えなかった。 そして…僕が大学二年の夏の終わり
「海外移動が決まった」
彼の口から出た言葉に、僕の頭の中は真っ白になる。

「えっ……」
「円が、卒業したら迎えに来るよ」  彼は、優しい声で僕に言う。
「は、はい…待っています」
僕は、それしか言えなくて…ただ、涙を零す。
ぼろぼろと…ぽろぽろ…と。窓から見える向日葵が…霞んで見えなくなるまで。

嘘と判っていても、その言葉に縋りたい自分がいる。
待っても無駄と判っても、待ちたいと願う、哀れな自分がいた。

次の年…向日葵が、人の涙に似た種を 地に落す頃……彼が、結婚した…と、いう噂を聞いた。
そして、また次の年の同じ頃…彼の子供が生まれた…と、聞いた。

秋のはじまりは…僕から恋を取り上げ、どんどんと遠ざけていく。
そして僕は…彼の匂いの残る部屋から 引っ越す事を決めた。