指きり(8)   約束



女のように扱ったつもりはないが、することは女にするのと変わりはなく。
それでも、透太が欲しいと…抱きたいと思ってしまう自分が透太を傷つけ、泣かせてしまった。
可愛い顔に似合わない少し乱暴な言葉使いと、大らかで潔い、それでいて優しい性格は男らしいと思う。
そして何より、天真爛漫な明るい笑顔…そんな透太が大好きだった。
なのに、今の透太は…不安そうな顔と、泣き顔だけで…大好きな笑顔の欠片さえも見せない。

やはり…邪な恋慕は透太を苦しめるだけなのかも知れない。
約束を盾に迫ってはみたが、透太の気持ちが自分に向かなければ無理やり身体を繋げても意味は無い。
そんな関係はいつかは危うくなり、従兄弟同士でもいられなくなるだろう。
だとしたら、もう諦めて…。大丈夫…透太の為なら自分を殺し続ける事も出来るから…大丈夫。
大人達の思惑どおり、理玖の頭の中ではそんな考えが渦を巻いて…二度目の決心も粉砕しそうに見えた。

「ごめんね…透ちゃんを泣かせるつもりなんかなかったんだ。ただ気持ちよくしてあげたくて…。
でも、もう二度とこんな事はしない。約束する。だから…泣かないで、透ちゃん」
言いながらこれが最後の抱擁とばかりに透太を強く抱きしめ、理玖は自分の気持ちに終止符を打とうとした。
だが…それを遮ったのは、小さくとはっきりと力を感じさせる透太の声だった。
「理玖…お前、他でもこんな事をしているのか…」
そして理玖は、一瞬その言葉の意味を理解しかねて、透太を抱しめていた腕を緩めた。
すると透太も理玖の首から腕を解き、顔を上げ…涙の痕もそのままの目で真っ直ぐに理玖を見つめ。

「だから…他に誰か…女とか男とか。俺は、そいつらと同じなのか」 もう一度聞いた。
他の誰かと同じ…一度も思った事が無ければ、それより他の誰かの事を想ったことなど無い。
理玖にとって透太は、ずっと見つめ続け想い続けてきた従兄弟であり…たった一人の愛する人だった。
だから、透太の言っている意味が判ると、何だ…と思い、それでも自分の想いが通じていなかったのが不満でもあり。
「そんな事ある訳ないでしょう! 透ちゃんだけだよ、僕がこんな事をしたいと思うのは」
理玖にしては珍しく、答える声が強いものになった。

透太の大きな目が、まるで理玖の心の中まで見抜こうとするように理玖を見つめ。
「嘘じゃないよな。本当に、俺は誰かの代わりじゃないんだな」
口から出る声同様、刺すような目が眩しくて。理玖は一瞬眩暈すら覚え…そして思う。
あぁ、透太は…やはり男だ…と。自分は…そんな男の透太が好きなのだ…と。

「僕は小さい頃から透ちゃんが大好きだった。いつかは両親のように結婚してずっと一緒に…と、本気で思っていた。
だから…僕にとってあの約束は、透ちゃんが僕の願いを叶えてくれ、未来を約束してくれた…そんな気がした。
でも、大きくなるにつれ、僕の願いがどういうものか…って考えると、正直絶望的な願いだと思い知らされた。
それなのに、透ちゃんに対する気持ちは少しも変わる事がなくて、好きなのは透ちゃんだけで。
透ちゃん以外の人には興味もなかった。だから…あの約束に一縷の望みを託そうと決めた。
僕は透ちゃんのお嫁さんになるって決めていたからね。僕が透ちゃんにしたような事を、透ちゃんが僕にしたとしても、
僕はそれでも良かったんだ。僕の尻は…ううん、僕の全ては透ちゃんのものだって、ずっとそう思ってきたから…」

「理玖…お前、ずっとそんな事を……。ってか、尻って! お前…俺にあれをやれって言うのか!!」
「うん。透ちゃんがどうしても、男として性交をしたいんだったらね」
言いながら自分でも、少し意味が違うな…と思ったが、透太の事だから気付かないだろうと思っていると、
案の定透太は、本番以前の段階すら嫌だ…とばかりにふるふると首を振った。

「………。お前の尻なんか…嫌だよ。なんで俺がお前の尻に、指突っ込まなくちゃならないんだよ。
気持ち悪いだろう。嫌だ、そんなのしたくない、絶対に嫌だ。!」
それは言い過ぎだろうと思うほど嫌を連発し、表情までも如何にも嫌そうに言う。そしてそれには、流石の理玖もめげそうな気分になり。
「そう…。やっぱり…するなら女の子が良い?」
声の調子までめげる。なのに…続いて透太の口から飛び出したのは信じられない言葉。

「そりゃそうだよ。男となんてやだよ。それも…尻でなんて。普通男は、女としたいだろうよ。俺だって……。
けど…お前が他の奴とするのは、もっと嫌な気がする。考えただけで、なんか…胸の辺りがいらいらする。
だから…。お前が…その…女より、お、俺の方が良いと言うなら…やらせてやっても……良いぞ」
そしてその言葉は、めげて諦めかけていた理玖の気持ちを天上まで押し上げる。
「えっ? と、透ちゃん、今なんて?」

「だから、お前がどうしても俺とやりたいのなら…我慢してやるって言ったんだよ」
真っ赤になりながらそっぽを向き、吐き捨てるように言う透太を、理玖は思わずぎゅっと抱しめた。
「ほんと? 本当に良いの? 泣くほど嫌だったんじゃないの?」
「そ…そりゃ、嫌だけど…お前が俺以外の誰かに、あんな事をするよりは良い。その代わり、痛いのは絶対に嫌だぞ。
それと……他ではすんなよ…男も女も駄目だかんな。もし誰かとしたら…許さないかんな」
顔の赤みもそのままに相変わらずそっぽを向いたまま。なのにそれは、高潔な愛の言葉…理玖にはそんなふうに聞こえた。
「うん!しない…約束する。だから透ちゃん、もう一度指きりしよう」

互いの小指を絡め、幼い時の指きりに更なる呪文をかける。
それは、決して破られる事の無い、やくそく…という名の契約。
いつも隣にある存在…それを破る時は心が死ぬ時。身体が朽ちる時…そう誓い合う。


透太のお許しが出たからには、明日にでも初夜を決行し二人の間を揺るがないものにしなければ。
万が一にも、透太の気が変わりでもしたら、それこそ大変…元の木阿弥になってしまう。
そんな事を思いながら、自分の腕の中ですやすやと眠る透太の顔を見ている理玖の顔は、如何にも幸せそうな笑みが浮かぶ。
明日からは従兄弟の透太ではなく、恋人…になる。そう思うと愛しさも一入で。
既に窓の外が白み始めているというのに、理玖は飽きもせず透太の寝顔を見続けていた。


朝一番トイレに行き、物心ついた頃から決まっている朝の習慣を済ませて透太の一日は始まる。
それは今まで狂う事など無かったし、その事で何かを考える事も無ければ不安もなかった。
だが今朝は…その習慣が、果たして無事済ませられるかどうか…透太は少しだけ心配でならなかった。
なにしろ昨夜は、大切なところに指を突っ込まれた挙句に、散々弄くられてしまったのだ。
そのせいで、もしかしたら出るものも出ないのでは…それどころか血が出るのでは…透太は本気でそんな心配をしていた。

ところが、何時もと変わらず用を足す事ができ。密かに心配していた事が、実はたいした事では無かったと判り。
安堵すると同時に、そんな事を心配していた自分が可笑しくて…トイレから出るなり大きな声で、
「理玖! う○こがちゃんと出たぞ! どうって事なかった…あ〜心配しただけ損した」
理玖に排泄の報告までしてしまった。そしてそれを聞いた理玖が、くすくすと笑いながら手にしていた歯ブラシを戻し…言う。

「透ちゃん…シャワー使っておいでよ」
「えっ? なんで…朝からシャワーなんだよ」
「うん、ちょっと準備したいから」
「準備? なんの…」
「まぁ、良いからさ。昨夜あのまま寝ちゃったから、丁度良いんじゃない?」
理玖にそう言われればそうだったような気もして、透太は曖昧に頷くと…浴室のドアを開けた。
そしてドアを閉める間際、理玖が囁く。
「透ちゃん、後ろも洗っておいてね」

その一言で昨日の痴態が思い出され、恥ずかしさで真っ赤になりながらも口はそれを隠す言葉を吐きだす。
「バ! バカヤロー!! 理玖の変態!!!」

そしてドアを勢いよく閉める。なのに、顔の火照りは治まらず恥ずかしさが身体の芯に熱を点そうする。
だから、温度を低めにして立ったまま頭から浴びた。
すると、火照りは幾分治まったような気もしたが…ソープを泡立て全身を洗い始めると…今度は。
【自分の手では何も感じないのに…理玖の手だと…】
そんな余計な事が頭に浮かび、途端身体が理玖の指の感触を思い出した。

「透ちゃん…自分で身体洗いながら感じちゃったの?」
下着の下で少しだけ持ち上がった透太の中心に目をやり、意味有り気な笑みを浮かべた理玖に。
「ちっ!違う。そうじゃない。そうじゃないけど……。あーー!、しょうがないだろう。
昨日の事を思い出したら勃っちまったんだから。お前のせいだぞ。理玖があんな事をするから…」
透太はうっすらと頬を染め、プイと顔を背けた。そんな透太に、理玖は嬉しそうな笑みを浮かべ、立ち上がったと思うと、
「そうか、それは僕のせいなんだ。だったら、それは僕の責任でなんとかしなくちゃね」
ひょいと透太を抱き上げ、起きたまま畳んでもいない布団へと透太を運んだ。



   身勝手な宣言


起きて間もないというのに昨夜同様喘がされ。やっと解放された時、透太は自分の後に違和感?を感じた。
別に痛みとかは無いが、まだ何か入っているような気持ち悪さ。それが理玖の指で無いのは確かで。
「理玖…なんか後ろが…変…だ」
言いながら透太は、恐る恐る手を尻にもっていこうとした…が、その手を理玖の手がやんわりと掴み、
誰でも騙されそうな優しげな顔でにっこり笑う。

「うん、アナルプラグ…と言うか拡張器と言うか…両方の役目をしてもらおうと思って」
初めて耳にする何とかプラグ。それを黙って挿入された…そう思うと、自分が気付かなかった事は別にしても、
理玖に良いように遊ばれている…透太にはそんなふうにも思えた。だから、
「なんだよ、それ! 何でそんなもの、入れんだよ!!」
幾分声を荒げて言うと、掴んでいた理玖の手を振り払う。だが、思いのほか力が入っていたのか、
バシッと叩くような音がし。透太は自分でもその音と感触に驚き…理玖を見ると、理玖はさり気なく手を摩りながらも、
やはり優しげな笑みを浮かべたまま、今度は透太をあやすかのような口調で言った。

「だって、透ちゃん初めてだからさ、後ろを少し広げなくちゃ…きついでしょう。そのために…お薬を入れたんだ。
そのプラグが、お薬が出て来るのを塞ぎ柔らかくしてくれる。勿論痛みはないからさ…心配しないで。
だから、少しの間我慢してそのままで居てくれる? 僕のパジャマだったら大きいから、お尻まで隠れるでしょう?」
流石にそこまで言われると、プラグが何の為のものなのか、この先何をするのか…想像はついたが、
だからと言って理玖の言いなりになるのも癪に障るような気もした。だから、勢いよく起き上がり。

「嫌だ! 気持ち悪い。外せよ。理玖が外さないなら、俺自分で外す」
そう言うと、勢いのままトイレに行こうとしたが、後ろから伸びた理玖の腕が透太の身体を引き戻した。
「ダメだよ…透ちゃんの身体に傷をつけない為の準備だからね。勝手に外させないよ。
大丈夫…したくなったら僕に言って、いつでも何度でもいかせてあげる。透ちゃんの好きなやり方で」
優しい顔と声でそう言うと、透太をキュッと抱きしめ首筋にキスをする。

それだけで、なぜか身体の力が抜けていき、それ以上抵抗する気持ちも力も失せてしまい。
もしかしたら自分は…とんでもない約束をしてしまったのでは…頭の隅でそんな事を思いながら。
それでも理玖の腕の中は、心地良い…其処に留まりたい…透太をそんな気持ちにさせた。

昼の?食事をしていても、ひどく敏感になっている身体は、ウズウズと蠢くような感覚で後の奥の方が疼き。
シャツが肌に触れる僅かな刺激で身体が震え、溶けてしまいそうになる。
中心は立ち上がったまま治まる気配も無く…とうとう我慢出来ず、透太はカップを置くとテーブルから立ち上がった。
そして、既に食事を済ませソファーに移動していた理玖の前に行くと、濡れたような瞳で理玖を見つめ。
「理玖……触って…」
うっすらと頬を染め、そんな言葉を口にする。すると理玖が、これ以上無いというほど嬉しそうな顔で…聞いた。

「うん、いいよ。手がいい? それとも口?」
その言葉に、理玖は意地悪だ…そう思いながらも、今の状態を鎮めて欲しくて小さな声で答える。
「…く…くち…で…」
「うん、解った。透ちゃん、フェラ好きだもんね」
言いながら透太のパジャマの前をはだけると、理玖はそこに跪き目の前に起立しているものに顔を寄せた。

充分過ぎるほど滴らせていた雫を、舌を絡めて舐め取り。ビクビクと震えるそれを口に含む、
途端、腰を抱えられていても膝の力が抜けて崩れてしまいそうになり、思わず理玖の肩に置いた手に力がはいった。
それを合図のように、愛撫を休めた理玖が顔を上げ…拒めない先を促す。
「透ちゃん、立っているのが辛かったらお布団に行こうか…」

もう何度目だろう…と思う間もなく抱き上げられ、運ばれたシーツの肌触りに身体が跳ねる。
キスをされ、胸を愛撫さられ下を含まれると、気が遠くなるほどに快感はあるものの。
何度目かになると、流石にそう簡単には射精できず…優しい口付けなどでは足りないと、身体を駆け巡る血が騒ぐ。
それと同時に後の圧迫感は益々大きくなって、中で何かが蠢いている…そう思える程になっていた。だから、
「……理玖…後ろの…外して…中を……」
透太が切れ切れの声で言うと、理玖の指が入り口をひとしきり撫で。

「判った…今外してあげるね」
声と一緒に後から異物がずるりと抜け出ていく感覚に、思わずそれを留めようとするかのように、
後孔が収縮するのが分かった。そして、痛みも無く理玖の指が奥へと侵入する。
理玖の指が中で動くたびに響く濡れた音が恥ずかしい。なのに、やっと疼きの中心に届いた…そんな気がして、
もっと強く…弄り…この疼きをどうにかして欲しくて、ただそれだけで…。

「大分、柔らかくなったね…これなら大丈夫かな。透ちゃん…最初は少しきついけど我慢してね。
大丈夫直ぐに慣れるから。そしたら、もっと気持ち良くなるからね。」
理玖が何を言っているかも判らずに、透太は何度も首を振り…頷いた。


「イ!…イタッ!!イタ――ッ。イッタ――――ッ」

圧倒的な存在が肉を切り開き、狭い隙間を無理やりこじ開けて侵入しようとしていた。
それはまさに、痛いなんてものでは無く。身体が…肉が裂けている。そんな痛みで、透太は思わず悲鳴のような声をあげた。
ほんの少し前までの快感など何処かへ吹き飛んでしまい、身体が硬直し全身に汗が噴出す。
「透ちゃん…力を抜いて…口を開けて息を吐いて…」
理玖もまた切羽詰まったような声で、透太に呼びかけるが、当の透太はそれどころでは無い。

「無理、無理…出来ない…痛い…痛い痛い、死んじまう」
「もう、頭が入っているから…透ちゃんが力を抜くと全部入る。このままじゃ余計きついよ」
「嫌だ…もう、嫌だ…痛くて…きっと切れてる…血だらけになって、明日、う○こできない」
そう言うと、透太は子供のように頭を振りながら、泣きそうな顔で理玖に訴える。

「透ちゃん…どうしてそんなに、う○こに拘るのさ。大丈夫ちゃんとできるよ。
だって、切れてもいないし血も出て無い。でもこのままじゃ切れちゃうかも知れないよ。そしたら、明日大変だよ」
どういう訳か、う○こに拘る透太にとって、理玖のその言葉は絶大な効果を発したようで、
「う…ぅぅ…うぅぅ…」
透太は顔を歪め、涙で目を潤ませながら口を開くと、はっはっと息を吐き出した。

そして理玖が、透太の萎えて横たわるそれを手に包み、ゆるゆると弄ぶ。すると、透太が幾分鼻にかかった声をもらし、
硬く締め付けていた後孔が僅かに緩んだ。その一瞬に理玖が腰を進める…と。
「ああああーーー!」
透太が少し掠れた、悲鳴とも喘ぎともつかない声をあげ。涙に潤んだ目から、小さな雫がシーツに零れ落ちた。

その雫に舌を這わせ、瞼にそっとキスを落す…そして唇に。
少し眉を寄せて…苦しそうに目を細めた顔で理玖を見つめる透太を真上から見ながら、
欲しかったものが、やっと自分のものになった。理玖 が思った途端、透太の中に収まっているものまで戦慄き。
それを肌で感じたのか、透太がビクンと身体を震わせた。そして、何処か不思議そうな顔で理玖を見つめ…言う。
「中で…なんか動いた。今の、お前のか? 全部入ったの?俺の中に」
「うん、ちゃんと透ちゃんの中だよ。今、僕と透ちゃんは、ひとつになっているんだよ」
理玖が言うと透太は大きく、はぁ〜と息を吐き、又少しだけ眉を寄せた。

「理玖…きつくて苦しい…。けど、俺の中に理玖がいるのを感じる。理玖が脈うつのが判る」
半分泣いているような笑顔を見せて言う透太が…可愛くて、愛しくて。
理玖は片手で自分の身体を支えたまま、もう片方の手でその愛しい者を確かめるように頬を撫でる。
しっとりと汗ばんだ頬はほんのり桜色。その色すら愛しくて。
「透ちゃん…大好きだよ。愛している。ずっとずっと…透ちゃんが欲しかった。だから、今僕は最高に幸せだよ」

そう言って透太を見つめる理玖の顔が、本当に嬉しそうで、幸せそうで…なのに何処か泣きそうにも見えて。
見上げる透太の顔も泣きそうに歪んだ。正直二つ折りに近い身体は苦しくて…何より、後孔が痺れたようにジンジンと痛む。
なのに、身体中の何処より胸が痛くて、心が痛くて…理玖の名前を呼ぶ透太の声が震えた。
「…理玖…」
そして腕を伸ばし、指先で理玖の頬の傷をなぞると顔を引き寄せ、その傷に唇で触れる。

この優しい従兄弟は、ずっと自分だけを見つめてくれていた。それを無意識に感じてはいても、当たり前のように享受し、
その意味を考えた事も無ければ特定の感情として意識した事もなかった。
それなのに…もし、この目の前にあるものを失ったら…心が張り裂けて壊れてしまう。そんな気がし…やっと気付いた。
あの時…本当に怖かったのは…理玖が自分の前から永遠に消えてしまうかも知れない恐怖…理玖の死。
それが、夕暮れと共に忍びこむ闇と重なり、言いようのない不安として透太の中に残った。

もしかしたら…あの日の指きりは、自分たちの未来を知って交わした約束なのかも知れない。
それなのに自分はその約束を忘れ、不安の原因すら忘れていた。それを思い出させてくれたのは…。
そして今、不安と恐怖をかき消すたった一つの存在が目の前にある。だから…その存在と自分をひとつに繋げ。
共に歩む一歩を踏み出すために…もう一度約束を。

「理玖…絶対に俺を離さないか。俺が嫌だと言っても、お前なんか嫌いだと言っても…。
どんな事があっても、俺を離さないと約束するか?」
逸らす事など出来ない透太の真剣な眼差しが下から理玖を見上げる。そしてその目を受け止め理玖が答える。
「約束するよ。たとえ透ちゃんが、泣いても、喚いても、絶対に離さないって誓う。
透ちゃんを離す時は僕が死ぬ時…それまでは誰にも渡さない。透ちゃんは僕だけのものだよ」
理玖のその言葉に、透太の顔に安堵の色が浮かんだ。そして、その安堵は決意の矢に変わり理玖を射抜く。

「そうか…だったら理玖、今から俺はお前のものだ。お前とこうしてひとつになって…はっきり解った。
俺もお前が好きだって事。けど俺は女じゃないから、お前の嫁さんにはなれない。
それでもずっとお前の側で…死ぬまでお前だけのものでいたい」
折角の決意、一生に一度の告白を決めた?透太に、天にも昇る嬉しさで喜ぶ筈の理玖から返って来たのは、
意外にも念の入ったシビアな問い。

「透ちゃん…ありがとう。でも…ひとつだけ聞きたいんだけど。
もし、宮坂真由里みたいな女の子が言い寄ってきても大丈夫? あっさり気が変わったりしない?」
「そ…それは……わかんね。けど…そん時はお前が全力で俺を引き戻せ。それより、俺によそ見なんかさせるな」
それはひどく身勝手な言葉のようだが、理玖にとっては一番透太らしい宣言…に思えた。
そして理玖の顔には満面の笑みが浮かび、透太の望む再びの約束を口にする。

「うん!判った。今度こそ約束だね。僕は透ちゃんの為ならどんな事でもする。絶対後悔なんかさせないからね」
「だったら、今のこの状態を何とかしてくれよ。もう、お前の熱で…熱くて死にそう…」
透太はそう言うと腕を伸ばし、理玖の首に絡め…揺らめく瞳で永遠に続く未来への一歩を強請った。



End
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