その恋百円-6

 壬深の決意?

ヤバイ…うっかり口を滑らした。 気付かれたかも知れない。
こうなったらもう、直接あたるしかない…
僕はそう決心すると、先ずは叔父さんの恋人、日向さんに会う事にした。

月曜日…お兄さんが出掛けると、日向さんに電話を掛ける。
勿論、学校なんて構っていられない、それどころではないのだから…とばかり、ずる休み。

昼食を一緒にという約束ながら、昼の時間を少しずらして待ち合わせる事に決めた。
一番気楽なのはファミレス。 
ランチタイムを過ぎると、店は客が疎らになり、長時間いても 差し触り無いからだ。

日向さんは相変わらず綺麗で…僕に向かって、一昨日はゴメンネ・・と言った。
その日向さんに向かって、僕は聞く。

「いつ帰って来たの?」 
「うん…金曜日の夜」
その答えで、先日の鉢合わせが納得いったような気がした。

「そっか…暫くこっちにいるの?」
「今の所は…まだ 次の予定は決まってないよ」

「やった! それじゃ叔父さんも 夜中まで仕事しないね」 僕が言うと、日向さんは

「やっぱりそうなんだ。 しょうがないね、学も…浦野君を振り回しているんだ。
学に付き合っていたら、家になんか帰れないだろうに…壬深くん、ごめんね」
日向さんはそう言って、僕に謝る。 それが意外というより、やはり…そんな気がして

「日向さんも知っていたんだ…僕の事…」  と聞くと
「学から、聞いたからね・・」  予想通りの答え。
だから、一番の疑問を口にする。

「叔父さん…・どうして解ったのかな」  すると、こっちは予想外の答え。

「壬深くんの お母さんに相談されたらしいよ。 
壬深くんの様子が変だって…マンションに居ないのではないかって、
とても心配されていたらしいけど…壬深くん、彼の処にいっているの?」

まさか最初にばれたのが、母親だったとは思いもしなかったが、
それならそれで、報告する手間が省ける…そう開き直る事に決め

「うん 押しかけ居候している」  本当の事を話す。
すると日向さんは、少しだけ意外そうに
「押しかけ居候? 恋人…じゃないんだ」 と、言った。

「そう…まだ居候なんだ。 だから、お兄さん…としか呼べない」
僕がそう言うと、日向さんはちょっと憂いた目をして

「そう…で・・まだ続ける気?」  と聞いた。
「うん…誠さんって呼べるまで続ける」

「本気なんだね。 それで、彼は壬深くんの気持ちを知っているの?」 そう言われ
「…・・知らないと思う。 言ってないから」

僕の一番言いたくない言葉が、僕の唇から吐き出されると、
その言葉の分だけ、別の何かが 心の中に湧き上がるような気がした。

「どうして、言わないの? そうか…解るな、その気持ち。
怖いよね…本当に好きなら尚更、伝える事で失うかも知れない…。
そう思うと、怖くて言えない。 
僕なんか、逃げちゃったからね…でも、壬深くんは強いね」

「お兄さんは ノーマルだから…僕の事、恋愛の対象としてなんか、考えていない。
だから、少しずつ…僕の事を意識してくれるように 頑張っているんだけど、
なんか…鈍感なのか、全くその気がないのか…」

自分で言っていながら、なぜか悲しくなって…
泣きそうになる僕に、日向さんは優しい笑みを浮かべて言った。

「そうかな…先日、彼と会った時の印象だと、そうでも無いような気がしたけど」

「えっ?」

「だって、彼の壬深くんを見る目…すごく優しい目をしていた。
とっても、大切なものを見る目…・そんな気がしたけど」

思いもかけない日向さんの言葉に、僕の中の悲しい気持ちは
一気に吹き飛んでしまい…我ながら、げんきんな奴と呆れてしまう。
でも、僕にとってそれは重大な事で…一番の願いでもあるのだから仕方が無い。

「ほんと? 本当に、そんなふうに見えた?」

「うん、だからつい、恋人ですか? なんて、バカな事を言ってしまったけど。
壬深くん、彼はきっと、壬深くんの事を とても大切に思っているのだと思うよ。

大切だから…今の関係を、壊すかも知れない感情があっても、
高校生の君に、大人の自分からは、伝えられないのかも知れないね

自分の持つ感情が、罪悪のような気がして…臆病になる。
大切だから、壊したくない…汚したくない…そう思ってしまう。

でもね…どんなに時間をかけても、どんなに努力をしても、
駄目なものは駄目…特に僕たちのような感情はね。

だから…勇気を出して、新しい一歩を踏み出してみる事も、必要なんじゃないかな
大丈夫…壬深くんの想いは、きっと彼に届いているよ」
日向さんはそう言って、にっこりと笑った。

 浦野の決断?

形の見えない不安というものは、人を不安定にするのかも知れない。
つまらない小さなミスを繰り返している自分に気付く。

「お疲れ…浦野君、良かったら一杯付きあわんか?
それとも、たまには早く帰りたいかな」
宮田が、帰り支度をしている浦野に声をかけて来た。

「あ、いえ、別に…・はい、喜んでお共致します」
浦野は、そう答えながら、家で食事の支度をして、待っているだろう壬深の事を思った。

例の、スパ以来、壬深の様子が少しおかしいのに気付いていた。
表面上は、さして変わらなく振舞っているが、時折もの思いにふける様に、
ぼんやりとしている事がある。

もしかしたら…それは、部長と何か関係があるのでは…
もし、そうだとしたら、自分は、この会社には、いられなくなるかも知れない、
漠然と、そんな事を思いながら、

そんな事はどうでもいい…それより壬深が、出て行くと言い出すのでは…。
その事のほうが、浦野には大事な事のように思えた。
壬深が出て行く…そう思った時、全身の血が引いていくような嘘寒さを感じた、

俺は、あいつを手放したくない。 
あいつを失うくらいなら、この会社なんて辞めても構わない。

屈託のない笑顔が可愛い 拗ねて膨れる様子が可愛い 
俺を見つめる目に癒される ずっと側にいて欲しい
あいつを誰にも渡したくない 抱しめて、腕の中に閉じ込めておきたい
壬深の全てが…・愛しい…・・愛して・・いる…。

「どうした? うかない顔で。 何か、心配事でもあるのかな?」 
宮田の問いかけに、浦野は意を決したような顔で、宮田を見つめると

「すみません、食事は又の機会にお共させて下さい」  
はっきりとそう言うと、頭を下げた。

「そうか…それは構わないが…・待っている人でもいるのかね」
「はい…勝手を言いまして、申し訳ありません」

「いや、気にしなくていい。 
待っていてくれる人がいるというのは、幸せな事だからな」
宮田はそう言うと、笑みを浮かべ、その笑みに促されたように、
浦野は、心の底にある疑問を口にした。

「…・部長…一つお伺いしたい事があります・・
先日、スパでお会いした時、一緒にいた少年…・覚えておられますか」
「あぁ…君が親戚だと言っていた、あの少年の事かな」

「はい…実は、あの少年は…」  
と、そこまで言うと、宮田が浦野の言葉を遮るように
「あの子は私の甥だ…・甥の、北沢壬深だ」  と、言った。
  
「えっ?・・・・・・………・」 
漠然とした不安が、俄かに現実のものとして形になった気がした。
そんな浦野に宮田は、

「おや、あいつ、まだ言ってなかったのか…しょうの無い奴だな。
生意気で、鼻持ちならない子供だけど、可愛い甥っこだからね…
どうだ? 壬深の奴、結構一途で健気だったりして…・可愛いだろう?」
などと言って、にやりと笑う。

「……・前からご存知だったのですか。 壬深が自分の所に居る事を」

「そうだね…君がうちの面接に来た時には、知ったばかりだったかな」
宮田のその言葉に、自分の再面接の不自然さが重なった。
そして、あんな態度にも関わらず、採用された理由が解ったような気がして、

「そうですか…それじゃ、再面接というのは…そういう事だったのですね」
浦野が言うと、途端に宮田の表情が変わった。

「浦野くん、君は何か勘違いをしているようだね。確かに壬深は、私の可愛い甥だ。 
だからと言って、それが君の採用と、関係があるかと言うと、
間違えても、そんな事はあり得ないだろうね。

私は、能力の無いものを、採用するつもりはない。
たとえ、壬深に泣きつかれたとしても、それを聞きいれる事はないだろうね。
それに…壬深も、そんな事を私に頼むような奴ではない。
あの子は子供でも、下手な大人より、そういう事は弁えている子だよ」

「それじゃ…」
「言っただろう…私が気に入った…と」  
そう言って宮田は、いつもの嫌味な笑みで大きく頷いた。

仮に、壬深の事で幾らかの贔屓目があったとしても、
この人の役に立つようになる事が、それを返上していく事になるなら。
そして、壬深のためにも…
浦野はそう思うことで、自分の気持ちに蹴りをつけようと思った。

「はい! ありがとうございます。 これからも、宜しくお願いします」

「うむ…壬深の為にも、頑張ってもらわないと…だろう?
あの子の笑顔は、人の心を癒すからね
だから…あの笑顔が消える事のないように、守ってやってくれないか。

それだけを約束してくれるなら、周りの連中の事は、私がなんとかしよう
それが君にとって、迷惑でしかないのなら…
帰って直ぐに、あの子を追い出してくれないか…どうかな、浦野君」

いつも仕事で見せる顔とは また別の真剣な目が、浦野に注がれて、
いい加減な返事をすることは許さない。 浦野には、そう言っているように思えた。
だから…腹を括ると、大きく息を吸い込み…90度にまで頭を下げたままで。

「守ります。 一生全力で守りますから…俺に、壬深を下さい」
浦野には、それしか言う言葉が無かった。

「判った…・後の事は、私に任せなさい」

その言葉に、恐る恐る顔を上げた浦野の目の前で
宮田が大きく頷くのを見て、浦野は脱兎の如く部屋を飛び出すと、
壬深の待つ、狭い自分のアパートに向かってかけ出した。

 宝物は笑う?

「壬深…・ちょっと話があるんだが・・」
そう言ってから、妙に声が喉に絡んだように、浦野は大きく咳払いをすると、

「お前に、聞きたい事があるんだ。 こっちに来て座ってくれないか」 と言った。
来た! 壬深は、内心そう思いながら、なんでもないような顔で、

「なぁに? 聞きたい事って…・」

見ていたテレビを、リモコンで消すと、はいはいをしながら浦野の前に行き、
そのままの体勢で、浦野の顔をじっと見つめる。
すると浦野が、心なしか困ったような顔をして、壬深の顔から何気なく視線をそらした。
その瞳の中に揺れるものが、なんなのか…確かめよう…壬深はそう決心した。
だから、なおも近づくと、浦野は更に体を後にそらし、両手を付いて、

「お!おい!! そんなに近づかなくても」

焦ったようにますます仰け反る。
その浦野の膝の上に跨ると、壬深は浦野の首に腕を絡め、その肩に頭を乗せると、

「やっと、捕まえた…誠さん」  耳元で囁いた。

「み…壬深…・・」 
  
「大好き…・ずっと、ずっと、好きだった…誠さんを愛しているんだ。
だから…もう、良い子は止めて、自分に正直になる事にした。
そんな、僕が嫌だったら…迷惑だったら…
今すぐ 僕を突き離して…嫌だ…って…そう言って」

「お・・お前…・なんで…」

突き放そうにも、両腕は自分の身体を支えるのに使っているのだから、
それ以上、他に使う事など出来ないし、もし仮に、空いていたとしても、
突き放す事等 出来ようも無い事は、浦野には判っていた。

「はやく…早く僕を突き放さないと…・僕は…・本当に・・」
壬深は、肩に額を押し当てたまま、小さく震える声で言う。

「壬深…お前、卑怯だぞ。 この体勢じゃ、俺はお前に答えられないじゃないか」
そう言うと、浦野は腹に力を入れて上体を起こし、両手を自由にすると、

「壬深、俺はどうしても、お前に聞きたい事があった。
それを聞いてから、お前に言いたい事があったのに、
これじゃ、逆になっちまったじゃないか。

まぁ、それでも、俺の言いたい事は、変わらなかったと思うから、
もう、どっちが先でも構わないな」
浦野はそう言うと、自由になった両腕を壬深の背中に回し、ぎゅっと抱しめた。

「誠…さん?」

「壬深、お前が好きだ。 
男の…しかも、高校生のお前に、こんな事を言う俺は普通じゃないかも知れない。
それでも、男で、高校生のお前が好きだ。
もし、お前がいなくなったらと思ったら…目の前が真っ暗になるような気がした。

大切にする…絶対、お前を泣かせるような事はしない。
だから、ずっと俺の側に居てくれ。 
お前がいてくれるだけで、毎日が楽しい…幸せだと思える。
金はないけど…絶対、お前を幸せにする…お前の笑顔を守りたいんだ」

浦野の答えは、壬深にとって、心から望んでいた言葉ではあっても、
期待していた言葉ではなかった。 半分無理だと諦めていた。
でも、日向に言われた言葉…勇気も必要だ…だから、その言葉にかけた。

嬉しくて、本当に嬉しくて…肩に埋めた顔を上げることも出来なくて、
紡いだ言葉が、涙にぬれて震える。

「誠さん…・嬉しい…・
この世に、絶対はあり得ないけど…それでも、絶対に僕を離さない」

「ああ、ありえない事でも、俺がありうる事に変えてやる。 約束するよ」


そして…
壬深の思い描いていた、R18は…・本当に、思い描いていただけで、
現実には、酷く苦痛を伴った行為で…壬深は…・

「泣かせないと言ったじゃないか! 誠の嘘つき!」
涙に潤んだ目で、浦野を睨み付ける。
そして、浦野は…

「いや、それは…・・
ごめん、初めてだったから、要領が判らなくて…本当に、すまん」
情けない顔で、布団の上で正座しながら、壬深にぺこりと頭をさげた。

「もう…どうしてくれんのさ! これじゃ、○○こも、できないじゃないか」

シーツに残る、小さな赤いシミを見ながら、壬深が、ハァ〜と溜息を吐くと、
浦野は肩を落とし、壬深以上に大きな溜息を吐いた。

そんな浦野を、横目で見ながら 壬深は小さな笑みを浮かべる。
身体の苦痛は、浦野を捕まえた証し…だから、自分にとって最高の喜び。

それを、浦野に言わないのは…この苦痛を、やがて快楽に変えてもらうため。
自分が、浦野無しで、生きていけなくなるほどに。
心は、とっくにそうだけど…身体も、そうなるように。 

だから…・頑張ってよ、誠さん。

あなたがもたらした その恋は幸運? それとも不運? 
その問いに、壬深の宝物になったそれは、引き出しの中でただ黙ったまま小さな笑みを浮かべていた。