01. 兄・弟

-兄・弟-

此処に掲載されている文章には、一部差別と見なされる言葉や、現実にはありえない表現や含まれています。
他意はなく全て架空の話として書いたものなので、それを御了承のうえ閲覧ください。
それでも御不快と思われる方は、このままブラウザを閉じて下さるようお願いいたします



ねぇねぇ…いくちゃんの兄ちゃんは、バカなんじゃないの。
違うよ、お兄ちゃんはバカなんかじゃない。

なぁ、お前の兄貴…身障なの? 時々変な声あげたりすんのか。
もう一回言ってみろよ、ただじゃおかないからな!

貴方のお兄さんは、障害者なんですって?
そうですけど…それで何か迷惑をかけましたか。

何年も、幾度となく繰り返されてきた問いかけと答え。嫌で嫌でたまらなかったその一瞬。
だが今は…胸を張ってこう答える。 永沢樹里は…俺の一番大切な…人です…と。


兄の脳は、大脳の一部が欠落し機能していないため、知能の成長は止まったままだ。
だから今でも兄は、10歳のまま…そこで留まっている。可愛い弟のように……。

「いくちゃん…今日ね、トンボを見たんだよ。しっぽが縞々になっているトンボでね、ものすごく大きかった。
あんなトンボ、初めて見た。一度で良いから、あんなの捕まえたいな。ねぇ、いくちゃん…今度捕まえてくれる?」
二十歳を過ぎた男が目を輝かせてトンボを捕まえたいと言う。
それは、傍から見れば奇異なる光景に映るだろう。だが俺にとっては、当たり前に愛しく、幸せな時間。
だから俺は、その兄への想いを込めて…答える。

「良いよ…じゃ今度の休み、一緒に捕まえに行こうか。兄さんの作ったお弁当を持って」
「うん!行こう…いくちゃんが一緒なら、きっと捕まえられるね。僕頑張ってお弁当作る」
夕暮れの土手を歩きながら、嬉しそうに笑う兄の顔が夕日の色に染まって、切なくなるほど美しく見えた。



   苛立ち

永沢郁海が、自分の兄が人より少し違うと思い始めたのは、9歳位になった頃だった。
それまでは、郁海にとって兄は自分より大きくて何でも良く知っている、とても頼りになる存在で。
時に友人に変なことを言われても、そんなことは無いと信じて疑わなかった。
だが、高学年になるにつれて、自分より年上の兄が自分と同じ程度の問題を、一生懸命に解いているのを見て。
兄は中学生なのに、どうして小学生の勉強をしているのだろう…と、不思議に思った。

そしてある日、算数の宿題がどうしても解けなかった郁海は、それを兄に教わろうとした。だが兄は。
「僕はこんな難しいの、まだ習ってないよ。いくちゃんは、もう習ったの?」
そう言うと、どこか悲しげな顔をした。その時郁海は、はっきりと気付いた。
もう直ぐ高校生になるはずの兄が…自分と同じ小学生のままなのだと。そして…
「いくちゃんの兄ちゃんは、バカなんだよ」 いつか誰かに言われた言葉が、稲妻のように頭を走り貫けた。

だからその夜、兄が寝たのを見計らって母に尋ねた。
「お母さん…お兄ちゃんは、本当は馬鹿なの?」
すると母親は少しだけ悲しそうな顔をしたが、目は真っ直ぐに郁海を見つめ…聞いた。
「どうして、そう思うの?」
「だって…お兄ちゃん、僕の宿題も解らないんだよ。それに、中学校にも行ってない…それって変だよ」
それは兄に対する不信感と、微かな嫌悪から出た言葉。そしてその感情を疾しく思いながら、
自分を正当化するような郁海の言葉に、母親は特に窘めるでもなく、静かな声で言った。

「そうかな…お母さんはそうは思わないけど…。確かに、お兄ちゃんは郁海と同じ年の頃事故にあって、
みんなと同じように勉強する事が出来なくなった。でも、一生懸命頑張っている。算数も国語も、画も。
とてもゆっくりだけど、頑張って…いつかはみんなに追いつく。お母さんはそう信じているわ。
それに、とても優しくて、弟思いの良いお兄ちゃんだと思っている。
お母さんにとっては樹里も郁海も同じく可愛い、胸を張って自慢できる子供たち。そう思っているわ」
母にそんなふうに言われると、郁海はそれ以上何も言えなかった。

正直クラスの中には、あまり算数の得意ではない子もいるし漢字が苦手な子もいる。
だからと言って、それを取り立てて指摘しようと思った事も無ければ、揶たりしたことも無い。
それでも、兄が…と思うと、どういう訳か郁海の気持ちは穏やかでは無く、無性に嫌でならなかった。
そして、今まで大好きだった兄が、尊敬の対象であった兄が、自分の中で音をたてて崩れていくような気がした。
同時に、その日を境に…兄の存在を友達に知られたくない…そんな思いが心の何処かに芽生え。
それが少しずつ育っていくのを感じながら…兄に対する自分の気持ちが、変わってしまったのを自覚していた。

郁海が中学に入学する頃には、学力では完全に兄を追い越しているにも関わらず、兄はその事に何も感じていないのか、
それまでと変わらない様子で郁海に接した。身体はまだ幾分兄の方が大きかったが、時にはまるで弟のようにも見え。
やはり傍目には違和感があったのだろう。友人の何人かに、それとなく指摘された事もあった。
そしてその頃から、郁海にとって兄の存在は益々重く…鬱陶しいものになっていった。


「ねぇ、郁ちゃん…明後日僕の学校に来てくれるよね」
樹理が食事の箸を止め、郁海に問いかける。それが樹理の通う特別支援学校の学園祭の事だと判っていた…が。
郁海は返事もせずに食べ終わった自分の食器を持つとテーブルを立ち、シンクへと運んだ。
すると樹理が、そんな郁海の動きを追うように顔を巡らせ、
「お願いだから、お母さんと一緒に見に来てよ。僕が頑張って描いた絵を、郁ちゃんに見て欲しいんだ」
今度はまるで頼み込むように言う。そしてそれは、郁海の気持ちを苛立たせ、重く沈んだものに変えた。

「俺…友達と約束があるから無理だよ」
「だって…ずっと前から言っていたでしょう。それなのに友達と約束しちゃうなんて…酷いよ」
樹里はそう言うと悲しそうな顔で俯き…カタンと箸を置いた。兄の悲しそうな顔は郁海を追い詰める。
湧き上がる苛立ちは昇華する事もできず、大きな声となって飛び出し、いつも郁海を自己嫌悪の海に沈めた。
そして今日も。

「止めろよ!そんな顔するのは。良いじゃないか、母さんが行くんだから!」
やはり大声を出してしまい。その声でビクンと身体を震わせ益々俯く兄に、郁海は更に声を荒げた。
「さっさと飯食っちゃえよ!食わないんだったら片付けちゃうぞ!」 すると兄は俯いたまま…小さな声で。
「もう…お腹一杯…ごちそうさまでした」
そう言って椅子を引くと、テーブルを離れリビングからを出て行った。

その後姿を見つめながら思う。どうしてこんな事ばかり言ってしまうのか。どうして優しい言い方が出来ないのか…と。
学園祭の事だって…以前から何度も言われていたのに…解っていて無視しようとしたのは自分なのだ。
兄が時間を見つけては近所の公園に出かけ、写生をしていたのも知っていた。
出来上がる寸前の絵も見たが、兄自身を映したような優しさに溢れた綺麗な絵だった。
そんな絵が描ける兄を羨ましく思いながら、それでも兄が障害者だという事が、どうしても嫌でたまらなかった。
たった二人きりの兄弟なのだ。障害があろうと無かろうと、寄り添い助け合っていけるはずだと…心では思う。
なのに…自分でも抑えきれない衝動が身体の中で渦を巻いて止められない。それに呑み込まれ、這い上がれない。
自分が兄の障害をどうして其処まで嫌うのか…なぜにそこまで拘るのか…郁海自身にも判らなかった。

中学も二年の終わりになると、急に延びだした郁海の身長は兄を超え、ほっそりと華奢な体つきの樹理と並ぶと、
郁海の方が兄…と、言っていいほどになっていた。それでも樹理は…紛れもなく兄で…もう直ぐ十八歳になる。
色白の優しい面立ちと無垢な笑顔は、十八歳とは思えない幼さと愛らしさで皆に愛された。
そして郁海は…樹理のその笑顔にすら苛立った。だからと言って、兄が嫌いとか憎むとか…そういう感情とも違う不可解な心。
それは、自己嫌悪の堆積した底なしの沼にも似て…自分は其処から二度と浮かび上がれない。
そんな不安と苛立ちまでも兄に向け…深く沈んでいった。


桜も綻ぶ三月…三年生が卒業してしまうと、途端に校内は閑散として何処となく寂しげになる。
生徒の数が減るのだから当然かもしれないが、やはり上級生がいないと言うのは心細い気がしないでも無く。
そのせいでも無いだろうが、生徒たちも既に短縮になっている授業が終わると三々五々帰って行く。
そして郁海も…友人の森下と二人校門を出ようとした時、道を挟んで向かい側に立っている樹里がみえた。

淡い色のスプリングパーカーにスリムパンツを軽くロールアップしている樹理の姿は、十八歳とは思えぬほど可愛らしく。
郁海の姿を見ると満面の笑みを浮かべ、大きく手を上げて郁海を呼ぶ。
「あっ!郁ちゃん、お帰り」
だが郁海は、そんな樹理に苦い顔を向けただけでそれに応えようともしなかった。
すると一緒に歩いていた森下が郁海と樹理を交互に見て…それから、訝しげな顔で郁海に聞いた。

「おい、あいつ…誰? お前の知り合い?」
「………」
「お前弟いたの? へぇ、お前に似なくてめちゃくちゃ可愛いじゃないか」
「……兄貴だよ…」
「……。嘘だろう? どう見てもお前より年下にしか見えないぞ」
森下の言葉に、郁海はいつもの事と思いながらも、やはりむっとしてしまう。だから…。
「……悪かったな。俺は老けてんだよ…」
不機嫌そうな声で言うと道路を真っ直ぐに横切り、樹里の側まで行くとその腕を掴んで歩き出した。

「痛い…痛いよ、郁ちゃん。どうして乱暴にするの」
言いながら樹里は掴まれた腕を振り払おうとする…が、郁海がじろっと上から睨み付けると途端に口を噤んで俯き。
郁海に引かれるまま後に続いた。もっと逆らえば良いのに…なんで…。そう思うと、黙っている樹理が無性に腹立たしくて、
「…なんで、こんな所まで来たんだよ…」 更に機嫌の悪い声で言い、またしても睨むような目で見ると、
「ごめんね、郁ちゃん…怒っている?」 樹里は半べそのような顔で郁海を見上げ…言った。
「学校にまで来るなよ…恥ずかしいだろう」 言ってからしまったと思った。すると案の定樹里は、
「…ごめんなさい…」 小さな声でそう言うと俯いてしまい。後から追ってきた友人の森下が、
「ねぇ、永沢はお兄さんだって言っているけど、本当にお兄さん?」 等と声をかけても、顔を上げることはなかった。

それでも森下は樹里の顔を覗き込むようにして、何かと話しかける。その声が優しげで…郁海には、それがひどく不快に思えた。
話しかける森下に苛立つのか、話しかけられる樹理に苛立つのか。どちらにしろ、面白くないのは確かで。
「いい加減にしろよ!しつこいぞ!!」
思わず大声で言った途端、樹里がびくんと身体を硬直させたのが掴んでいた腕を通して郁海にも伝わった。
最近の樹理は、郁海の苛立ちや声に怯える。それが益々郁海を苛立たせ…怒りにまで変える。

「お前、何怒ってんの?兄ちゃん怖がってるぞ」
「五月蝿いッ!!」
とうとう怒鳴ってしまった郁海に、森下は意図も簡単に郁海の急所をついた。
「お前…変だぞ。ひょっとして、兄貴の事を恥ずかしいとか思っているわけ?」
その言葉に郁海の中で血が逆流した。虫の良い話だが、郁海は自分の疾しい気持ちを誰にも知られたくはなかった。
それを森下にあっさりと見透かされ、事も有ろうに兄の前で暴かれた事で、郁海の怒りの矛先は森下に向かう。

「もう一回言ってみろ。ぶっ飛ばすぞ!!」
「何マジ切れしてんの? わけわかんねぇ奴…ばっかじゃねぇの」
何処か小ばかにしたような森下の言葉が終わる前に、抑えの効かない郁海の拳は森下の顎をめがけ炸裂した。
ガツッ…という音と共に森下が後ろによろけ、森下は一瞬驚いたような顔で自分の顎を擦ると、途端形相が変わった。

「なっ!何すんだよ!!いきなりぶっ飛ばしやがって」
「くだらねぇ事、べらべら喋ってるからだ」
「くだらねぇのは、お前の方だろう…何が気にいらねぇのか知らねぇけどよ。
自分のイライラを人にぶつけやがって。上等じゃねぇか…やってやるよ」
森下が怒鳴るように言うと、持っていたカバンを投げ捨てる。そして、今にも郁海に殴りかかろうとして身構えた時、
樹里がまるで郁海を庇うように二人の間に立ち塞がった。

「ごめんなさい。郁ちゃんと喧嘩しないでください。郁ちゃんは悪くない。僕が郁ちゃんの嫌がる事をしたから、僕が悪いんです
だから、僕を打っても良いから郁ちゃんは打たないで…お願いします」
90度近く身体を折り、声を震わせて森下に頭を下げる樹里の姿を目にして。
郁海は、森下に対する怒りが自分の中で訳の解らない憤怒に変り、身体が震えるのを感じた。
それは一体誰に向かう怒りなのか。森下に対してなのか、それとも兄か。それは多分…自分に対するもの。
だから、郁海はそれを兄に向ける。森下は…普段は仲のよい友人の筈なのに、殴りあいになってしまうのは…。
全部…全部樹理のせい。そんな身勝手な憤りに変えて、それを兄にぶつける。

「止めろ! なんでそんな真似するんだ。関係ないだろう!!!出しゃばるんじゃねぇよ」
「だって…僕はお兄ちゃんだから…郁ちゃんは僕が守らないと」
郁海の怒鳴り声に振り向いた樹里の目は涙で潤み、言葉を紡ぐ唇が震え吐き出す声まで震える。
なのに…目にするそれすらも無性に腹立たしくて…理不尽と判っていても、八つ当たりと判っていても怒鳴ってしまう。
「ふざけんな!何が兄貴だよ。いつまでたっても十歳のくせに…兄貴面すんじゃねぇ!!」
「…だって…ごめんね、郁ちゃん…」
そう言うと樹里の目から、溢れた雫が頬を伝って流れ落ちた。

その雫を見ながら思う。樹里はいつだってそうだ…自分が兄だからと言って、弟の郁海を守るのが当然と思っている。
だから、今日のように危険を顧みず郁海の盾になろうとする。
その度に湧き上がる言いようの無い苛立ちと怒りが、益々郁海を追い詰め…握り締めた拳を兄に向けたくなる。
樹理が謝ることなんて何一つ無いのに…何でいつもそうやって謝るのか。いっそ…その笑顔まで壊したくなるというのに。
でも本当は…疎ましいのは自分の心…醜く歪曲した自分自身が一番疎ましい…と判っていた。

「………。永沢…お前の兄貴めちゃくちゃかっこ良いじゃないか…体張ってまで、自分よりでかい弟を守ろうとしてさ。
最高の兄貴じゃないか。羨ましいよ、そんな良い兄貴がいてよ。俺も欲しいくらいだ」
さっきまでと打って変わった声で言いながら森下の手が肩に載り、その一瞬郁海の中の激流が凪いだ。そして森下は。
「お兄さん、俺こいつの友達で森下淳一…宜しく…」
そう言うと、今度は樹里に向かってやけに愛想のいい顔でにっこりと笑いかけた。
そして樹理は、突然話しかけられた事に幾分戸惑いながらも森下に向かって丁寧に頭をさげる。

「え? あ、僕は樹里…永沢樹里です。宜しくお願いします」
それは子供が大人に向かってする挨拶よりも礼儀正しく、不自然なようで如何にも樹理らしい…そんなふうにも見えた。
それは森下にも同じように映ったのか、まるで昔年の友のように親しげに、優しげに。
「ジュリか…お兄さんにぴったりの名前だ。今日から俺も樹理ちゃんの友達で良いかな? 俺の事は淳って呼んで良いからさ」
樹理に向かって話す森下に、郁海はまたもや不機嫌そうな顔になる。

だが樹里は、森下がもう怒っていないと判った事で安心したのか。
「じゅん…くん…ですか? 僕の友達に同じ名前の子がいる。ねぇ、郁ちゃんどうしよう、順君と同じ名前だよ」
そう言うと、少し困ったような顔で郁海を振り返り…まるで助けを求めるように潤んだ目で郁海を見つめた。
その様子から、「じゅん…」という二人の人間を区別して呼びたいのだ…という事は郁海にも判った。それでも郁海は。

「……。そんな事どうでも良いよ…帰るぞ…」
やはり不機嫌そうな声で答える。すると、いつもなら其処で項垂れてしまう樹理が、少しだけ強い口調で更に続けた。
「良くないよ…。ちゃんとしないと、どっちのじゅん君か判らなくなっちゃうよ」
それは樹理にとっては精一杯の主張なのかも知れないが、郁海にとっては決して不快なものでは無かった。
だから、無愛想な声と口調ではあっても、自分なりに樹理における森下の位置を示唆する。

「…じゃ、こいつは森下にしろよ…淳なんて名前で呼ぶな…」
「うん、判った。森下君だね」
樹理は、郁海の返事が嬉しかったのか、それとも二人を区別出来た事が嬉しかったのか…にっこり笑って頷き。
そんな二人の様子を見ていた森下は、意味ありげな笑いを浮かべ…今度は郁海に向かって言った。
「へぇ…そういう事か。樹理ちゃんに、俺の事名前で呼ばせたくないんだ」

「どういう意味だよ」
「別に…でも、やっぱ可愛いな。お前の兄貴。俺も、樹理ちゃんの弟になりたいよ」
如何にも軽い口調で言う森下の言葉から、嫌味などは感じ取れなかったが。それでも、その声には何かが含まれている。
郁海はそんな気もした。だからと言って、それが何なのか考えても判る筈も無く…ただ。
【こいつ…ふざけている。けど…樹里を見る目が…とても…優しい】
そう思った途端、郁海の胸の中でくすぶるものに小さな火が灯った。

「……一人で、勝手に言ってろ」
郁海は森下に向かってそう言い捨てると、もう一度樹里の腕を掴み歩き出す。
樹里は腕を掴まれたまま、むっつりと口を噤んだ郁海に逆らうこともせず、黙って後に続く。
だがその顔は、気のせいか少しだけ嬉しそうに見えた。

成長する事も無く、弟に追い越されても…永遠に十歳のまま其処に留まっている兄。
それでも兄は…もう直ぐ特別支援学校を卒業しなければならない。学校を卒業したらどうするのだろう。
誰と寄り添い…生きるのだろう。誰が樹理を……兄という名から解放するのだろう。