手のひらに君をつつんで

痴漢は策略家?

湖杜に背広の袖を捕まれ、ホームに下りた楠本は、どうにも歩き方が不自然になる。
なにせ、男にとって一番の急所を握られたのだから致し方ないだろうが。
【どうせ握るなら、棹にしてくれりゃ良いのにとんでもない事をしてくれる】
心の中でそう思っても、そんな事は口が裂けても言えるわけもなかった。

乗り換えだから、降りなくてはならなかったのだが、乗換えの電車になど乗れそうもなく、
内股ぎみの歩きで湖杜に引かれるまま、すごすごとホームの階段に向かいながら、
これで、自分の将来も終わった楠本はそう思った。

でかでかと『商社マン、美少年?に痴漢行為で逮捕』 の見出しと一緒に、母親の泣き顔が浮かんだ。
掴んだ手を振り払い、人混みを蹴散らして逃げようかとも思ったが。
湖杜がしっかり 「逃げたら、叫ぶよ」 そう言って脅すから逃げる事も叶わず。
それに、公序良俗に反する現象?は、不可抗力でも言い訳にはならない。
今更逃げてもそんな諦めもあって、

「すみませんでした。詫びて済むとは思っていませんが、本当に申し訳ありませんでした」
楠本は、袖を捕まれたまま平身低頭さながらに頭をさげた。
すると、可愛い顔に悪魔の笑みの湖杜が、今度は可愛い顔に可愛い笑みを浮かべ、
「悪かったと思っているんだ」  なぜか楽しそうに言った。

「はい、大変不愉快な思いをさせてしまったと心から反省しています」
口で言いながら楠本の頭の中では、不可抗力の文字がリフレインする。
だが、笑みを浮かべたままの湖杜は、しっかりと楠本の背広の袖を握ったままで。
気のせいか、この状況を楽しんでいるようにも見えた。そして、楠本が半分予想していた言葉を吐いた。

「そう。だったら、誠意を見せてもらえるかな」 湖杜のその言葉で。
【そうかやはり、そういうことか】
楠本は、被害者が恐喝者に変わる一瞬を見たような気がした。それでも、心の内を隠し、
「誠意ですか? それは私で出来る事なら何でも」

答えながら、一度で済むのなら身から出た錆と思い、求めに応じても良いが、
一度で済むのだろうか。などと、頭の中で考えていると、湖杜が悪びれる様子も無く続ける。
「それじゃ、会社に電話をして今日は遅刻だって伝えてよ」
その口調があまりのも自然なものだから、楠本は思わず承諾しかけ機と思い直した。

そして、一応法外な要求には応じられないの意味を込めて。
「遅刻ですか? 警察に行ったら遅刻では済まないのではないですか」 警察の言葉を口にした。
すると今度は湖杜の方がちょっと驚いたような顔をしそれから、如何にも楽しそうに笑う。

「嫌だな、警察になんか言わないよ。それとも、行きたいの?警察」
「いやそれは。でも、法外な要求でしたら警察に」
「会社を首になっても?」
「恐喝されるより、罪を償った方がマシですから」
そう言いながら、少しだけと言うより大いに理不尽な気がしないでもなかった。

確かに、車中でチ○○を勃たせたのは自分だが、たかだか腰に押し当てたくらいで。
それも、あの状況では不可抗力としか言いようがない。と自己弁護をしてみるが、
それでも、自分と湖杜の外見から判断されたら、身体の大きい自分の方が不利なような気もした。

女の子のように可愛い顔と、楠本が女性と勘違いほどに華奢な体つきの湖杜では、
「痴漢されました」 と、涙混じりに訴えられたら、誰もが湖杜の方に同情するだろう。
そして自分は、ただの変態に思われるかも知れない。不利だ。どう考えて不利だ。如何したものか。
仕事ではそこまで悩まない頭を悩ませていると、湖杜が楠本の内心を悟ったのか。

「へ〜 そうなんだ。お兄さんの潔さには、ちょっと感心したし見直した。
だから安心して良いよ。俺は、人の弱みにつけこんで恐喝なんて事はしないからさ。
でも、やっぱ話だけはしたいから、電話はした方が良いと思うけど」
そんな事を言い、湖杜のその言葉で楠本の頭に自分に都合の良い考えが浮かぶ。

そうだ相手も男なのだから男の生理的なものには、理解があるはずだ。
それに、男が痴漢に遭ったなんて。あまり言いたくないだろう。出来る事なら穏便に済ませたいのでは。
そんな希望?もあって、楠本は出来るだけ低姿勢で行くことに決めた。

「そのようですね。解りました、電話をさせて下さい」
「うん、でも手は離さないよ。だから、片手でね」
湖杜はそう言い、背広の袖を握った手を放そうとはせず楠本は、しかたが無いので、
掴まれていないほうの手で携帯を取り出すと、会社に嘘の理由で遅刻する事を伝えた。



  相手は男なのに


「ちょっと、一緒に来て」
楠本が湖杜に連れて行かれたのは、どういう訳か駅のトイレ。
なんで? あぁ、そうか。 楠本は、湖杜が逃げるのを警戒しているのだと思った。だから、

「用を足すのでしたら、私は外で待っています。心配しなくても大丈夫です。
今更逃げようなんて思っていませんから」
そう言ったからとて騒ぐ事もないだろうと思ったが、それでも相手の機嫌を損ねないように、
出来るだけ優しい声で、誠実そうに楠本は言ったつもりだったが、
湖杜は楠本を見上げると、何言っているの? そんな顔をして楠本を引っ張った。

「それじゃ、意味ないの。さっさと入って!」
「えっ? おっ、おい! 君!!」
言いながら抗ってみるが、とっさの事と結構強い力で引っ張られたため、
倒るようにして楠本まで狭い個室に納まってしまった。その途端、湖杜は、
「シッ」 と人指し指を自分の唇に当て、カチッと鍵をしめてしまった。

「え? おい! 何なんだ、君はなんで、二人で用を足さなくちゃならないんだ」
思ってもいなかった湖杜の行動に、楠本は事態を理解しようと頭をフル回転させるが、
あまりの予想外の出来事に、考えが空回りしている間に、湖杜の手が楠本の股間に添えられた。
そして、
「あ〜ぁ戻っちゃったね。大丈夫、直ぐに大きくしてあげるからさ」
そう言うと、楠本が今まで出会った人間の中で一番可愛い?のではと思えるような顔で、
にっこり笑う。 だがそれはそれ、これはこれで、え? の、何乗かの え? と思っているうちに、

湖杜が楠本のズボンのベルトを緩め、ファスナーを引き下げる。そして下着までをもずり下げた。
そして、中心にぶら下がっているものに目をやると、なんとにっこり笑顔で、
「やっぱ、生は美味そう」 
とんでもない事を言うや否や、パクっとそれを口に含んだ。

「?????????? え? えぇぇぇ−−−−うわっ!!!!」

思わず声を出しそうになって、楠本は慌てて自分の手で口を押さえる。
腰を引こうにも、湖杜は便座に座り楠本はそれに向き合うように立っているため、
狭い個室の中ではキチキチの狭狭で逃げようもない。
さりとて、大きな声を出してこの状況を誰かに見られるのは、かっこ悪すぎた。

なぜこんな事が起きているのか、全くもって理解できなかったが。
それでも、湖杜の口に含まれた自分のものが、次第に質量を増していくのが判った。
相手は男なのになんで? どうして? ああ、もう何がなんだか。
でも気持ち良い。ひょっとしてあの手は、この青年の手? だとしたら、痴漢はどっちだ?

様々な疑問と理解不能な状況の中でも、既に湖杜を突き放そうという意志は消え失せてしまい。
それどころか、与えられる刺激にはきちんと答える素直な自分の分身に、我ながら呆れる。
そして、朝シャワーを浴びてきて良かったなどとバカな事を考えながら目を下に向けると、
目の下で、湖杜の頭が僅かに揺れていた。

その様が妙にリアルで、耳に響く濡れた音がやけに大きく、卑猥に聞こえ。
自分の股間に顔を埋めている湖杜が、男である事すら忘れ与えられる快感に呑まれそうになる。
そして、巧みな舌使いで楠本の分身を追い上げ時折
「ふんん」
鼻から漏れる湖杜の吐息がやけに甘く聞こえ、楠本は思わず湖杜のサラサラの髪に手を伸ばした。

すると、湖杜が少しだけ顔を上げ熱に潤んだような目が楠本を見上げる。
ほんのりと染まった目元も、まるで別の生き物のようなピンクの舌先も、酷く猥らに思え、
どくん! と、心臓が大きく脈打つと、全身の血が堰を切ったように流れ始めた。
そして、このとんでもない青年に対し、奇妙な感情が芽生えてくるのが不思議だった。

【しかし、上手だな。 もっとも、誰彼構わずこんな事をするくらいだからって事は。
当然、その先も経験済みって事になるんだろうな。可愛い顔をして、することは人一倍しているって事か】
そんな事でも考えていなければ、湖杜の吐き出す息の隙間から洩れる濡れた音に、
絡みつく熱い舌の感触に支配され。自分自身、我慢の限界がすぐ目の前に迫っていることを感じていた。

下腹がビクビクと震え、湖杜の口のなかにある楠本自身もビクビクと痙攣する。
楠本は、湖杜の頭に添えていた手に少しだけ力を入れると、強く目を閉じ。
「もう、いきそうなんだが離してくれないか」
掠れそうになった声を、無理矢理喉の奥から押し出し、湖杜の頭を引き離そうとした。

「ひいよひっへも」
おそらく、いっても良いと言ったのだろうが、そういう訳にもいかない。
駆け上がって来る本流を必死でせき止め、湖杜から逃れようと、楠本が腕に力を入れると、
湖杜が唇と舌を使って吸い付くように吸った。その強い刺激に、楠本の顎が仰け反り。

だめだ離せ! あっもういく
そう思った途端、下腹の辺りがせり上がり、止めることも出来ず、
腰を突き上げるような動きをすると、熱く滾るものを湖杜の口の中に放出してしまった。


脳天まで貫く快感に硬直した全身が緩み、我に返ると自分の姿に唖然とする。
上半身は背広に、きちんとネクタイを締めているのに、上着の裾から、ワイシャツがだらしなく垂れ下がり、
ズボンは膝の辺りまでずり落ちて、パンツが尻半分のあたりで、前を丸出しの状態で丸まっていた。

「凄い格好だね。でも、美味しかったよ。ご馳走さん」
湖杜がそう言って楠本を見上げ笑う。その濡れた唇が、自分の放った残滓のせいだと思うと、
楠本は、どんな言葉を放って良いのか判らなかった。
それなのに、愛しさにも似た不可解な感情で湖杜の頬にそっと両手を添えた。

たとえそれが、一時の感情だとしても、今確かに自分の中にあるもの。
それに少しだけ戸惑いながらも、湖杜にかける自分の声が思ったより優しく聞こえた。


「飲んだのか」
「うん溜まっていた?」

「なんでだ」
「濃くて、量も多かったから」
その言葉にそう言えば、このところ忙しくてチラッとそんな事が頭に浮かんだが、
それよりも,、男に咥えられ達ってしまった恥ずかしさと、欲求不満みたいでかっこ悪い。
この期に及んで、そんな些細な見栄とで矛先を変える。

「いつも、こんな事をしているのか?」
「嫌だな、する訳ないでしょう? だって、男に○○○押し付けてくる奴なんて、普通いないよ」
湖杜はシレッとした顔で言い。楠本は、やはりこいつは、悪魔っこだなんて思いなおし。
さっきの感情を打ち消そうと試みるが、なぜか自然と笑みが浮かんでくる。だから、

「ゴメン嫌味じゃないんだ」
そう言った湖杜の言葉を、湖杜の目一杯の嫌味と照れ隠しと、受け取る事にして、
楠本も目一杯の嫌味で返す事にした。
「嫌味でも何でも良いよけど、男をトイレに引きずり込む方もどうかと思うが」
それなのに湖杜は、意外な事を臆面もなく言う。

「うん、そうだね。 でも、お兄さんと同じで、俺もその気になっちゃったからさ」
「その気に? なんで」
「お兄さんのが、腰に当るから」
全く、悪気が無いというか、まっ正直というか、羞恥心が無いというか、
楠本には、そのあけっぴろげさは理解できなかったが、不思議と憎めない奴だと思った。
だから、つい聞いてしまった。

「君はゲイなのか?」
「さぁどうなのかな」
「まぁ、どうでも良いが。 それで、今度は俺に君のものを咥えろとそういう事か?
それが、君の言う誠意というやつなのか?」
すると湖杜は、急に不機嫌そうな声で

「別にそんな事、言ってないだろう。 もう、これでチャラ。おしまい。
そういう事だからゴメン、会社遅刻させちゃって」 
そう言うと、楠本の丸まったパンツを治し、力なく項垂れているジュニアを隠してくれた。

考えてみたら、なんで直ぐにズボンを上げなかったのか、自分でも不思議に思ったが、
予想外の出来事に、そんな事にも気付く余裕が無かったのかも知れない。
楠本は、それからズボンを引き上げ、ワイシャツを押し込むとファスナーを上げ、
それから、湖杜の腕を掴むと外の様子を伺いドアを開いた。

狭い個室から、幾分でも広い洗面室に出ると、やっと、平静さを取り戻せたような気がした。
幸い人の入ってくる気配も無く、楠本は改まって湖杜に向き合う。
別に、湖杜のした行為が不愉快とか不満とか、そんな気持ちではなく。
ただ、このままでは不公平な気がした。なぜそんなふうに思うのか解らなかったがそう思った。

「これでは、君に奉仕してもらったようなものじゃないか。納得出来ないな、俺は」
「えっ?」
湖杜は、その言葉の意味を図りかねているように楠本を見つめる。

「どうすれば良い次は、君を満足させる為に、俺は何をすれば良いんだ?」
「良いよ、そんな事。 それより、さっさと会社行きなよ」

「会社には、午後から出社する。 だから、言ってくれないか。俺は、どうすれば良いのか」
「無理だよお兄さんには」

「君はいつも、男とセックスをしているのか?」
楠本のその言葉に、湖杜が一瞬身体を硬くしたと思ったら、きつい目を楠本に向けた。そして、
「ノーマルのくせに、なんでそういう事を、平気で言うんだよ」
そう言った湖杜の声が、まるで拗ねているように聞こえた。

【ノーマルの男をトイレに引き込んで咥えたのは誰だ?】
楠本はそう思いながら、睨むように楠本を見つめている湖杜の瞳の奥に、
微かに揺れる残り火のようなものを垣間見たような気がした。
考えてみれば、放ったのは自分だけでこの青年はどうするのだろう。

もしかしたら他の誰かと。
さっき上から見た湖杜の艶を帯びた目と、甘い吐息が誰かの目に、耳に届く。
思った途端、楠本の胸の奥で言葉に出来ない不快な感情が芽生えた気がした。
だからその感情の名を知りたい。確かめたいそんな気がした。

「たとえ俺がノーマルでも、君の協力があれば事をなす事は可能だろう?
勿論、俺は男を抱いた事がないから上手く出来る保障は無い。
けど、君が満足するなら、俺についているものは君の自由に使って良いそれなら、どうだ?」
そう言いながら、楠本は自分の放った言葉に少しばかり驚きながらも、
その場面を思い描いても、決して嫌悪していないのを自覚していた。

「お兄さん、変だよなんで其処までするのさ」
湖杜の不可解そうな顔が、慌てたような態度が、拗ねたような口調が、今はとても可愛らしく思えた。

「そうだな俺は、自分でも驚いている。まさか、男のフェラで射精するとは思ってもいなかったからな。
それに今日俺たちは、お互いに痴漢しあったんだ。俺は君に君は俺に。
これはeven だと思うから、今度はお互いに協力し合うのも良いかなと、
そんな気がしたんだが。勿論君の同意があればの事だが」

「お互いに痴漢か。そうだね、俺はお兄さんだったから、触りたいと思った」
「そうか、俺も君の匂いと君の温もりに刺激されて勃起してしまった。
だからそれがどういう事なのか、確かめてみるのも良いと思わないか?」

確かめてそこに何かが見つかれば、痴漢も別のものに変わるかも知れない。
既に、予感はあった。ただ、予感を現実のものに変えるために。いつか、君に愛を語るために。
手のひらに君を包んでみよう。

「俺は楠本隆君の名前は?」
「俺は、三矢湖杜。宜しくね、お兄さん」