『指きり』の理玖と透太の父親同士の話。読み切りです。
   バレンタインに絡めるつもりが、ちっとも絡んでくれない愚息たちに代わり陳謝ですm(__)m


  不埒   生垣譲(ゆずる)38歳 × 里見直行 42


夏の休暇、年末年始の休暇…決まって流れる事故のニュース。
そのたびに誰もが、楽しいはずの休暇中になんと運の悪い。可愛そうに…そう思いながら見る。
それでも、どんな悲惨な事故も次の日になると目まぐるしく変わる報道に昨日のニュースの事は忘れてしまう。
そして誰も…そんな参事が自分の身に降りかかってくるとは思いもしない。
里見直行と生垣譲もそんな人達のなかの一人だった。

里見直行の妻と生垣譲の妻は従姉弟同士で大変仲が良く、本当の姉妹のようにして育った。
結婚してからも、お互いの家が近所だったと言う事もありその仲の良さは変わりなく。
両家の子供たちは、幼い頃からの想いを実らせて今は恋人同士になっている。
そしてその年の冬、里見直行の妻と従姉弟は、久し振りに一緒に帰郷する計画をたて車で出かけた。
それが昨夜半の事で…その翌日の昼前、里見直行と生垣譲は事故の連絡を受けた。

高速を降りて一般道に入って間もなく、反対車線を走っていた大型トラックが車線をはみ出し。
妻たちの車に突っ込んで来て…正面衝突。原因は大型トラックの運転手の居眠りによるものだった。
二人はほぼ即死。それなのにその運転手は軽傷で済み。事故とは言え余りにも理不尽な、妻の突然の死。
その遺体を目の前にして泣き崩れる生垣を前に、里見直行は立ちすくんだまま涙も見せなかった。

人の許容を超えた驚きと悲しみは全ての感情を麻痺させてしまうのか…泣く事も出来なかった。
理不尽さも憤りも、悲しみも…凍ってしまったかのように。無表情な顔で、ただ黙々とするべき事をする。
そんな直行に息子の理玖が言った。母さんが死んだというのに、良く平気な顔をしていられるね……と。

妻を心から愛していた。平気なんかである訳がないがない。悲しくて…妻の遺体に取り縋って泣きたい。
それなのに泣けない。まるで全ての感情が凍ってしまったように…直行の心は何も感じる事が出来なかった。



   不埒な親子


土曜の昼下がり、一緒にテレビを見ていた生垣譲が突然息子の透太に向かって聞いた。
「なぁ、透太。お前と理玖は…そのなんだ。あれをする時、どういうふうにやっているんだ?」
突然そんな問いかけをされ、息子の透太は露骨に嫌そうな顔をし、やはり嫌そうな声で言う。
「……。なんだよ、厭らしいな…変態!」

「へっ、変態って…お前がそれを言うのか?
俺に言わせると、お前等のやっている事も充分過ぎるほど変態だと思うんだがな」
すると透太が真っ赤になってそっぽを向き、それから口ごもるようにぼそりと言った。
「うっ…うう……お、俺に聞くなよ。そんな事は理玖に…理玖に聞けよ。俺はやられる方なんだから…わかんねぇよ」
透太のその言葉に、そうか、自分の息子は…やられる方なのか。そう思うと、生垣は少しだけ情けなくなった。

気は強いが、笑うと大きな目が少し垂れて近所の娘等より可愛い顔をしている。
身体も…運動は得意だが、どちらかと言えば細くて華奢に見える。
それに比べ従兄弟の理玖は…すらりと背が高く、顔はえらく優しそうだが男前でその上頭も良い。
男としては誰が見ても息子より数段格上に見えるだろう。

そうだよな…どう考えても、透太が理玖を押し倒している光景は想像し難い。
生垣はそんな事を思いながら、そっぽを向いている透太に声を顰めるようにして言った。

「ばか、理玖に聞ける訳ないだろう」
「何でだよ。なんで理玖には聞けないのに、俺には聞けるんだ?」
「だってそうだろう。お前の親父を慰めたいから、やり方教えろ…なんて。いくら俺でも、そんな事聞けないだろう。」
「お前の親父って? まっ! まさか…叔父さんの事か!!」
「あ…あぁ…そうだ…」
「えーーー!まじでか。 止めてくれよ。冗談にしても笑えないぞ、親父!」

「冗談なんかじゃないさ。母さん達が亡くなって…俺も直さんも自分の半身を失ったようなもんだ。
悲しくて…寂しくて…どうして自分だけ残された。あの時二人だけで行かせるんじゃなかった。
後を追って死にたい…そんな事ばかり考えて眠れない夜が続いた。けどな…残された者は生きているんだ。
後悔やら、虚しさだけだとしても。生きている事がどんなに辛かったとしても。息をし、飯を食って、糞をして。
自分でも気づかないで生にしがみ付いているんだ。

たとえ俺が母さんの後を追ったとしても、母さんは…あの世に行った途端俺を怒るだろう。
カンカンに怒って、優しくは迎えてはくれないだろう。お前には嫌味に聞こえるかも知れないが、
俺が爺さんと呼ばれるのも一生望めないし、この先何の楽しみも感じられない…そう思っていた」
生垣は、自分の言っている事が徐々に本題から逸れている事にも気づかず話し続ける。そして息子の透太も。

「……。ごめんよ父さん。爺ちゃんにしてやれなくて…」
などと言って、殊勝な顔で謝ったりする。それがどういう意味か…と言うより、
普通の親子ではありえない会話なのだが、二人にとってはさほど違和感もないのか。
「いいんだ…そんな事は、お前たちの事を認めた時から覚悟していたことだ。でも、その時は母さんがいたからな。
母さんと二人で肩を寄せ合って…一緒に墓に入るまで仲よく歳を取ろう…そう言っていたんだ。
それが独りになって、俺ほど不幸な人間はいない。そんな気にもなった。

けどな…時間が経つにつれ、どんなに辛い事も、悲しみも、寂しさも、少しずつ薄れていくもんだと実感した。
薄れると言うより、諦めて現実に慣れていくんだろうな。それもまた、寂しいものだよ。
最近じゃ、母さんの事で思い出すのは、俺やお前に文句を言っている顔とか、テレビを見て笑っている顔とか。
そんな母さんの顔ばっかりだ。考えてみたら…俺は母さんに何にもしてやってなかった。

旅行に行ったのだってお前が小さい時だけで、二人で食事に行った事もなけりゃ、何かを観に行った事も無い。
プレゼントひとつ、買ってやった事もなかったような気がする。それでも…いつも笑って。
文句言いながらも笑っていた。本当に、俺には過ぎた女房だったと思う。お前の母さんは」
と、まるで夫婦ののろけ話のような事をしみじみと言う父親の顔は、なぜか幸せそうにも見えた。
だから、そんな父親がなぜ今更…それも女では無く男の叔父に…透太にはそれが疑問に思えた。

「父さん…。だったら、なんで叔父さんを…なんて言い出したのさ。
母さんが死んで寂しいからか? 俺も男だから、少しは父さんの寂しい気持ちも判るけど。
それだったら、風俗とか…そういう処理をしてくれる所に行けば良いだろう。
残されたもの同士、手軽に間に合わせようなんて…欲求不満の解消のつもりなら、叔父さんに対して失礼だぞ。
それに…男同士って、精神的に結構きついぞ。本当に好きでなきゃ出来ないよ」

「違うんだ。寂しいとか、やりたいとか…そういう事じゃなくて。もっと……何て言うのかな。
偶然見てしまったんだ。直さんが、泣きながら自分で自分を慰めているところを」
「はぁ? それを見て、こんなバカな事を言い出したのか? 変態! 不埒者!!」

「不埒? 馬鹿! 違うって言っているだろう!! ちゃんと人の話を聞けって。
直さんは俺より年上で、頭も良くて、その上一流会社勤めの…世間から見ればエリートだ。
本当なら、俺なんかが対等に付き合っていけるような人じゃないと思っている。
けどあの人は…美佐江ちゃんが俺の事を、兄さんと呼んで慕ってくれていたから。
まぁ、歳下ってのもあるから、兄さんとは呼ばないが、それでも生さんと言って年下の俺をたててくれる。
気持ちの優しい、本当に良く出来た人だ。

そんなあの人が、美佐江ちゃんにほれ込んで女房一筋だったって事もよく知っている。
おそらく、浮気なんてした事もないだろう。だから、最愛の美佐江ちゃんが亡くなって、
俺より数倍も落ち込んでいるのも良く判る。何たって、仕事も出来なくなっちまったのだからな。
半年過ぎた今でも家に閉じこもって、何をするでもなくただぼんやりと美佐江ちゃんの位牌の前に座っている。
それでも…救いがあるのは、会社を辞めると言ったあの人を、会社が引きとめてくれた事だ。

けどな…今は病気療養と言う事にして休暇扱いにしてくれているが、それもいつまで持つか。
所詮企業なんて、見込みがないと判りゃ切り捨てるものだ。直さんも今のままじゃ、いずれそうなる。
だから、一日も早く元気になってもらいたい。
それには、自分は男としてまだまだ元気だと、自覚出来るのが一番の早道じゃないか…と、俺は思った。
美佐江ちゃんがいなくなって、勃たなくなったものが回復したら…男としての自信も回復するんじゃないか。
俺は純粋にそう思っただけなんだ」

「え? 勃たない…って、叔父さんインポになっちゃったの?」
「うむ…どうも、そうらしいんだ。美佐江ちゃんの写真の前で、勃たない…って泣いていた。
その姿を見たら…なんか不憫になって…可愛そうになってよ」
「……。もしかして…惚れたの? 叔父さんに。理玖に似て良い顔しているもんな、おじさん」
「ばか! 理玖に似てんじゃねぇ、理玖が直さんに似てんだろう。それに、惚れたとか…そういう事じゃないんだ。
ただなんとかしてやりたい。元の直さんに戻ってもらいたい…それだけだ」
生垣はしみじみと言い、それから肩を落しはぁ〜っと大きく息を吐き出した。

そんな父親の顔を見ていると、父親が決していい加減な気持ちでこんな馬鹿げた事を言い出したのでは無い。
その事だけは透太にも理解できた。だが現実問題として、男が男に触れられてインポが治るとは思えなかった。
と言うより、叔父が黙って父親に触らせるとは思えなかった。

「そう……。でも、難しいと思うよ。いくらインポでも、男の父さんに触れたいとか、
触れられたい…とかは、思って無いんじゃないの」
「……。そうか…やっぱり、無理か…」
「うん…。でも、父さんの気持ちを、そのまま態度にして叔父さんに伝えたら、叔母さんの代わりにはなれないけど、
支えにはなれるよ、きっと。だから、下手に手を出さない方がいいと思う。でないと、今の関係も壊しちゃうよ」
透太はそんな事言いながら、正直心の中は複雑な思いで一杯だった。

確かに、母親が亡くなって悲しかったのは自分も同じだったから、落ち込んでいる父親の姿を見ているのは辛い。
でも、自分には理玖がいる。今は恋人として、一生共に歩んで行こうと約束をした理玖が。
それで悲しみが半減するか…と言われればそうではないのだが、
少なくとも悲しみを分かち合い、癒し合い、前に進むために手を繋ぐ相手がいる。
そう思った時、父親や叔父は一人なのだと思った。伴侶を亡くした辛さも悲しみも一人で背負っている。
子供の自分や理玖がいても、寄り添って全てを分ちあってくれる相手は…もういない。

だからと言って、自分の父親と叔父が…というのも、単純には喜べない…と言うのが本音だった。
まさかとは思うが、父親が叔父を無理やり…なんて事になったら…そう思うと、やはり理玖にも話した方が良いのでは。
多分反対するだろう…と言うより怒るだろう。けどその時は自分が謝れば済む事だ。二人で父親を諌めよう。
一晩考えた末、透太にはそれが一番いい方法のように思えた。



   不埒な息子達の会話


それなら早い方が…透太はそう思い、朝父親が家を出ると直ぐに理玖に電話をかけようとした。
その時、まるでそれを見計らったかのように玄関ドアが開き理玖が顔を見せた。そして開口一番。
「透ちゃん、今日は二人でバレンタインのチョコを作ろう。材料は全部仕入れてあるからさ」
どこか楽しそうな顔でそんな事を言われ。そう言えばもう直ぐバレンタイン。そう思った途端…透太は。
毎年、父と自分に手作りのチョコレートをくれた母の事を思いだした。

小さい頃ならともかく、中学にもなって母親からのバレンタインチョコなんて…嬉しくも無い。
そんな事を思いながら、部屋でこっそり食べるチョコは甘くて…やはり少しだけ嬉しかったりもした。
その母はもういない。だから…今年のバレンタインチョコは悲しい味がするだろう…そんな気がした。
それに…母親から以外滅多にチョコなど貰えない透太に比べ、毎年山ほどチョコを貰う理玖が幾分妬ましくもあり。
昨日から父親と叔父の事で悩んでいた透太は、理玖の言った「作る」の意味を考える余裕も無かった。だから、

「バレンタインのチョコ? 何言ってんだよ。叔父さんが危ないって時に、呑気にそんな事言ってんじゃねぇよ。
チョコなら、食いきれねぇほど貰えるだろう…お前は」
少しばかり大袈裟な叔父の危機と理玖への皮肉を込めて言う。すると理玖は、透太が思っていたより驚きの表情で、
「えっ、いきなりどうしたの。それに、父さんが危ないって…一体どういう事なの!」
持っていた紙袋をテーブルの上に置くと、いつにない詰め寄るような口調で聞いた。

確かに…母親を亡くし今度は父親まで危ないと聞いたら、いつも冷静な理玖とて穏やかではいられないのだろう。
そして、ちっぽけな妬みで言ってしまった言葉が、大切な恋人の理玖に大きな不安を与えてしまった。
そう思うと、透太は自分の矮小な心が情けなく思えた。だから、
「ごめん…叔父さんが危ないって言うのは、命がどうとかじゃないんだ。俺の言い方が悪かった、心配させて…ごめん。
実は…昨日親父がさ…変な事を言い出して。それで、俺一人じゃ考えても判らなくて…お前に相談しようと…」
ばつの悪そうな顔で昨日の父親との会話を話す。すると透太からその話を聞いた理玖が。
「本当なの? 叔父さん、本当にそんな事言っていたの!」
やはり真剣な表情と勢い込んだ声で言い、やっぱり怒った…透太はそう思った。

「うん、ごめんよ。でも親父には、変な気を起こさないように釘は刺して置いたから…大丈夫だと思うけど」
だから今度は頭を下げて謝る。それは父親の変態と自分の矮小な心を合わせた透太にしてみれば陳謝のつもり。
それなのに理玖が透太に聞き返した声は、やはり真剣ながらも怒りは感じさせなかった。
「そうじゃなくて、僕が聞きたいのは叔父さんの気持ち。父さんに対する気持ちの方だよ」
「えっ? あ、あぁ…それは嘘じゃないと思う。なんか…惚れちゃったのかな。なんて思ったくらいだったからさ。
おじさんの事、本当に心配しているんだと思う。それだけは間違いないよ」

たとえ変態でも、父親が半端な気持ちで言い出したのでは無い。それだけは理玖に解って欲しかったから、
透太の声も口調も自然と父親を擁護するようになった。だが…絶対に怒っている…そう思っていた理玖が。
透太の予想に反してホッとしたように表情を緩め…笑みまで浮かべ。透太の期待を裏切るような台詞を吐いた。
「そうなんだ。それなら、二人がそういう仲になっても、良いんじゃない…僕は賛成だな」
それは思いもしなかった理玖の気持ち。そしてそれを聞いた透太の口からは安堵より否定の言葉が飛び出した。
「え―――ッ!!嫌だよ、俺」

「どうして?」
言いながら理玖の手が透太の頬に伸びる。それから息がかかるほどに顔が近づき、唇に唇が触れ。
その後…閉じた瞼を上げた透太の目に映ったのは、いつもの優しい恋人の顔。
「僕達だってこういう関係だよ。だから…父さんたちだって。それとも、僕の父さんじゃ叔父さんの相手に不満?」
「違ぇよ。おじさんだからだよ。だってさ…二組の親同士と子共同士がホモって…マジ引いちゃうぞ」
「そうかな…別に構わないんじゃないの。ずっと仲良く出来るし…親子でホモ同士も悪くないんじゃない?」

「そんな…それもなんか、複雑だよ」
「でも…叔父さんは、父さんを抱きたいのかな、それとも逆なのかな…どっちなんだろう。
少なくとも父さんは、男とするなんて考えてもいないだろうから、抱く方は無理かも知れないね。
だから叔父さんに頑張ってもらって、そういう愛情表現もあるって事を、父さんに解らせてあげて欲しいな。
それに、父さんの方が年上だから攻めはきついかもね」

「ばか! 何言っているんだよ。やられる方だってきついぞ。何度も達かされて、俺なんかいつだってへろへろだろう」
「それは、透ちゃんがもっと…って、欲しがるからでしょう」
「うっ…だ、だって…あの最中は、訳分かんなくなっちゃうから…仕方ないだろう」
「ふふふ…それだけ気持ち良いって事なんだ。やっぱり、透ちゃんは可愛い。
それに僕の言うきついは、体力的な事では無く機能的な事だからね。若い叔父さんの方が元気だって意味なんだ」

「うっ、うるさい! もう解ったよ。解ったから…俺の事より、今は親父たちの方だろう。
理玖…お前、本当に自分の親が男にやられても平気なのかよ」
「相手が叔父さんだからね、別に反対はしない。それよりむしろ、感謝したいくらいだと思っているよ。
父さんは仕事に関しては沈着冷静で判断力もあり、少しぐらいの事にはへこたれないとても優秀な人だけど。
本当はとってもナイーブで甘えん坊な人だからさ。ある意味脆く危い…そんな一面もあるんだ。
だから…呑気で茫洋とした性格の母さんに癒され…愛していたんだと思う。

そういう意味では、叔父さんは頼もしくてとても優しい。父さんを必ず守ってくれるって信じられる。
僕は、一生透ちゃんを護って行くんだからね、父さんまでは護れない。僕の手はそれほど大きくは無いんだ。
ずるいかも知れないけど、叔父さんになら安心して父さんを任せられる…そう思っているんだ」

「理玖…俺は男だから護ってもらわなくても平気だけど…でも、理玖が側にいると安心する。
俺だけの理玖でいて欲しい…そう思ってしまう。それって…叔父さんから理玖を取り上げるって事だよな。
やっぱり俺たちは、最底の親不幸者…って事なんだ」
「うん…だから僕たちは、その親不孝している分まで幸せにならなくちゃいけないんだ。
透ちゃんを幸せにして僕も幸せになる。それが、僕たちが選んだ道。そうだよね、透ちゃん」
「そっか、解かった。それじゃ、その為にどうすれば良いんだ? 俺と親父は」

「そうだね…。先ずは、叔父さんに知ってもらうか…僕達がどんなふうにして愛し合っているのかを。
知ったその上で、僕達がしているような事を父さんと出来るか…叔父さん自身に決めてもらおう。
おぞましい、吐き気がする…そう思ったら、そこでお終り。もしかすると、今まで認めてくれていた僕達の事も、
今までと一変して反対し出すかも知れない。だから、透ちゃんも気合入れて悶えてね!僕も、精一杯頑張るからさ。
僕達の様子を見て叔父さんが勃起したら、計画は成功だからね。二人で叔父さんをその気にさせよう」

とんでもない事を平気で口にする理玖の爽やかな笑顔を見ながら、
やっぱこいつ、心底恐ろしい…正真正銘変態な奴だ…と、透太は思った。



   不埒な叔父甥


どんなに辛い事があっても、仕事をしているといくらかは気が紛れる。
そうは言っても妻が死んだ当初は、ぼんやりとして伝票を間違えたり時間を間違えたりして、ため息を吐いた。
それでも、どうにかやって来られたのは小さいながらも工場があり、何人かでも従業員を抱えていたからだった。

生垣の家は、瀬戸内を基盤に活躍した村上水軍の流れを継ぐ家系と言われていた。
と言っても直系などではない…曾祖母が村上という姓で因島出身だった事から、強ち出たら目とも思えないが、
祖父は口癖のように、世が世ならば…いつもそう言っていた。確かに、たとえ海賊とは言えども、
天皇やら源氏の末裔だと信じている者たちにとっての家は、個人を凌駕するほど価値のあるものなのかも知れない。

だが、生垣にとってそんなものは、妻や子供の幸せの前には一欠片の価値も無かった。
その妻が死んで一年…どうにか妻の死を口にできるようになった。以前は毎日、妻が弁当を作って持たせてくれた。
家から歩いて十分ほどの所にある小さな整備工場に、弁当を届けてくれた事もあった。
それが、今は…妻の弁当に慣れた口には外食の味気なさは堪えた。
だから昼時には家に帰って、妻の思い出をおかずにコンビニ弁当を食べるのが常だった。

手に弁当を下げ、玄関ドアに鍵を差し込むと…鍵は掛かっておらずドアは簡単に開いた。
そして、タタキには透太のものより大きいデッキが揃えて脱いであって…理玖が来ているのだと判った。
【透太の奴いるのか…出かけると言っていたのに、出かけなかったのか。鍵も掛けないで…】
そう思い、玄関から真っ直ぐキッチンに行くとコップに水道水を注ぐ。
お茶なんて洒落たものは無く…いつも妻が作っていたせいで、未だに買うと言う考えに浮ばなかった。

生垣は水の入ったコップと弁当をテーブルの上に置くと食器棚から自分の箸をとりだし…椅子に座った。
どうしても、あの割り箸というのが好きではなかった。口に当たる感触が嫌で、箸だけは自分のものでないと嫌だった。
だから、外食もあまり好きでないのかも知れない。
よくこんなに小さく薄く切れるものだと思う稚魚のような味の無い鮭。おでんだか煮物だか分からないもの。
よれて崩れた天麩羅に、卵焼き。袋からそのまま移し変えた、豆やら、訳の分からないおしんこ。
それらを一通り箸でつまみ口に運ぶが、どれも美味いとは言いがたく。結局、半分も食べないで箸を置いた。

そして、ふと気付いた。
微かに漏れ聞こえる声。少し掠れて、堪えても堪えきれずに漏れてしまう、切なげな喘ぎ…に。

【ケッ…真っ昼間からエロビデオでも見ているのか…あいつら。それにしても、いい声で啼くなぁ。
押さえても、つい出てしまう…そんな感じで大袈裟に騒ぐのよりよっぽどエロい。あの掠れ具合が、なんとも色っぽい。
全く…若いうちはあんなもんで興奮するんだよな。それにしても、妙にリアルだな…無修正か?】
等と思いながら聞き耳を立ててしまう自分に、つくづく男という者はどうしようもないものだと思う。

「あっ…あぁ…いい…そこ、もっと強く…はぁ…もう、溶けそう。理玖…はやくお前の欲しい…入れて…」
「だめだよ…もっと、とろとろになるまで…指で解かしてからね。
達きたかったら…また口で達かせてあげる。此処は最後にしないと、後がきついよ」

「あん…いやだ…もう、我慢できないよ。指だけじゃ足りない。欲しい…其処に理玖のを…お願い…」
「しょうがないな…最近ドライ気味で身体きついのに…透ちゃんは。おねだり上手なんだから」
「いいから…はや…く…」

【えっ? ま、まさか…透太と理玖が……本番中? ヤバイ…早々に退散しなくちゃ】
頭ではそう思うものの、耳が…脚が…勝手にリビングに続いている和室に向かった。
ぴったりと障子を合わせた中で二人が睦みあっているのは、もう間違いは無く…不味いと思いながらも。
こっそりと…まるで覗きでもするように、四つん這いになって障子に耳を近づけた。

「あぁ…んん……いいよ…理玖…もう…死にそう。このままずっと…理玖と…繋がって…。お願い…キスして…」
「透ちゃん、可愛い…大好きだよ。今日は誰もいないから、好きなだけ声を出して良いよ
何度でもいかせてあげるからね…透ちゃんの甘い声…もっと聞きたい…」

啼くと言うが、泣いているのか鳴いているのか…両方合わせたような切なげな喘ぎが障子まで震わせ耳に伝わる。
どうして息子の口からそんな声が出るのか、生垣には解からなかった。
【透太の奴…女より艶っぽい声を出して…あれだけ啼いちゃ喉も潰れるだろう】
思いながら脳裏に浮ぶのは…以前聞いた直行の忍びなく声。

【直さんもこんな声を出すんだろうか…直さんの声が聞きたい。直さんを、あんな風に啼かせてやりたい】
いつの間にか、透太の声が直行の声と重なり…自分の股間で張り詰めているものに生垣は無意識に手を伸ばした。
息子の濡れ場を漏れ聞いて…それを直行と被せて、自分は勃起している。それが可笑しくもあり情けなくもあった。

「透ちゃん、そろそろ出して良い? 僕、もう限界…」
「い…いやだ…もっと…もっとして…壊れても良い…。
あ! やっ…やだ…いく…いっちゃう…あっ…ああぁぁぁーーーーー……リ…ク…」
搾り出すように、細く、悲鳴にも似た声をあげ…透太が達ったのが解かった。そして…自分の股間でいきり立っていたものも。

ぬるぬると滑る手…シミになった下着とズボン。前を広げへたり込んでいる自分が恥かしかった。
こっそりと…息子達に気付かれないうちに外に出なくては…。その前にズボンとパンツ…替えなくては。
前をはだけたまま、又ぞろ四つんばいでそっと背中を向けた時、後ろの障子がスッと音も無く開いた。

「…叔父さん…」
背後から降って来た理玖の声に飛び上がるほど驚き…振り向くと、上半身裸でズボンだけはいた理玖が立っていた。
そして、部屋の中には…大切そうに毛布に包まれた透太が横たわって…身動きひとつしない。
そんな息子の様子が少しだけ心配になり、生垣は障子の隙間から中を覗き込む。

「大丈夫ですよ…気を失っているだけです」
「…失神…しているのか?」
「はい…でも、今日は昼だから少しすると気が付くと思います。ところで叔父さん…前…開きっぱなしですよ。
もしかしたら、僕達のセックスを覗きながら自分で抜いたんですか」
理玖はにこりともせず言い…相手が甥っ子と言えど、まるで詰問されているようで、生垣は身の置き処もない。
事実理玖の言うとおり、覗きをしていたのだから現行犯…なのだが、それでも精一杯の言い訳をしてみたりする。

「い…いや…覗いたって訳じゃ…本当に知らなかったんだ。
まさか、お前達がやっている最中だなんて…知っていたら帰って来なかったよ。工場で飯食ってたさ」
「でも…気付いても外には出て行かなかったんですよね。
挙句に、僕達の様子や透ちゃんの声で興奮してしまい…自分で抜いてしまった。そういう事ですか」
理玖に問い詰められ【全く、こういう時の理玖は大人顔負けの理屈を並べ立てて可愛くない。
こうなると、やたら賢いのも良し悪しだな】 等と勝手な事を思いながらそれを躱す事も出来ない。

「そ…それは…」
「叔父さん、透ちゃんの声や様子…嫌がっているように聞こえました? 変態みたく聞こえました?」
「…いいや…お前に抱かれるのが幸せだって…本当にそう言っているように聞こえて……正直、複雑だった。
透太があんな声で、お前の名前を呼ぶとはな…。本当に透太をお前にとられてしまった…そんな気がした。
娘を嫁に出す時の親っていうのは、こんな気持ちなんだろうな…寂しくて切ないもんだ」
生垣はそう言わざるを得なかった。悔しいが、それが本当の事だったから…。
すると理玖の顔に、始めて子供らしい笑顔が浮かんだ…と思ったらとんでもない事を言い出した。

「ありがとう…叔父さん。透ちゃんをもらってしまって…その上で虫のいいお願いをするのも悪いんだけど、
もし、叔父さんさえ迷惑でなかったら、父さんの事をお願いしたいんです。
父さんは、母さんをとても愛していたから、今まで浮気なんてした事も無いと思います。
それに…今更、誰か女の人と付き合うなんて器用な事も…多分出来ないと思う。
僕もこの年になって、母さんの代わりなんて欲しくないですし…だから、叔父さんにお願いしたいんです。

父さんに、新しい幸せを与えてやって下さい。父さんは、叔父さんの事を尊敬しています。
それに、叔父さんが大好きで…とても頼りになるって言っていました。
父さんは…年上だけど、ある意味僕よりも子供みたいな処があるから、多分…慣らしやすいと思いますよ」
と…本当に親を親とも思っていないような事を平気で言う理玖が、生垣には何だか空恐ろしくも思えた
だからと言って親を蔑ろにしている訳ではなく、言葉の端々には父親を思う気持ちが溢れているのも確かで。

【生意気でしっかり者で、そのうえ頭が良くて。それでも愛する者にはめちゃくちゃ甘くて、自分を棄てても護ろうとする。
そんなお前に任せておけば、透太はきっと幸せでいられる。だから…俺がお前の父親を…護る。それも悪くないか】
生垣はそんな気もした。
「お前…もし俺が、お前が透太にしてるような事を自分の父親にしても構わない。そう言うのか?」
「うん…それで父さんが幸せになれるなら僕は良いと思います。だって…今の父さんは死んでいるみたいだ。
もう一度、別の人生もあるって…幸せになれるって…ううん、なって欲しいんです」

「そうか…解かった。理玖…透太の事は改めてお前に任せた。あいつの事を幸せにしてやってくれ。
その代わり…と言う訳じゃないが、直さんの事は必ず俺が何とかする。
あの人は…本当に気持ちの優しい人で人と競り合ったり出来る人じゃない…と、俺は思っている。
会社でバリバリ仕事を熟してはいても、いつも神経を張り巡らせて…すり減らして…。
もしかすると、美佐江ちゃんが亡くなった事で、限界まで張っていた糸が、切れてしまったのかも知れないな。
恥ずかしい話だが…さっき透太の声を聞きながら、頭の中には直さんの事が浮かんでいた。
あの人が泣いていた時の声が、透太の声と重なって…気が付いたら自分で抜いていた」

「そう…それじゃ、叔父さんは父さんの事…嫌いじゃないんだ。良かった。それで…叔父さん、父さんを抱くつもり?それとも…」
「ば!ばっかやろう…大人をからかうんじゃない! けど、事これに関してはお前たちの方が経験者で先輩だ。
直さんには、ほんの少しの辛い思いもさせたくないんだ。だから…なんかの時には頼むな」
「うん、判った。叔父さん…父さんをお願いします。それと…冷蔵庫の中に僕と透ちゃんが作ったチョコが入っています。
母さんや叔母さんの作ったものには及ばないけど、僕たちの気持ちを込めて一生懸命作ったから…貰ってください。
出来たら…父さんには叔父さんから渡して欲しいんだけど…お願いできますか」

これが叔父甥の会話か…お前等絶対…変…そう言いたくもなったが。
それでも、変態とか、厭らしいとか、そんなふうにはどうしても思えなかった。
大切だから…大好きだから幸せになって欲しい…笑って欲しい。その想いで選ぶ必死の選択。
透太は二人の会話を聞きながら、閉じた瞼の裏でそんな事を考えていた。



   不埒に愛しく


冬晴れの空に震える、梅の細い小枝が小さく膨らみ始めている。
猫の額ほどの狭い庭で、それは立派に育ち毎年綺麗な紅色の花を咲かせた。
妻と一緒に買った紅梅…今年も、もう直ぐ咲くだろう。そしてこれから先も…毎年。
なのに…一人でそれを眺めるのは辛い。いっそ、切ってしまおうか…直行はそう思った。

サンダルをひっかけて庭に出ると物置から鋸を取り出し、真っ直ぐに木に向かう。
そして、躊躇いも見せず幹の中ほどに鋸の刃を当てた…はずなのに。目に映る自分の手が、震えているのが判った。
直行は、その震えを止めようとするかのように力を入れて引く。皮が切れ、白い肉に鋸の歯が食い込むのが見えた。
細かい大鋸屑が飛び…そして、梅の悲鳴が聞こえたような気がした。
後はもう、力任せにごしごしと鋸を動かす…そのたびに大きくなる悲鳴。
そして、妻の泣き声にも聞こえ…頭の中がそれらで一杯になり…五月蝿い…五月蝿い……うるさい。

「直さん…もう、いいだろう…」
声と一緒に、手に暖かい温もりを感じた。見ると自分の手の上に、重なるもうひとつの手。
あぁ、生さんの…手だ。温かい…。
その手は、力一杯鋸を握り締めていた手の指を一本ずつ広げるとそっと包み込み…暫く暖めると、
刺さったままの鋸を木から抜き取った。そしてそのまま手をひかれ、部屋の中に…ソファーに並んで腰を降ろす。

「直さん、気がすんだかい?」 声の主は優しい目で直行を見つめて言う。
「生さん…私は…わたしは…」
「直さん、俺達は自分の半身ともいえる大切な命を失った。理不尽に命が絶たれる辛さや悲しさを一番良く知っている。
まして、あの梅は美佐江ちゃんと同じくらい大切なもんでしょう?
大切な美佐江ちゃんの命を奪われた直さんが、今度はあの梅の命を奪うんですか?
大切なものを自分の手で壊したら、直さんは救われないよ…一生後悔する」

「生…さん…私は…なんて事を。聞こえたんだ…木の悲鳴が。美佐江の泣く声が…なのに、私は…」
直行の目から涙が零れ落ち…それは、妻を失ってから始めて零した涙だった。
「直さん…美佐江ちゃんが死んだ時泣いた? その後も、いろんな事を思い出して泣いた?
悲しくて、寂しくて…それを涙にして流した? 泣いてないよな、直さんは。
全部内に閉じ込めて一杯にして…もう、溢れそうになっている。
泣いてやりなよ…自分の為に、美佐江ちゃんの為に…これから先の人生の為に。

俺は泣いた。目が腐るんじゃないかと思うぐらい泣いた。今は、あいつの事を思い出しても悲しい涙は出ない。
そんな俺は薄情者かな。でも、俺の中のあいつはいつも笑っているんだ。あいつの笑い顔で此処が温かくなる。
泣いちゃえよ、直さん…泣いて悔やんで、あいつらだけ行かせた自分を責めて…先に逝ったあいつ等を恨んで。
それで許してやれよ…自分を。俺たちを残して逝ったあいつ等を」

うぅぅ…ぅぅぅ……俯いて、手を握り締め肩を震わせ、必死に堪えていたものが
生垣が、そっと直行の肩を抱いた途端、堰を切ったように溢れ出した。悲しいとか、辛いとか、そんなものではない。
ただ、自分の中に溜まっていた訳の分からないものが押し出されて、涙と一緒に、声と一緒に溢れ出てくる。
だから…直行は生垣の温もりに縋るようにして、それらをはき出した。

男を抱しめている気がしなかった…直行はほっそりとして背も自分より少しだけ高い。
ノンフレームの眼鏡がよく似合って、見るからに賢そうで…なのにいつも穏やかな笑顔で物静かに話す。
その直行が、声を上げ何かを吐き出すように泣く姿に、哀れと言うより愛しささえ感じた。
だから、生垣は直行の涙に濡れた顔を上げると、眼鏡を外し…そっと唇を合わせた。
一瞬直行の目が大きく見開かれ…瞳が何度か左右に動くと、帳を下ろすようにゆっくりと瞼が落ちた。

あぁ、直さんの瞳…茶色なんだ。睫毛も、髪の色も茶色で…少し翠がかっているんだ。

は…ん…んん…直さんが妙に鼻からぬける甘い声を出し生垣の舌を貪る。
まるで飢えを満たそうとするように…渇きを癒そうとするように…貪る。
互いの唾が混じり合い、溢れて流れ出し…湿った音をたてた。
柔らかな髪を手で弄り、唇を首筋に移動させると直行が大きく仰け反り…生垣はゆっくり体重をかけ押し倒す。
拒まれたら止めるつもりでいたが、直行は目を閉じたまま、まるで夢でも見ているような顔をしていた。

シャツのボタンを一つ二つとはずすと、目の前に露わになる首筋。其処にかぶり付いたのは良いが…。
どうすんだよ…これから。次は…頭の隅でそんな事を考えながら、自分が興奮している事に気付いた。
妻が亡くなって一年、自慰はしたが腕の中に抱いたのは中年男の直行が初めてだった。
なのに…その直行と口づけをしながら…椅子に触れるだけで擦り付けたくなるほど欲情している自分が信じられず。
だから、直行は…と股間に手を伸ばすと…立たないといって泣いていたそれが、しっかりと持ち上がっていた。

生垣のGパンと違い直行は綿パンなので少しは余裕がありそうだが、それでも手にはっきりと勃っているのが伝わり。
それがなんだかとても嬉しいような気がして、生垣は直行のズボンのボタンに手をかけた。
「あっ…やめっ……」
直行が、小さくそう言って生垣の手を掴む。だが、生垣は少し身体を移動させると、直行の顔を真上から見つめゆっくり首を振った。
生垣を見上げる直行の目に、怯えとも期待ともつかない色が漂い…直行の唇が動く。
「…生さん……どうして…」
その言葉を飲み込むように再び唇を重ねると、直行は微塵の抵抗で生垣の手を掴んだまま、それを受け入れ舌を絡めた。

男の性とは悲しいもので、この状態になったらそう簡単には引いてはくれない。それは、直行とて同じはず…。
だから…生垣はそっと直行の手を払うと、ボタンを外しファスナーを下げた。
前を広げ、下着の中に手を滑りこませると、熱く脈打つものをそっと握る。
「あっ!」
嘗て一度も聞いた事の無い声音と共に直行の腰が跳ねた。それが益々生垣を昂ぶらせ…握った手を下から上へ移動させる。
そして滲み出た液ですっかり濡れているそこを、親指の腹で擦ると。
「あっ…あぁ……や・やめて…くれ…」
直行が眉を寄せ、苦しそうに…耳が溶けるほど甘い声で言った。

「直さん…これじゃ後に引けないでしょう。止めたらもっと辛いよ。良いの?」
「ど…どうして…こんな……」
震える唇が続く言葉を途切らせ、目が押しとどめていた涙を溢れさせた。
「いいよ、直さん…泣いても。今は一杯泣いて…涙が止まった後は幸せになれば良いんだからさ」

男のものを口に含むなんて、今まで一度も考えたことはなかった。
それなのに…しっかりと持ち上がった直行のものを咥える事に不思議と何の抵抗もなく口に含む。
自分と同じもの…何処をどうすれば快感が生まれるか良く知っている。
人によって若干の違いはあっても、そうそう変わるものでもないだろう…その程度の考えしか無くて舌を絡める。

ぬるぬるとした先ばしりは、舐めても舐めても溢れ出て。美味いものでもないのに…なぜか、もっと舐めてやりたい…そう思った。
直行が、甘い声を出すから…身体を震わせるから…切なげに啼くから…そして、自分のものが痛いほどに張りつめる。
舌を割れ目に突き立て…押し広げ。裏側を擦り上げ、唇で下から上へ扱く。その度に直行が、すすり泣くような声で…啼き…。
「あぁ…もう…いく…はなして…」
生垣の頭を、髪の毛を掴み自分から離そうとする。そして生垣は、直行の腰をしっかりと抱え込むと、
直行の最後の理性を断ち切るように舌を絡めながら何度か上下に抜くと、キュッと吸い込んだ。

「あっ…駄目ッ……い…いく…ああぁぁーーー」
生垣に腰を押し付けるように突き出し、ガクガクと震えながら、直行が閉じ込めていたものを吐き出した。

ゲッ…気持ち悪い…とてもじゃないが、飲み込めるものではない。
独特の匂いを放ち、ぬるぬると口一杯に広がる嫌悪感。
精々、お猪口一杯あるかないかの、微々たる量のそれが…口の中一杯に感じる。
思わず えずきそうになり、吐き出そうとテッシュを探し、目の前の直行の顔に目が留まった。

今起こった事が、まるで信じられないと言うように…呆然とした顔で宙を見つめていた視線がゆっくりと移動し。
そして…生垣の視線と絡み合う。みるみる直行の表情が歪み…その目から最後の一粒が零れ。
「…生さん…」 震える唇が生垣の名前を紡いだ。
途端…心臓を鷲掴みにされ持っていかれた…そんな気がして、ゴクリ…生垣は口の中のものを飲み込んだ。
それは、酷く不味く…それなのに、毎年妻から貰うバレンタインチョコのように…たまらなく愛しい味がした。


         
 おわり

                拍手